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ALS患者嘱託殺人でも「安楽死」議論は盛り上がらず

ALS患者嘱託殺人でも「安楽死」議論は盛り上がらず
一連の事件は〝トンデモ医師〟達による自己満足の犯行

難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者(当時51歳)を殺害したとして、医師2人が京都府警に逮捕される嘱託殺人事件が明るみに出た。

 終末期の患者を苦痛から救うために薬物等で死期を早める「安楽死」は海外では認められている国もあるが、どうやら今回の事件は過去の「安楽死」事件と異なり、〝トンデモ医師〟による自分勝手な殺人事件という色合いが強いようだ。

 「医師が患者を嘱託殺人」という衝撃的なニュースが飛び込んできたのは7月23日だ。嘱託殺人の容疑で京都府警に逮捕され、8月13日に起訴されたのは、宮城県名取市で「おおくぼ呼吸器内科・メンタルクリニック」を開業する大久保愉一被告(42歳)と、東京でED(勃起不全)治療専門の泌尿器科クリニックの院長をしていたという山本直樹被告(43歳)。大久保被告は弘前大学医学部を卒業し、厚生労働省で医系技官として勤務。その後、宮城県で開業した。妻は、元自民党衆議院議員の大久保三代氏だ。

ブログ等に「高齢者を『枯らす』技術」

 一方の山本被告は関西屈指の進学校、灘中学校、灘高校を経て東京医科歯科大学に進学。医師免許取得後は千葉県救急医療センターに勤務する等していた。別々の医学部で学び、それぞれのキャリアを積んでいた2人の接点は、医学部時代に所属していた勉強会だった可能性が高い。

 「2人はその後、『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術』なるタイトルの電子書籍を出版した。内容は現在読めなくなっているが、紹介文には『証拠を残さず老人を消す方法がある。医療に紛れて人を死なせることだ』等と書かれている。大久保被告のペンネームと、共著者に山本被告の名前があり、今回の犯行をうかがわせる内容とみられる」(全国紙記者)

 大久保被告のものとみられるブログには『高齢者を「枯らす」技術』というタイトルが付けられ、自らの死生観や安楽死を肯定する意見を発信。「安楽死研究会」なる掲示板も運営していたとされる。

 そんな2人の〝餌食〟となったのが、ALSで安楽死を希望していたとされる京都市の林優里さんだった。2011年にALSを発症した林さんは、ヘルパーの24時間の介助を受けながら一人暮らしをしていた。

 林さんのブログには「こんな姿で生きたくないよ」「なぜこんなにしんどい思いをしてまで生きないといけないのか」「操り人形のように介助者に動かされる手足」等と病気の苦しみが綴られており、最後の更新は19年7月28日。その年の11月30日午後、2人の医師に薬物を投与され、殺害されたとされる。

 2人はヘルパーに名前を偽り、席を外させた10分ほどの間に、林さんの胃ろうから睡眠薬を投与し、急性薬物中毒死させたようだ。

 「安楽死」の議論が末期のがん患者中心で行われている事に不満を持っている事をブログに綴っていた林さんと大久保被告を繋いだのは、ツイッターだったとみられる。18年12月に林さんがツイッターに「来るべき死と苦しみの恐怖と日々戦っています」等と投稿し、それに大久保被告がコメントしたのが最初の接触のようだった。

 その後、林さんの「作業は簡単だろうからカリスマ医者でなくてもいいです」とのツイートに、大久保被告が「作業はシンプルです。訴追されないならお手伝いしたいのですが」と返信。SNSを通じて交流を深め、犯行に至ったとみられる。

 終末期の患者を苦しみから救う「安楽死」を巡っては、過去にも刑事事件になった事がある。最近では08年、富山県射水市の射水市民病院で00〜05年までの間に末期患者7人の人工呼吸器を外したとして、男性医師2人が殺人容疑で書類送検(不起訴処分)された。

 有罪判決を受けた例としては1998年、川崎市の川崎協同病院で気管支喘息の発作で意識不明だった50代の患者に、薬物を投与して死亡させたとして、男性医師が殺人罪で懲役1年6カ月、執行猶予3年となっている。

 91年に東海大病院で50代のがん患者に薬物を投与して死亡させた事件では、横浜地裁が「例外的に安楽死が許される4つの条件」を示している。①耐えがたい肉体的苦痛②死期が迫っている③苦痛を取り除く代替手段がない④本人の意思が明らか——の4つだ。

 しかし、苦痛を取り除く代替手段として緩和ケアが積極的に行われるようになった昨今、4条件を満たすのは難しい。海外では安楽死が合法とされている国もあり、日本でも新たな指針を示すべきだが、「尊厳死法」等の法律策定の動きは止まっており、議論は進んでいない。今回の事件で再び、議論が盛り上がる可能性はあるのか。

 前出の社会部記者は「こうした過去の例と今回の事件では大きな違いがある」と指摘し、事件が安楽死の是非を巡る議論に繋がる事に懐疑的な見方を示す。その違いとは、林さんが末期とは言えない状態だった事、大久保被告らが主治医ではなかった事、そして、安楽死を巡り金銭の授受があった事だ。

 「ALSは進行性の病気で、体が動かせなくなり、人工呼吸器が欠かせない状態になっていく。林さんは言葉を発する事等は出来なくなっていたが、死期が迫っているとまでは言えなかった」(同)。大久保被告らはそんな林さんから事前に百数十万円を受け取り、わざわざ林さんの自宅を訪れ薬物を投与したのだ。

医師免許を不正に取得した疑惑も

 都内の内科医は「患者の苦しみ、楽になりたい気持ちは、患者に寄り添う主治医だからこそ分かるもの。患者の気持ちは日々、揺れる。今はまだ治療方法が確立されていないが、ALSの研究は進んでおり、主治医でもない立場で安易に死を選ばせるのは理解が出来ない」と憤る。

 警察の捜査では、大久保被告らが林さんにメールのやり取りの消去等、証拠隠滅を求めていた事も明らかになっている。「発端は患者側の求めかもしれないが、報酬を得て請け負っており、やり方は明らかに犯罪だ」(中国地方の医療関係者)と、医師個人の資質を責める声は大きい。

 更に山本被告を巡っては、医師免許を不正に取得した疑惑まで出ている。「東京医科歯科大に進学した山本被告は、同大を卒業せず、海外の医学部を卒業したとして医師国家試験を受験したが、海外の医学部卒業が確認出来なかった」(社会部記者)。

 海外の医学部卒業生が日本の医師免許を取得するには、日本の医学部卒業者と同等の能力を持っている事が条件。受験資格を審査するのは厚労省だが、山本被告が国試を受験した2010年、大久保被告は厚労省の国家試験に関わる部署にいた。もし不正が行われていたとしたら、一連の事件はトンデモ医師達による自己満足の犯行でしかない。

 

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