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未来の会

目指すは「信頼される、地域に根差した総合病院」急性期から回復期までを守備範囲に

目指すは「信頼される、地域に根差した総合病院」急性期から回復期までを守備範囲に
瓜生田 曜造(うりうだ・ようぞう)1957年兵庫県生まれ。82年防衛医科大学校卒業。海上自衛隊佐世保地区病院、自衛隊阪神病院、海上幕僚監部衛生企画室などをへて、92年スウェーデン留学、スウェーデン王国医学博士学位取得。94年自衛艦隊司令部医務長。96年舞鶴衛生隊長。97年自衛隊舞鶴病院副院長。98年海上幕僚監部衛生官。2001年自衛隊舞鶴病院長。04年海上幕僚監部衛生企画室長。05年防衛研究所第51期特別課程、海将補。07年海上幕僚監部首席衛生官。11年海将、自衛隊中央病院副院長。14年同病院長。16年千葉みなとリハビリテーション病院、巨樹の会理事、明生リハビリテーション病院院長。18年4月東京品川病院院長。

この春、70年余り続いた東芝病院が、その歴史に幕を下ろした。引き継いだのは、8つの急性期病院と14の回復期リハビリテーション病院などを運営するカマチグループである。約300床の中規模病院は、東京品川病院として新たなスタートを切った。急性期病床と回復期リハビリテーション病床を併せ持つ病院に生まれ変わり、周辺地域のニーズに応えた医療を提供していくという。院長に就任した瓜生田曜造氏に話を聞いた。

——東芝病院がカマチグループの緑野会の東京品川病院となったわけですが、元々どのような病院だったのでしょうか。

瓜生田 元々は東芝の職域病院でした。1945年に創設されていますから、既に70年余りの歴史があったわけです。後に一般に開放され、約300床の中規模総合病院として、地域医療に貢献してきました。そうした病院を引き継いだわけですが、長い歴史を持つ病院だけに、地域の人々の中には「東芝病院がなくなってしまう」と受け止めた人も多く、頼ってきた病院がなくなることで、これからどうなるのかと不安に感じたようです。

——医師数はどうなったのですか。

瓜生田 東芝病院時代には、72人の常勤医がいましたが、面談をして残っていただいた医師は32人です。慰留にも努めましたが、最終的に大学として引き上げることになったので、40人もの医師がまとまって退職することになりました。

——現在、医師は足りているのですか。

瓜生田 カマチグループは大きな病院グループですし、特に外科系に人材が豊富なので、理事長の蒲池(眞澄)の声掛けで、関東や九州からも優秀な医師の応援がありました。整形外科医、脳神経外科医、脊髄脊椎外科医の転籍をはじめ、新たに採用した医師もいます。私自身、去年11月まで約1年間は埼玉県の明生リハビリテーション病院の院長を務めていたので、関東の病院からの転籍組です。転籍したことでグループ内の情報共有や職員同士の協力体制が強くなっていると感じていますし、そのおかげで十分な人材でスタートを切ることができているのだと思っています。

グループでは都内初の急性期病院

——引き継ぎは問題なかったのですか。

瓜生田 病院を引き継ぐにあたって、混乱を最小限にするため、常勤医師が欠員になったり交替したりする診療科の外来患者さんをなるべく周辺の病院や開業医の先生方に紹介して、患者数をセーブしました。我々が責任を持ってどれだけ診療できるか分からない点もあったので、確実にできるようにしたわけです。許可病床数は296床ですが、4月1日時点で埋まっていた病床は118床。800人くらいいた外来患者さんも初日の予約は120人。入院患者さん、外来患者さんとも、少数でのスタートとしました。

——カマチグループが東芝病院を買収した意図は何なのでしょうか。

瓜生田 関東では、カマチグループというと、回復期リハビリテーション病院として名を知られています。確かに日本最大級の回復期リハビリテーション病院グループだと思いますが、私どもが元々行ってきたのは、救急を中心とした急性期の医療でした。それで、関東でも急性期病院をやっていこう、ということです。実は、関東にも急性期病院があって、この病院が四つ目になります。埼玉県に所沢明生病院という50床の病院がありますし、栃木県には209床の病院があります。一昨年、埼玉県厚生農業協同組合連合会から事業譲渡を受けた300床の新久喜総合病院も急性期病院です。ただ、いずれも東京からやや離れた場所にあるので、都心部に急性期病院を作りたかったということです。九州には福岡和白病院というフラッグシップホスピタルがありますが、理事長は東京にもそういう病院を作りたいと考えていたようです。

急性期から回復期まで続く医療を提供

——黒字化する見通しは?

瓜生田 採算ラインに乗せる第一歩は、満床にすることが基本だと思います。東芝病院時代の平均病床稼働率は六十数%だったようで、約300床のうち、200床くらいしか埋まっていなかったということです。しかし、急性期病院で300床を埋めるというのは、そう簡単なことではありません。単純計算すると、300床で平均在院日数が10日だとすれば、1カ月に900人の新患を受け入れなければいけません。そのためには、1日30〜40人が入院する必要があります。現在の当院は、新しく入院する患者さんの人数が、1日に15人前後ですから、このままでは半分しか埋まりません。ただ、この病院はカマチグループの強みを生かし、急性期と回復期リハビリテーションの両方をやっていくことで、シームレスな医療の提供ができます。

——急性期病床と回復期リハビリテーション病床はどんな割合になるのですか。

瓜生田 現在は、急性期病床が186床、回復期リハビリテーション病床が110床という割合ですが、両方をほぼ同数にできればと思っています。高齢化が進んでいるこの地域の状況を考えた場合、それがちょうどいいバランスではないかと思います。

——二つを組み合わせるメリットは?

瓜生田 私は外科を専門としてきましたので、リハビリテーションのことは、実はあまりよく知りませんでした。ところが、ここに来る前の1年間、リハビリテーション病院の院長をやったことで、その重要性を認識できました。昔は手術を行うと、2〜3週間入院して安静にしていたので、退院する頃には、患者さんは日常生活がままならないくらい筋力が衰え体も弱っていました。そういう人でも、回復期リハビリテーション病院にしばらくいると、見違えるように元気になってきます。これなら自宅でもしっかりと生活できる、という状態にしてからお帰しすることができるわけです。骨折の術後でも、肺炎や手術後の廃用症候群でも、脳卒中でも、リハビリテーションは非常に大きな効果を発揮します。


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