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未来の会

新型コロナ禍を乗り越える元気を 音楽が持つ力で生み出したい

新型コロナ禍を乗り越える元気を 音楽が持つ力で生み出したい

 

佐野成宏(さの・しげひろ)テノール。東京藝術大学声楽科卒業後、イタリアのアリゴ・ボイト音楽院に留学。1992年の関西日伊コンコルソ第1位・ミラノ大賞受賞をはじめ多くの国際コンクールで入賞する。主演したオペラは「椿姫」「カルメン」等数多く、卓越した歌唱と存在感が高く評価されている。

森麻季(もり・まき)ソプラノ。東京藝術大学、同大学院独唱専攻、文化庁オペラ研修所修了。P.ドミンゴ世界オペラコンクール入賞等多数の国内外のコンクールに入賞し国際的な注目をあびる。人気と実力を併せ持ち、透明感ある美声と深い音楽性は多くのファンを魅了する。2/4東京オペラシティでコンサートを開催。

アートや音楽を取り入れる事で医療施設が癒しと安らぎの場になって欲しいと活動を続けている「癒しと安らぎの環境」フォーラムは、年2回、「癒しと安らぎの環境」コンサートを開催している。2021年2回目のコンサートが12月10日、東京・赤坂のサントリーホールで開かれた。このフォーラムの命名者である故・日野原重明先生と親交があり、フォーラムの理事であり立ち上げにも関わったテノールの佐野成宏さんと、昨年に引き続きソプラノの森麻季さんが出演。素晴らしい歌声を聴衆に届けた。公演を前に、佐野さんと森さんに、コロナ禍の中での音楽の役割、フォーラムへの思い等を聞いた。

——お2人がオペラ歌手を目指した切っ掛けは?

佐野 小学生の時に合唱を始めて中学、高校と続け、大学進学で上京した後は一般の合唱団に複数入っていました。武蔵野合唱団の練習の時に小林研一郎先生から「君、大学を辞めて歌の道に進んだら」と言われたんです。高崎経済大学に進学していたので、「今さら急に歌の世界に行くなんて」と、その時は思いました。けれど、「世界のコバケン」ですから、「先生に声を掛けられるという事は、自分に見込みがあるのだろうか」と思い、歌手を意識し始めました。それからはコンサートでソロを歌う機会を増やし、お客様から拍手を頂く嬉しさを知った。それがオペラ歌手を目指す切っ掛けになりました。

 私は音楽大学の付属小学校に入学して大学まで音楽を続けていたのですが、歌を始めたのは高校からです。自分がオペラ歌手になれる等とは夢にも思っていませんでした。しかし、藝大に通って、留学も経験する中で、「プラシド・ドミンゴ世界オペラコンクール」で入賞して、「ワシントン・ナショナル・オペラ」に出演する機会を得ました。その時ですね、「オペラを続けていけたらいいな」と思えたのは。既に舞台にも出ていましたが、まだ生業にする決心は有りませんでした。ワシントンの舞台に立って、ようやくこの道で生きて行くという気持ちが湧きました。

——オペラ歌手の普段の生活は?

佐野 皆さんとさほど変わらないと思いますが、日本の生活様式に慣れてしまうと、舞台に立った時に日本人らしさが出てしまうので気を付けています。椅子の生活に慣れていないと、舞台で綺麗に座る事がなかなか出来ない。つい足を広げてしまって、みっともない事になる。テノール歌手は若者やヒーロー的な感じの格好良い役を演じる事も多いので、「あの役だったら、こんな時どうするだろうか」と考えながら座るとか、舞台で自然に演じられるよう、役の立ち居振る舞いを生活に取り入れています。後は歩き方ですね。僕は綺麗に真っ直ぐ歩いたり、姿勢良く歩くのが得意ではないので、舞台で悪い癖が出ないように普段から気を付けています。それと食事ですね。特に舞台の前は、辛い物など喉に良くない物は避けています。

 風邪を引かないようにする等、健康には気を付けています。体を冷やさないようにする、食事はなるべく手作りするとかですね。健康的な食生活に必要な食材を覚える「まごわやさしい」という語呂合わせが有りますが、それを守って、豆や胡麻、わかめなどの海藻類、野菜等はしっかり取ろうと心掛けています。

元気や喜びを呼び起こす音楽の力を信じて

——コロナ禍の中での芸術の役割についてどう感じていますか。

佐野 色々な事が制約されて、普通の生活すらままならない状況が2年間続いています。気も晴れないし、嫌な事もあるし、誰もがストレスを溜めて来たと思います。音楽や歌に何が出来るのかと言えば、特に歌は、歌詞によって、様々な感情を呼び起こす事が出来ます。日本人であれば、日本語の歌を歌ったり聴いたりした時に、懐かしさや嬉しさを感じます。歌にはそうした力が有る。だから、より綺麗で、より良い音で、多くの人に良い音楽を届ける事で、ストレスが溜まって塞いだ心を晴れやかにする。それが我々芸術家の存在意義ではないでしょうか。音楽を聴けば、明日を生きる為の元気が湧き上がって来るかも知れない。自由に移動が出来ない状況も続きますが、歌は懐かしい街の思い出や、自然の美しさの記憶を呼び起こさせる。そうした音楽の力を大切にして行きたいと思います。

 「交響曲」であれば、オーケストラの人達が揃って1つの楽曲を演奏する。「オペラ」であれば、それに大勢の歌手が加わります。そのように100人を超える人々が1つの音楽を通して調和しハーモニーを奏でるクラシック音楽は、他のジャンルの音楽よりも、不安やストレス、落ち込んだ気持ちを和ませる力が強いのではないかと思います。クラシック音楽には、悲しい気持ちに寄り添える静けさ、深さが有ります。音楽を聴くのも辛いという時であってもクラシック音楽ならば受け入れられる、心に沁みるという力が有るのではないでしょうか。

