患者の鬱憤晴らし、診療時の触診など特有の環境が
天下の財務省の事務方トップが起こした事件だ。まさに「日本の縮図」と言えなくもない。テレビ朝日の女性記者へのセクハラが問題視され、財務省の福田淳一・事務次官が辞職に追い込まれた。本人にとっては「言葉遊び」だったというから、このご時世に世間との常識の乖離は甚だしいが、果たして自分は大丈夫かと胸に手を当てた諸兄も多かろう。女性の活躍が進む今、まさに「人ごとではない」セクハラは、医療現場でも問題となっている。
その音声はテレビを通じて何度も流された。
「今日ね、今日…抱きしめていい?」「じゃ、予算通ったら浮気しようか」「胸触っていい?」「手、縛っていい?」
被害者のプライバシーを守るため女性の音声は消されており、報道では文章だけで示されている。そのため、女性がどう応じたか、会話の一方は文章に書かれている通りか鵜呑みにはできないが、おそらくは森友問題などについて質問をしているのだろう。福田氏の回答は、こうした質問を交わすように誰が聞いても完全にセクハラと取れる音声が挟み込まれていて、まさに「流れるようなセクハラ」となっていた。
「音声を聞いた時は被害者に失礼ながら笑ってしまった。記者に対する問い掛けの回答の形で、突如として『縛っていい?』といったトンデモ発言が飛び出すんですから。すごい会話術です」と全国紙の男性記者が感想を語るが、女性記者に感想を聞くと「そう珍しいことではない」というから驚きだ。
「取材相手から、宴席などでひわいな言葉を投げ掛けられることはあるが、その中には福田氏のようにセクハラ発言を挟み込んで核心に触れさせないようにする人もいます」(女性記者)。つまり、「言葉遊び」はよくあることだというが、実際にマスコミ業界はこうしたセクハラに対してどう対応してきたのだろうか。
内外部2種類のセクハラ対応の難しさ
取材によると、全国紙の多くは「社内にセクハラの専用窓口があり、社内外問わずそこで専用の相談員が相談を受け付けている」という。相談を受けるのは社外の弁護士や無関係の部局の委員で、相談した被害者が不利益を被らないようプライバシーに配慮した対応が取られるという。
ただ、実際に相談窓口を利用した人は限られるようだ。「上司など社内の人間が加害者となるセクハラやパワハラは処分されるなど厳しい対応が取れるが、相手が社外の人間だとどう処理しているかは分からず、相談がどの程度あるのかも分からない」(前出の女性記者)という。
今回のセクハラが問題となったのも、「被害者」と「加害者」が別組織の人間だったからだ。インターネットなどでは、「営業担当の社員が取引先の担当者からセクハラされ、文句を言ったら『取引を切る』と脅された」などの事例が多く書き込まれている。
同様に、医療現場で起こり得るセクハラも「同じ組織の人間によるセクハラ」と「取引先や患者、研究者仲間など外部の人間によるセクハラ」の2種類に分けられる。同じ組織であっても、別職種の職員に対するセクハラには一部署では対応しにくいなどの問題があるだろう。
都内の大規模病院で働く30代の看護師は「患者から性的な言葉を掛けられたり触られたりといったセクハラは昔からある。ただ、表面化することはあまりない。入院患者であればじきに退院していくので大ごとにしないのです。仲間うちで『あの患者は要注意』などと話すことはある」と語る。実際に労働組合の調査では看護師の3人に1人がパワハラなどを含むハラスメントを受けた経験があると答えた。
ある病院の看護師長経験者も、「患者が特定の看護師にセクハラをするなどの訴えを受け、担当を変えることはある」と明かす。「基本的にどこか悪いから入院しているわけで、弱っている患者は看護スタッフなど周囲に当たることがある。セクハラだけでなく、様々な患者からの不快な言動は日常的にある」という。
もちろん、「教育機関」の色が強い大学病院などを中心に、組織としてセクハラ対応策を打ち出しているところは多い。例えば聖マリアンナ医科大学(川崎市)では、セクハラに限らずあらゆる「ハラスメント」に対応するハラスメント防止委員会を設置。「成人に対して、『男の子』『女の子』『おじさん、おばさん』など人格を認めないような呼び方をすること」「酒席で上司等の隣の席を指定したり、お酌やチークダンスを強要したりすること」などをセクハラの事例として挙げている。東京大学も学内に「ハラスメント相談所」を設け、学生だけでなく教職員や家族からも相談を受けている。
学内調査の結果、セクハラで処分される例も多い。話し合いでは折り合いがつかず、裁判となる例もある。2015年には、東大大学院医学系研究科の講師を務めていた男性医師からセクハラやパワハラを受けたとして、別の大学で働く30代の女性研究者が損害賠償を求めた訴訟の判決があり、神戸地裁は男性医師に慰謝料など約1126万円の支払いを命じている。被害者は男性医師の教え子的な共同研究者だったが、2人は学会を通じて知り合った別組織の人間。判決では共同研究の打ち合わせと称して宿泊先のホテルの部屋に押しかけるなどの迷惑行為が「セクハラ」と認定された。
多職種連携増えルール作りが必要
一方で、見逃せないのが医療界特有の事情だ。一般の会社であれば「男性が女性の体に触る」ことは不自然であり、その事実のみをもってしてでも「セクハラ」と認定される。しかし、医療現場では男性医師が女性患者を診察する際に、必要最低限の接触をすることはある。
「ある精神科クリニックで、主治医が患者の女性と肉体関係を持ち、その後、女性が自殺した事件があった。女性の携帯には医師からのメールが何通も残されており、遺族は医師が女性に不適切な関係を迫ったことが彼女を追い詰めたと訴えている」(全国紙記者)。肉体関係を持つことは治療ではなく、事実とすればこの例は極めて不適切だが、診療現場で普通に行った処置が「セクハラ」と訴えられる可能性は誰にでもある。無理やり体を触られた、キスを迫られた、などと訴えられれば、強制わいせつ罪で刑事罰の対象となることもあり得る。
都内の公立病院の医師は「他職種連携により様々な職種がチームを組むことも増えている。対患者や同じ組織同士でないセクハラにどう対応するか、何が良くて何がいけないのか、ルールを作ってほしい」と訴える。看護師など第三者を立ち合わせ二人きりにならない策が有効だが、診療内容などによってはそれも難しい。セクハラに詳しい弁護士は「とにかく不必要な接触を避けることが唯一の対策だ」と語る。自分の職場や自分自身は大丈夫か、改めて注意する必要がありそうだ。
LEAVE A REPLY