SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

バイデン米政権を刺激する安倍元首相の「反米思想」

バイデン米政権を刺激する安倍元首相の「反米思想」
プーチン露大統領に足元を見られたのは誰なのか?

「ロシアのウクライナ侵攻後、米国は安倍元首相に対する不信感を強めているよ」と眉をひそめたのは知米派の政府関係者。全国紙等が「日米関係筋」として解説に引用する人物だ。本稿ではA氏と呼ぼう。

 首相在任中、プーチン露大統領との蜜月を誇った安倍晋三・元首相の最近の発言を振り返ると、先ずは「核共有」発言が米国に不快感を与えたとA氏は指摘する。核共有とは、米国の核ミサイルを日本国内に配備して日米共同で運用する事を指す。

 米国は、自国が核攻撃を受けたら核兵器で反撃する態勢を常備する事で、敵国に核攻撃を思い留まらせる「核抑止」政策を採っている。これを同盟国にも提供する事を「拡大核抑止」と言う。日本等の同盟国は米国の「核の傘」に守られているとも表現される。米国は安倍政権時代にも繰り返し拡大核抑止の提供を約束して来たのに、安倍氏が「核共有」を唱える事は、米国から見れば「俺達を信用しないのか」という話になる。

 2019年まで三十年余に渡って米国とロシアが中距離核戦力全廃条約(INF条約)を結んでいた間、中国は中距離ミサイルの配備を進め、アジア太平洋地域に於いては米中間に「核の不均衡」が生まれている。その差を埋めるべく米国は新たなINFシステムの開発を進めており、新INFの日本配備もいずれ日米間協議の俎上に載るだろう。ただし、それは両国政府の正式な外交チャネルで協議されるべき極めてセンシティブな政策課題であって、元首相とは言え個人的な思惑で吹聴して良い類いの話ではない。

専制・独裁的リーダーとの親和性

 安倍政権は日米同盟の強化を主軸として中国の台頭に対抗する外交・安全保障政策を進めた。集団的自衛権の行使を可能とした安保関連法の制定等は一般的にその文脈で受け止められている。一方で「戦後レジームからの脱却」を掲げ、第2次世界大戦後の米占領下に構築された諸制度、その象徴とも言える憲法を改正する事によって本当の「自立」を果たそうという復古主義的右派のリーダーとしての顔を持つのが安倍元首相だ。

 後者の安倍元首相の顔は、専制・独裁的な他国リーダーとの親和性が高かった。「アメリカファースト」を叫んで民主主義陣営の結束をかき乱したトランプ・前米大統領や、ウクライナ領のクリミア半島を一方的に併合したプーチン露大統領にも臆面もなく接近した安倍元首相。政権末期には、新疆ウイグル自治区等での人権侵害が国際的な非難を浴びていた中国の習近平国家主席を国賓として招く寸前で新型コロナウイルスのパンデミックが世界に広がり、天皇陛下が習主席と面会する事態は危うく免れた。そうした安倍外交の汚点を否が応でも浮かび上がらせたのが「プーチンの戦争」だ。

 あ安倍元首相に対するバイデン米政権の不信感を決定付けたのが、5月上旬に民放番組で「(バイデン大統領の)アプローチ自体がプーチン大統領にやや足元を見られたかも知れない」と語った発言だ。ロシアがウクライナに侵攻しても米軍は派遣しないとバイデン大統領が明言していた事がウクライナ侵攻を誘発したと言いたかったようだ。

 番組で安倍元首相は他にも、米国がウクライナに対し北大西洋条約機構(NATO)に加盟しない中立を宣言させ、親ロシア派武装勢力が活動する東部2州の高度な自治を認めさせるべきだった等、ロシア寄りの主張を展開した。米国を中心に主要7カ国(G7)が結束してウクライナへの軍事支援とロシアへの経済制裁を強め、日本の岸田政権も全面的に賛同している中で、「反米」の主張をロシア批判より優先させる右翼・左翼と同一の立ち位置を安倍元首相が取った事が耳目を集めた。