——私共の主催する「癒しと安らぎの環境」フォーラムの設立に尽力された故・日野原重明先生について、設立当初から理事をされている佐野さんはどのような思い出が有りますか。

佐野 日野原先生には、随分応援して頂きました。「僕は君のファンクラブ会長だからね」と顔を合わせると必ず仰り、忙しいにも拘わらずコンサートにも足を運んで下さいました。ご自身も音楽が大好きで、CDまで作ってしまう。僕も何曲か歌わせて頂きましたけれど、クリエイティブな形で表現される方としても尊敬しています。「人間の声は、最高の楽器なんだ」と仰っていた事を覚えています。人の声を尊重し、応援して下さった事に感謝しています。

——私共は、医療にアートや音楽を取り入れる活動を展開していますが、音楽と医療の関わりについて、どう感じられますか。

佐野 医療と音楽は無関係のようですが、互いに補完し合う、切っても切れない強い関係が有ります。質の良い音楽を聴けば健康になり、頑張って生きていこうという情熱も生まれます。東京等の大都市は演奏会も多く、音楽を聴く機会も多いのですが、地方でもコンサートを開いて、素晴らしい音楽を届ける為に努力したい。質の良い音楽を生で聴ける機会を、全国各地で増やしていく試みは有意義だと思います。

 医療従事者の皆さんは毎日、緊張を強いられる医療の最前線で仕事をされています。皆さんに音楽を届け、心穏やかに過ごす時間を持って頂ける事は、音楽家にとって最高の喜びだと思っています。

——佐野さんは、病院で患者と医療従事者に向けたコンサートも開かれていますね。

佐野 日野原先生のお力添えもあって、何度も病院で歌わせて頂きました。ホスピタルコンサートは、患者さんだけでなく、医師や看護師、付き添いの家族の方々を元気付ける事で、患者さんも元気になるという効果が有ると思います。逆に、患者さんがいくら意欲的に治療に臨んでいても、周囲の人に元気が無ければ、患者さんも前向きな気持ちを維持出来ません。だから、患者さんの周囲の人達を含めて元気になってもらいたい。これは日野原先生がよく仰っていた事で、僕の想いにもなっています。

後進の育成で音楽の力を次世代に引き継ぐ

——今後、力を入れていきたい活動は有りますか。

佐野 今迄以上に公演の企画に取り組みたいと思っています。勿論、オペラが中心になりますが、例えばカンツォーネとか日本の叙情歌曲も含めて演奏活動に力を入れていきます。現在、大学で教鞭を執っているので、大学生や音大生ら若者達の育成やサポートにも取り組みたい。今の日本には、音大生が卒業した後、演奏家として生きていく為の支援が行き届いていない部分が有ります。音楽家としての成功の道筋は誰にも分からないものですが、どうすれば自分の特長を生かせるのかは一緒に考えてあげられる。それぞれの声の特徴にあった道に進む手伝いをしたいと思います。何でも出来ないとなかなか声が掛からないのが現実ですが、それでも本人が最も力を発揮出来るレパートリーを本人と一緒に探して、伸ばせる環境を整えたい。

 私も大学で教える立場となりました。若い世代に、今まで自分が学んで来た事や経験を伝えていきたい。クラシックも伝統芸能の様に、次の世代に伝えていかなければならない事も有りますから。自分の活動では、コロナの影響が続いている中で、ただ美しいだけではなく、歌詞にメッセージ性が有るものを取り上げて、多くの人に届けたい。聴いて元気になれる、勇気付けられるような歌詞の楽曲を、質の高い音楽として演奏出来たらと思います。

——医療従事者の方にメッセージをお願いします。

佐野 医療従事者の方々は、これまで経験の無いコロナ禍で大変なご苦労があったと思います。人間ですから、不安とか不満、ストレスを抱える事も有るでしょう。心の中に溜まった物を、吐き出す場の1つが芸術ではないかと思っています。質の高い芸術に触れる事で、様々な思いを吐き出したり、癒されたりして頂けたらと願っています。

 新型コロナウイルスは、私たちにとって未知なる脅威と言うか、恐怖を感じる存在です。その様なウイルスに対して、毎日、多くの人命を守る為に最善を尽くして下さっている事に心から感謝申し上げます。お体とお心の健康を大切に、お仕事を続けて下さるよう願っております。

——将来を担う子供達にアドバイスを。

佐野 知識が有れば、曲をより深く理解し、楽しめるのは確かなのですが、もっとシンプルに楽しむ事も出来るのが音楽の良い所です。音が綺麗だとか、メロディーが自分の田舎の風景を思い出させるとか。感覚を研ぎ澄ます為に、様々な音楽を聞く機会を増やして欲しい。今は色々なジャンルの音楽が沢山流れています。クラシックに限らず、アニメの音楽でも良い楽曲は数多く有りますから、音楽自体を好きになって欲しい。無理をして、いきなり難しい音楽を聴く必要は有りません。先ずは、音を楽しむ時間を出来るだけ作って欲しいと思います。

 インターネットが普及して、世界中の出来事をリアルタイムに知る事が出来る時代になりました。家に居ながら、海外の街並みや暮し振りをパソコンやスマホの画面を通して簡単に見られる。例えばオペラなら、ドイツやイタリア、フランスなどの外国が舞台ですので、その国の文化、言語、風景、歴史等様々に興味を持っていただくと、色々な事を発見出来て、面白さがどんどん広がると思います。音楽もグローバルな視野を持って楽しんで頂けたら嬉しく思います。

 

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