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「核兵器禁止条約1月発効」を冷笑する愚

「核兵器禁止条約1月発効」を冷笑する愚
中国を核軍縮に巻き込む「リアリズム外交」を

オバマ前米大統領が「核兵器のない世界」を追求すると宣言したのが2009年のプラハ演説。それから8年後の国連総会で採択されたのが核兵器禁止条約である。条約がオバマ演説の延長線上に位置付けられると勘違いしている人もいるかもしれないが、その逆だ。

 核保有大国の大統領が世界を核戦争の恐怖から解き放つ宣言を行った事を国際社会は歓迎し、就任間もない現職大統領にノーベル平和賞が贈られた。オバマ氏はその後、ロシアとの間で大陸間弾道ミサイル(ICBM)や核弾頭等の配備数を制限する新戦略兵器削減条約(新START)を結んだものの、核なき世界への道筋は示せないまま2期8年の大統領任期を終えた。

 第2次世界大戦で勝利した側とされる5大国(米国、ロシア、中国、英国、フランス)に核保有を認めた核拡散防止条約(NPT)は、5大国側が核軍縮に向けた誠実な交渉義務を果たす事をその条件としている。しかし、核保有大国は核・ミサイルの技術開発を競い合い、NPT未加盟のイスラエル、インド、パキスタンやNPT脱退を表明した北朝鮮へと核兵器の拡散が進む。

 オバマ演説に裏切られ、NPT体制に不信を募らせた非核保有国が核兵器の開発・製造・保有・使用、核による威嚇も国際法上、違法と位置付ける条約の締結に動いた。オバマ政権の8年を経て、核保有国と非核保有国の融和が進むどころか、対立が深まった結果の産物である。

「バイデン大統領」を好機に

 核兵器禁止条約が採択された17年と言えば、トランプ米大統領が就任した年だ。国際協調よりアメリカ・ファースト(米国第一)のトランプ政権が核軍縮に取り組むはずもなく、米国の「核の傘」に依存する日本は、条約に参加して大統領の不興を買う事を恐れた。

 「唯一の戦争被爆国として核保有国と非核保有国の橋渡し役になる」と言えば聞こえはいいが、トランプ政権下では身動きが取れない。核兵器廃絶決議を国連に毎年提出してきた日本の条約不参加は、条約の実現に取り組んでノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)、そして、条約に賛同した国々を落胆させた。

 だが、米国の政治はこれから「癒やし」の季節に入る。内外に分断を振りまいたトランプ大統領が退場し、米国民の統合と国際協調を主張するバイデン前副大統領が核保有大国アメリカを率いる事になる。米国の同盟国として日本が非核保有国との懸け橋になるアクションを現実に起こす好機が訪れたのではないか。

 核兵器を一旦保有した国が手放すはずがない。核廃絶なんて所詮、きれい事であり、リアルな政治の文脈で語るべきではない——。

 外交・安全保障の分野に知見のある人々の多くはこう言って冷笑するだろう。しかし、核保有国間には抑止力が働くから核戦争は起きないという「核抑止論」こそ、リアリティを失いつつあるのではないか。

 核抑止論の根幹にあるのが「相互確証破壊」の概念だ。核保有国の間では、どちらか一方が核攻撃を行えば、他方が核によって反撃し、双方の社会・経済が確実に破壊される関係が成り立つ必要がある。冷戦期の米ソが人類を何回も絶滅させられると言われた大量の核兵器を保有する理論として採用されてきた。

 これは核保有国と非核保有国の間では成り立たない。非核保有国は、核兵器等の大量破壊兵器の使用は国際法上、許されず、核保有大国がそのような非人道的な武力行使をするはずがないという国際常識に自国の安全を委ねる他ない。

 核保有大国のリーダーに非常識な人物が現れた途端、非核保有国の安全保障環境は不安定化する。核兵器は「使えない兵器」と考えるのが核抑止論の常識だが、戦場に限定して敵の部隊や施設に打撃を与える小型の戦術核を大量破壊兵器に該当しない「使える兵器」として開発し、常識のハードルを下げようという動きも警戒しなければならない。

 核軍縮どころか、核使用の懸念が高まる中、核兵器を国際法上、違法とする画期的な条約がいよいよ来年1月に発効する。条約に参加していない核保有国を縛る効力はないが、核を「使えない兵器」とする国際常識を強化する意義は大きい。非核保有国側からすれば「核を持たないと宣言した私達を核で脅すような事はまさかしませんよね」と。

 発効日は1月22日。核なき世界を提唱したオバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏がその2日前に大統領に就任する。日本の菅義偉首相が国際社会へ向けてどのようなメッセージを発信するかが注目される。

リベンジ狙う岸田氏のひ弱さ

 機先を制するように動き始めたのが自民党の岸田文雄・前政調会長だ。党総裁選で菅首相に敗れた翌10月、著書『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』を出版した。広島にルーツを持つ政治家として核廃絶をライフワークにしてきたという岸田氏が、米国の政権交代を見越して勝負に出たと受け止められた。

 岸田氏は安倍晋三前首相からの「禅譲」を狙ったが失敗。安倍後継を争った菅首相は岸田氏を要職に起用せず、将来的な自身の後継候補に岸田氏を考えていない事を鮮明にした。それに対し、岸田氏が遅ればせながらも闘って権力を奪取する姿勢を示したのが著書の出版だ。核兵器禁止条約への対応で独自色をアピールし、来年9月の総裁選で菅首相に対抗しようという思惑だろう。

 しかし、岸田氏は核兵器禁止条約が採択された当時の外相だ。岸田氏の著書には、外相として条約制定交渉への参加を主張したが叶わなかった旨が記されている。その思いは理解するが、外相在任期間が戦後最長(首相兼務だった吉田茂を除く)の4年7カ月に及びながらライフワークを前進させられなかった点で、岸田氏のひ弱さを印象付けている。

 3年前、岸田氏が外交努力を尽くして米国の理解を取り付け、安倍首相を説得して日本の条約参加を果たしていたなら、今ごろは首相の座に就いていたかもしれない。

 外交と国内政局は常に連動する。岸田氏は「核廃絶のリアリズム(現実主義)」を掲げたが、日本政府は中国・北朝鮮の核の脅威という現実と向き合わなければならない。だが、米国の核の傘に依存するだけでは東アジアが核軍拡の最前線となる。米露の中距離核戦力(INF)全廃条約が昨年失効し、日本領域へのINF配備も取り沙汰されている。

 思考停止の核抑止論にしがみつくのでなく、中国を巻き込んだ新たな核軍縮の枠組みづくりを提唱するくらいのダイナミックな「菅外交」を期待したい。まずは核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバーで参加し、東アジア非核地帯構想をぶち上げてはどうか。

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