 「米国の情報・軍事筋は呆れていますよ。トランプ、プーチン、習近平とつるんでいた時から怪しいと思っていたが、やはりそうだったのか、と」。 

 A氏はそう言った上で「そもそもプーチンに擦り寄って足元を見られたのは安倍元首相だ。散々、経済協力をした揚げ句、北方領土は1ミリも返ってこなかった」と指摘した。

 プーチン大統領と27回も首脳会談を重ねた安倍元首相に停戦の説得を期待する声も番組では取り上げられたが、全ての責任は米国に有るとの逃げ口上に終始した。

「バイデンー岸田」で良かった

ロシアのウクライナ侵攻後、安倍元首相が強く主張しているのが防衛費の大幅増。具体的に言えば、現行の国内総生産(GDP)比1%から2%への倍増である。米国は欧州や日本等の同盟国に対し、地域の平和と安定を維持する経費の分担として軍事費の増額を求めており、日本政府が防衛費の増額に努力する事自体は大歓迎だ。ただし、そこに安倍元首相が絡んで来ると話の雲行きが怪しくなる。安倍元首相が防衛費の増額を「戦後レジームからの脱却」と位置付けているからだ。

 安倍元首相が槍玉に挙げたのが、公共事業財源を賄う建設国債以外の国債発行を禁じた財政法第4条。戦前・戦中の日本政府が戦費調達の目的で多額の国債を発行した反省から生まれた条文と解釈されて来たが、安倍元首相はこうした条文解釈を「戦後レジームそのものだ」と批判し、防衛費の大幅増に充てる「防衛国債」の発行を主張している。

 アベノミクスの主眼は、異次元の金融緩和で大量の円を市場に放出する事で物価を上げようというものだ。低金利の国債を日銀が間接的に大量に買い取り、大規模な財政出動の財源を支え続けるカラクリだ。

 安倍元首相はこれを「機動的な財政政策」だと主張して来たが、平時から大量の国債を発行し続けた結果、日本の国家財政は弾力性を失い、新型コロナウイルスのパンデミックという世界的な有事に安倍政権は財政の制約に足を取られ、後手後手の「コロナ失政」を批判された。

 その反省も無いまま、平時から防衛国債を発行して防衛費を大幅に増やせと主張する安倍元首相。それに対しては「借金で賄う防衛費で有事に耐えられると本気で考えているのか」と反論する財務官僚の主張に軍配を上げたい。

 安倍政権も防衛費の増額に取り組んだが、その中身も曰く付きだ。トランプ前大統領からの武器爆買い要求に応え、性急に導入を決めた陸上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を巡っては、米軍が導入を避けた機種を高値で摑まされたとの批判が当初から燻っていた。

 米海軍がレイセオン・テクノロジーズ製システムの配備を着々と進める一方、ロッキード・マーチン製システムを選定した日本政府は陸上配備の断念に追い込まれた。それでも尚、使途を海上配備に変更して導入を強行しようとしているが、配備の目処すら立たない状況が続く。気が付けば米側の政権が代わり、トランプ前政権に押し付けられた武器の扱いが宙に浮いた格好だ。結果として、連携して運用される事の多い海上自衛隊と米海軍のイージスシステム間に齟齬が生じかねず、長期的な戦略に基づいて計画的に整備すべき防衛装備の体系を歪ませる懸念が強まっている。

 「核共有」「防衛国債」を勇ましく唱える安倍元首相だが、プーチン大統領との親和性を覗かせた「足元を見られた」発言が米側の不信感に拍車を掛ける。「安倍外交のメッキは剥がれた。今、日米の首脳がトランプ大統領と安倍首相だったら西側の結束は無く、欧州もアジアも大変な危機に陥っていただろう。バイデン大統領と岸田首相で本当に良かった」と語るA氏に賛同する。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top