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未来の会

「雇用を守る」を最優先に、最低賃金引き上げは「封印」

「雇用を守る」を最優先に、最低賃金引き上げは「封印」
安倍政権の「弱体化」が窺われる事態に

2020年度の最低賃金は、厚生労働省の中央最低賃金審議会(中賃)が例年示している引き上げ額の目安を、労使間の激しい対立でまとめる事が出来なかった。リーマンショック後の09年度以来の異例の展開となった。

 ただ、都道府県の中には新型コロナウイルスによる経済的ダメージが出ていないところもあり、小幅ながら引き上げるケースも出ている。賃上げを政権の目玉政策としてきた安倍政権だが、これまでみられた「官邸主導」ぶりは影を潜め、雇用確保を掲げるのが精一杯だった。ここにも政権の弱体化を窺い知る事が出来る。

 中賃は、日本商工会議所や経団連等の経営側と、連合等の労働側の代表に加え、有識者による公益委員の3者で構成される。12年に発足した第2次安倍政権だが、アベノミクスを支える重要な施策の1つとして最低賃金の引き上げには精力的に取り組んできた。

経営・労働双方の意見は真っ向対立

 最低賃金の引き上げが決まる前に例年まとまる骨太方針には、「早期に全国平均1000円になることを目指す」等と記し、官邸主導で引き上げを目指してきた。最低賃金は12年度から19年度までに約150円上がり、東京と神奈川では1000円を超えた。

 だが、こうした状況は新型コロナによって一変した。安倍晋三首相は6月に「今は官民挙げて雇用を守る事が最優先課題だ」と発言し、最低賃金の引き上げを早々に「封印」した。骨太方針には「中小企業が置かれている厳しい状況を考慮して検討すべき」と記し、ブレーキがかかった形になった。

 こうした状況を裏付けるように、中賃で7月初旬に始まった議論では、コロナによる影響を懸念する経営側は「足元の経済指標は最悪の状態だ。最低賃金の引き上げは凍結すべきだ」と強く主張。これに対し、労働側は「経済再生に向けて内需喚起は不可欠だ」と食い下がり、意見は真っ向から対立した。

 議論の材料となる経済統計「賃金改定状況調査結果」の見方についても、労使で主張が分かれた。前年6月の賃金と今年6月の見込み賃金を比べた場合、今年の中小企業の賃金上昇率は1・2%で前年比0・1%減とほとんど差がなかった。労働側は「引き上げは可能だ」と迫ったが、経営側は「新型コロナの影響を反映しておらず、あくまで見込みにすぎない」と反論していた。

 最終協議は7月20日午後から始まったものの、例年なら未明までに決まるのが通例だが、隔たりが大きく、一度中断した。21日夕方から再開したが、夜通しで議論したものの合意に至らず、22日朝に再び中断した。休憩を挟み、22日午後に最終決着する異例の展開をたどった。ここまでもつれると予想していたメディアも少なく、その日中に決まると踏んでいた新聞記事は「協議続く」「審議大詰め」と中身のない記事を掲載した。ある大手紙記者は「ここまでもつれるとは思わなかった」と話した。

 協議中も、引き上げを求める労働側は、粘り強く交渉を続け、当初は「全国平均で20円の引き上げ」を主張し、それが通らないと「10円の引き上げ」と譲歩。さらに「賃金が一番低い地域(Dランク)で10円の引き上げ」と新たな提案をし、それでも最後は少額の引き上げを意味する「有額」を主張して食い下がった。

 それでも経営側は「雇用維持と最低賃金の引き上げは両立しない」と反論し、公益委員が期待した労使の歩み寄りが見られなかった。近年は比較的労使が協調しスムーズに決まっていた節もあった事から、関係者からは「官邸の関与がないと、いかに引き上げが難しいかを改めて浮き彫りにした」との声が漏れた。

 ただ、公益委員やそれを支える厚労省の精一杯の「足掻き」が公表された文書に残っている。それは「地域間格差の縮小を求める意見を勘案しつつ、適切に審議が行われることを希望する」と盛り込み、地方の審議を促した。

社会機能の維持に影響が出かねない

 新型コロナの感染拡大で、介護士や保育士、スーパーの店員等の低賃金で働きながらも社会機能の維持に欠かせない「エッセンシャルワーカー」達は最低賃金の動向に注目していた。

 東日本の医療機関で働く女性は、コロナ患者を受けているため、各部署にしわ寄せが来ているという。「待遇を上げてほしい」と訴えるが、最低賃金の引き上げが期待出来ない結果となり落胆する。最低賃金で働く北日本の障害施設の職員も「非正規で不安定な状態で働いているので、少しでも賃上げを」と願っていた。

 中賃では目安を示す事が出来なかったが、数円の幅で最低賃金が上がっているケースもある。

 例えば、最低賃金が一番低いDランク地域の愛媛県では、790円から3円上がった。当初、使用者側からは凍結を求める声が上がっていたが、労組関係者は「議論の過程で、全国最低額が適切で、それが地域の経済力に見合っているのか考慮した結果、そうではないのではないか、という声が上がり、最終的に3円引き上げの提示があり、全会一致で合意した」と明かす。

  「地域間格差の是正」という点から注目されたDランク地域だが、愛媛の他、青森、岩手、山形、長崎、熊本、鹿児島は3円上がった。

 一方、都市部は厳しい状況だ。全国トップの1013円の東京は昨年度は28円上がったものの、今年度は0円と据え置く結果になった。大阪(964円)、京都(909円)、静岡(885円)も「0円提示」で引き上げは出来なかった。

 最低賃金が一番高いAランク地域では、埼玉(926円、改訂前金額、以下同)と千葉(923円)が2円上げたが、神奈川(1011円)、愛知(926円)は1円と小幅だった。新型コロナによる解雇・雇い止めは全国で4万人以上に上り、その影響は特に都市部で顕著に出ている事の証左だろう。

 結果的に地方間格差は少しだけだが、縮小する結果になった。しかし、「地方の賃金が低いが故に、若い人達の東京一極集中を促しているという指摘もある」と加藤勝信・厚労相は危機感を示しているが、これを覆すほどの結果には当然至っていない。

 最低賃金に近い給与で働く人は多い。卸売・小売業で129万人、製造業は75万人、宿泊・飲食サービスだと73万人に上る。医療・福祉分野でも30万人だ。新型コロナによる経済への影響は甚大で、今後は不透明さを増している中、最低賃金の引き上げの流れは断ち切られたに等しいかもしれない。

 そうなれば、こうした人達が仕事を続けられない可能性が出てくる。社会機能の維持にも影響が出かねず、再び最低賃金を引き上げる流れを取り戻さなくてはならないが、それはひとえに新型コロナの終息にかかっている。政権の責任は重い。

 

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