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未来の会

防衛費大幅増がアベノミクス破綻の引き金に

防衛費大幅増がアベノミクス破綻の引き金に
円安インフレで露呈した岸田政権1年の無策

防衛費の大幅増を目指す政府・与党内の議論が大詰めを迎えている。筆者は、岸田文雄政権が打ち出した反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を含む防衛力強化の方針に基本的には賛成する立場である。だが、同盟を組む米国との戦略協議と財政の裏付けを欠いた議論の現状を見ていると、この政権は本当にこの国を守ってくれるのか、不安ばかりが膨らむ。

 「旧ソ連軍の着上陸侵攻に備えていれば良かった時代と、ミサイル攻撃を想定しなければならない今とでは、専守防衛の意味は変わったのです。その点は理解して頂きたい」

 20年程前、北朝鮮が弾道ミサイル開発を活発化させる中、防衛庁(現防衛省)の幹部から諭されたのを思い出す。自衛隊が他国領土に在る敵基地を攻撃する能力を持つ事が憲法に基づく専守防衛の国是に反するか、との憲法議論は今も続く。

反撃能力の保有へ日米の戦略協議を

 しかし、本来論じるべきは憲法解釈でない事はロシアのウクライナ侵攻を見ても明らかだ。ウクライナは一方的に自国領土を侵略され、ロシアに奪われていない地域もミサイル攻撃にさらされている。それに対し、ロシア領内の軍事拠点に反撃しようものなら、核攻撃の口実にされ兼ねない。それを抑止出来るのは米国の保有する核兵器のみ。米国はウクライナに兵器を供与する条件としてロシア領内を攻撃しない事を求めている。米露間の核戦争に発展するのを避ける為だが、結果としてウクライナは専守防衛もままならない。

 戦後の日本は他国との戦争を禁じた憲法の下、自衛の為の必要最小限の軽武装という制約を自らに課して来た。自衛隊は自国防衛に徹する「盾」の役割を担い、日本を侵略しようとする敵国に反撃する「矛」の役割は米国に委ねる。これが日米安全保障条約の枠組みであり、日本が専守防衛を国是とする上での大前提である。

 だが、このインド太平洋地域に於いては中国が台頭し、北朝鮮の核・ミサイル開発も進む。欧州ではロシアと欧州諸国の対立がロシア・ウクライナ戦争という形で火を噴いた。米欧を中心とする民主主義国家陣営と、中露等の権威主義国家陣営が対峙する世界の分断構図が鮮明になる中、米国が同盟国により多くの軍事負担を求める様になった経緯が有る。それに応じて日本の安倍晋三政権が2015年に制定したのが、集団的自衛権の行使を可能とした安全保障関連法だった。

 その次に必要になるのは、インド太平洋地域で緊急事態が発生した時、米軍の軍事行動に日本がどの様な協力を行うのかを想定した日米間の戦略協議だ。例えば、中国が台湾に侵攻する事態は現実に起こり得る危機として対処計画を策定しなければならない。その意味で、陸海空自衛隊と米軍の統合運用を調整する「統合司令部」の設置が検討されている事は一歩前進だが、日米政府間の戦略協議はまだまだ不足している。

 台湾有事の延長線上に見据えなければならないのが、在日米軍基地を含む日本の領土が攻撃を受ける事態だ。その時、「自衛隊は領土・領海・領空の防衛に徹するので反撃は米軍にお任せします」という訳にはいかない。核抑止力の整備は米軍に任せる他ないが、「自衛隊もここまでは矛の役割を担うので、その為の装備を整備します」という擦り合わせが有って初めて反撃能力の保有を検討する意味が明確になる。そうした戦略協議の無いまま、なし崩し的に「トマホーク(精密誘導爆撃が可能な長射程巡航ミサイル)を米国から購入します」「大型護衛艦の空母化を進めます」等の防衛力強化に突き進めば、専守防衛の国是も日米安保の枠組みも形骸化し、米中による際限の無い軍拡競争に巻き込まれて行く事になり兼ねない。

縮小する日本経済と向き合わぬ政治

ここでもう1つ、国家の存亡を左右する問題を指摘しなければならない。5年で倍増の掛け声で始まった防衛費の大幅増論議で、その財源を又ぞろ国債に頼ろうという議論が政府・与党内で罷り通っている事だ。これには財務官僚の次の言葉で警鐘を鳴らしたい。

 「借金で賄う防衛費で有事に耐えられると本気で考えているのか」

 国の借金というのは戦争や大災害等の有事に必要になるものだ。その為平時の財政は健全にしておかなければならない。だが、日本の政治に於いて、この道義は忘れ去られて久しい。大規模な金融緩和と財政出動に頼り続けたアベノミクスのツケは、いよいよ歴史的な円安になって日本経済を揺さぶっている。アベノミクスの10年間で円の価値は対ドルで3分の2以下に減じた一方、国内総生産(GDP)はそれほど増えていない。

 ロシアのウクライナ侵攻を契機とした世界的な物価高騰だが、日本においては円安インフレの様相を呈している。にも拘わらず、日銀が金利の引き上げに動けないのは、それによって国債の利払いが膨らみ、国債価格が暴落しかねないからだ。国の長期債務は1000兆円を超え、その半分に当たる国債を日銀が買い入れている。そこで更に防衛費増の目的で大量の国債を発行しようというのだ。この先、国家と中央銀行の財政が同時に破綻しない保証は有るのか。その時、国民の生活も国家の防衛も維持出来るのだろうか。

 岸田首相は就任当初、アベノミクスからの局面転換が政権運営の鍵を握ると認識していたからこそ、「新しい資本主義」を模索したのだろう。だが、昨秋の衆院選で勝利した後も、今夏の参院選後も漫然と従来路線を継続した上に、29兆円規模に膨らんだ総合経済対策や、来年度以降大幅に増額する防衛予算の財源の多くも借金で賄う構えだ。

 英国では、財源無視の大規模減税政策がポンドの急落を招き、トラス・前首相が減税撤回と史上最短のスピード退陣に追い込まれた。ロシアのウクライナ侵攻を受けて北大西洋条約機構(NATO)加盟を申請したスウェーデンでは、国防費増の財源論議が真剣に行われ、政権交代の要因の1つになったと指摘されている。アベノミクスの麻酔に浸り切った借金大国・日本は、彼我の違いを傍観しているだけで良いのだろうか。

 アベノミクスが始まる前、「社会保障と税の一体改革」による財政健全化に取り組んだのが旧民主党政権の野田佳彦・首相(当時)だった。その野田元首相が10月25日に国会で行った安倍元首相の追悼演説は、故人の功績を称えるリスペクトと品格に満ちた内容が賞賛された。演説のクライマックスは「勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん」と語り掛けた場面だった。安倍政権に負けっ放しだった野田元首相ならではの惜別の辞だが、「アベノミクスの結末に責任を負わないまま、そのツケを我々に押し付けて行くのか」との恨み節にも聞こえた。そして野田元首相の演説は日本の民主政治全体に対する問い掛けへと進む。

 「国の宰相としてあなたが遺した事績を辿り、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員達と共に、言葉の限りを尽くして、問い続けたい」

 岸田首相は、この問い掛けに対して自慢の「聞く力」を発揮する気は無い様だ。政府・与党の防衛費増額論議を見ている限り、アベノミクスの影に飲み込まれて行くこの国の末路を思わざるを得ない。日本の政治は国民・国家を守れるのか。民主主義の正念場である。

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