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未来の会

薬剤費亡国論の世迷い言

薬剤費亡国論の世迷い言
海外の薬価との比較で日本の薬価を決める意味が有るのか

日本においては、医療費と薬剤費が増大の一途を辿っている。薬剤費は、医療費の20%を占めると言われ、医療費が増大すれば比例的に薬剤費も増大する。昨今のコロナ禍により外来患者は減少したが、それに伴う医療費の減少は3・2%程度に過ぎない。日本の医療費は、2021(令和3)年の政府予算で42・2兆円にも上り、巨額なものになっている。その為、医療制度、国民皆保険制度が維持出来るか迄危ぶまれている。社会の高齢化が進み、医療費は益々増大していく。この秋に公表予定の20(令和2)年度の国の医療費は43兆円を超える可能性が高く、調剤薬剤費も7・5兆円が割かれている。労働災害等を含めると薬剤費は9兆円もの巨額の予算になる。これでは、医療制度、国民皆保険制度が崩壊するのではないかと危ぶむ声が上がるのもやむを得ない。医療費の増大も問題であるが、薬剤費の巨額の予算についても、医療制度の存続が危ぶまれる要因の1つになっている。医療費の増大ばかりに目をやり、殊更に国民の不安を煽る事には違和感を感じる。

 1989年の竹下登政権下において消費税が導入されて以来、日本の経済成長はそれ迄のバブルが幻だったかの様に停滞した。新自由主義者が台頭し政府の要職を占める様になって以降、国民の可処分所得は平均して190万円以上も失われる結果になった。30年以上に渡る経済成長の停滞がもたらしたもの、それこそがデフレスパイラルなのだ。日本がアメリカや中国と同じように3〜6%の経済成長を続ける事さえ出来ていれば社会保障制度に関する懸念が生まれる事は無かった。医療費や薬剤費を含む社会保障費の財政の懸念は政府の長年に渡る緊縮財政路線が招いたのだと言っても過言ではないだろう。

 80年代には医療費亡国論が唱えられ医療費抑制政策が採られて来た。その甲斐もあって医療費の伸びは予想よりも大きく抑制された。代わって、新たに言われ出したのが薬剤費亡国論である。

小野薬品への批判はお門違い

 小野薬品工業は、2014(平成26)年に「オプジーボ」というがん治療薬を販売したが、100ミリグラム約73万円と高額であった。これは皮膚がんの治療薬として申請した事に原因があった。新薬の価格は製薬メーカーから提出された研究費と経費を、対象になる患者数で割る事で決まる仕組みになっている。オプジーボは圧倒的に患者数の少ない皮膚がんを対象に新薬申請した為分母が少なく高額になったのである。オプジーボはそのままの価格で肺がんの治療でも使われ公的保険が適用された。結果、販売額が急増したが、高額なオプジーボに公的保険が適用された為に日本の医療財政に大きな負担を掛けた。その為、厚労省はその価格を段階的に引き下げた。現在、オプジーボの価格は当初の5分の1である15万5000円になっている。

 あオプジーボの高額な薬価設定により小野薬品工業には多くの批判が寄せられた。小野薬品工業への批判はお門違いである。何故なら、オプジーボの高額な薬価については小野薬品工業が独自に決定したものではないからだ。その価格は中央社会保険医療協議会が決めたルールに基づいて算出されたものなのである。

 ここで、新薬の薬価を決める為の流れを見ておく。先ず、製薬企業が、厚生労働省に薬価基準収載希望書を提出する。新薬が正式に承認されると、製薬企業から提出された資料等を基に厚生労働省が薬価の原案を作成する。この薬価の算定原案については有識者で構成する薬価算定組織で検討され、薬価が決まれば製薬企業に通知される。その後、中央社会保険医療協議会に報告し、了承されれば薬価として決定される。留意しなければならないのは類似薬が存在する場合である。類似薬が存在する場合は類似薬効比較方式が採用される。これは対象になる疾患や作用機序、投与経路等が最も似ている類似薬を基準にして薬価を決める方法だ。

 この類似薬効比較方式以外に、新薬の製造や供給に掛かる費用を足し合わせ、薬価を算定する方法もあり原価計算方式と呼ばれている。類似薬が無い場合は類似薬効比較方式を使う事が出来ないので原価計算方式を使って算定される。この方式は、製造原価の開示の度合いによって補正加算の額に差を設ける事で、不透明だと指摘されて来た内訳の細部について改善を図る様にしている。製造原価の詳細の開示が50%以下の場合は本来受け取る事が出来る加算額の20%に迄減額される事になる。そして、類似薬効比較方式、原価計算方式で算定された価格が、いくつかの調整を経て最終的な薬価に決まる流れになる。又、欧米主要国との価格差が大きくならない様外国平均価格調整が行われる。

 日本が最初に世界に先駆けて承認取得を目指す場合、その画期的新薬を審査で優遇する制度がある。それが先駆け審査指定制度である。厚生労働省は、14(平成26)年に「世界に先駆けて革新的医薬品等の実用化を促進するための省内プロジェクトチーム」において「先駆けパッケージ戦略」を取りまとめた。それは早期の治験段階で著明な有効性が見込まれる革新的な医薬品について優先審査し早期の承認を目指すというものである。本来なら1年かかる承認審査を対象品目では半年以内に短縮し、10〜20%の先駆け審査指定制度加算が上乗せされる。

 オプジーボは高額であったのみならず内外価格差も大きかった。日本で最初に発売された為、海外の価格を参考に出来なかったのである。オプジーボは日本人の研究成果を日本の製薬企業が世界に先駆けて日本で実用化した薬であり、日本企業の血の滲む様な努力の賜物である。世界で一番早く実用化した薬であるから、本来賞賛されるべきものである。あまりに高額だという批判は不条理であろう。尚、新薬を既に発売した後に、海外の価格を参考にして薬価を調整する仕組みは、今の日本の薬価制度には無い。

 オプジーボの内外価格差が多くの人の目に留まった為、新しいルールが検討される可能性が出て来た。販売後に外国価格と比較して調整し、薬価を引き下げるルールが出来るかも知れない。ただ、事後的に外国平均価格に調整するルールが出来てしまうと、先駆け審査指定制度による薬価の上乗せが意味を成さなくなってしまうのではないだろうか。日本の薬価制度は、類似薬効比較方式を原則としているので、海外価格を参考に薬価を調整する意味がどこに有るのだろう。

動機付けと研究を政府が支援すべき

海外にも先駆けて開発された薬価が高額であったからと言って非難されるべきではない。少なくとも尊い命が救われたり、心身の不調に苦しむ人を救ったり、健康で快適な暮らしを支える為という崇高な使命の下で日夜、開発に励んで来た成果である。開発費用や薬価の高低は2次的なものだ。将来において製薬会社が高く尊い使命感を持って開発研究に携われる様な環境整備を政府は厚く支援すべきである。開発や商品化への道のりが長くなったり、研究費が高額であったりする事はあくまでも結果論である。道中の長短や研究費の高低に是非を言うべきではない。つまり、新薬として承認される価格の高低は結果としての対価であり、予測や調整は不能であって然りで有る筈だと考える。人類の未来の為に製薬業界が高いモチベーションを維持して取り組める様な薬価制度を検討しないといけない。少なくとも必要と認められる人件費について削減に向かう様な論調には強く反対したい。むしろ、政府は新薬の開発段階から、その研究を後押しするべきだと申し上げたい。良薬を手に届く価格で患者に届けるのは製薬会社だけの使命ではない。国家がその一助となって国民の幸福を追求する研究開発の為に必要な役割を果たさなければならない筈である。

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