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「慎重居士」脱皮、アステラスが遺伝子治療に殴り込み

「慎重居士」脱皮、アステラスが遺伝子治療に殴り込み

国内製薬2位のアステラス製薬の動きに異変が起きている。

 昨年12月3日、米オーデンテス・セラピュティクスを30億㌦(約3200億円)で買収すると発表。それまでM&A(企業の合併・買収)で「慎重居士」を貫いてきた姿勢からの突然の変貌に国内外から驚きの声が上がった。

 国内最大手の武田薬品工業がシャイアーを巨額買収したのとは好対照で、業界次男坊は買収件数こそ多いが、せいぜい数百億円までの小ぶりの案件にほとんど終始してきた。

 最初は研究開発で提携関係を結ぶ事から入って、その開発品の実力を確かめてから、買収金額がまだ高くない開発中期段階までに相手を買収する慎重さも特長だった。

 今回は違う。発表直前のオーデンテス株価の2倍強のカネを景気よく現金で出し、買収金額の大きさも同社の過去の買収では2010年の米OSIファーマシューティカルズ買収時の40億㌦に次ぐ大型買収だ。

 上市時期が近くに迫る開発品を持つベンチャーを一気に丸吞みする大胆さも従来にないものだ。

最先行品は米国で年商90億円

 「遺伝子治療のリーディングカンパニーを目指す」。岡村直樹副社長の発言通り、買収の狙いはズバリ遺伝子治療分野の強化だ。

 遺伝子治療とは、遺伝子の欠損・変異等で起きる疾患を、その原因である遺伝子をウイルス等の伝達手段で患者の体内に注入して治す最先端の創薬技術だ。従来治療では無理な難病の根治や治療効果の飛躍的向上への期待も大きい。

 再生した細胞・臓器を患者に移す再生細胞医療と並び、次世代創薬技術の柱となると見られ、世界の製薬大手を巻き込み激烈な研究開発競争が繰り広げられている。

 技術進歩も急速な遺伝子治療は将来の製薬の世界勢力図を一変させるパワーを秘めるため、専門新興企業の大型買収合戦が起きている。

 18年にスイスのノバルティスが米アベクシスを買収した。そこで手に入れた脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」は19年に米国で2億円を超す世界最高薬価で売り出され世界中の話題をさらった。

 19年に入ると、スイス・ロシュの米スパーク買収、3月には米ファイザーの仏ビベットへの出資、11月にノバルティスの米メディシンズ買収と発表が続き、製薬世界トップ3がM&A攻勢で足並みをそろえた。

 日本の製薬業界はこれに完全に後れを取っている。その中にあってアステラスはこの激戦区に果敢に割って入る姿勢を示した。

 オーデンテスは6つの遺伝子治療の新薬候補群とそれを生み出すウイルスを使った技術基盤を持つ。

 開発品のうち最も先行するのが、X染色体連鎖性ミオチュブラー・ミオパチー(XLMTM)という、生後18カ月までに患者の半分が死ぬという超希少神経筋難病向けの薬だ。

 現在、ヒトを対象にした臨床試験(治験)第1・2相にある。途中段階でのデータは良好で、最速なら米国で20年半ば、欧州で20年後半の申請となる予定。欧米で優先審査対象に指定されているため、当局の審査期間も短くて済み、21年にこの難病で世界初の発売も期待出来る。

 希少神経筋難病のポンペ病やデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)などを対象に前臨床試験段階の候補も他に5つ。うち複数は20年に治験段階に進む可能性が高い。

 ただ、米国のXLMTMの新規患者は年40人とも言われ、仮にゾルゲンスマ並みの超高薬価が付いても年商は90億円止まり。DMDなどは患者人口が少し広がるが、ここは米サレプタなど開発先行企業もあり、逆にXLMTMより競争は熾烈だ。

カギは自社製造能力

 それならばアステラスはなぜ3200億円もの大金を投じるのか。

 理由の第一は、オーデンテスが持つ、アデノ随伴ウイルス(AAV)を運び手に使った、高度な遺伝子薬の開発ノウハウにある。

 この技術を上手く利用すれば、原理的には疾患原因となる遺伝子とそれに合うAAVの種類を変える事で、オーデンテスが手掛ける狭い神経筋疾患の枠を超えた様々な疾患の治療が出来る。

 アステラスはここ数年、国内ではクリノや遺伝子治療研究所と提携、海外では英キューセラ買収や米ユベンタスとのオプションやライセンス契約を結ぶ等、この先端分野での自社ノウハウを広げてきた。ここにオーデンテスの技術基盤を掛け合わせて、「希少疾患だけでなく将来はより患者数の多い一般疾患にまで遺伝子治療を広げていく」(岡村副社長)のが会社の描く最終青写真だ。

 さらに強い決め手となったのが、オーデンテスが持つ遺伝子治療薬の自社製造能力の高さだ。

 オーデンテスが米国に持つ遺伝子治療専用製造設備の能力は1000リッター規模。欧米等で承認が取れた暁のXLMTM治療薬のグローバル供給を十分賄える。4月に最新鋭設備が稼働したが、8000リッターの製造能力拡充余地がある。

 ただ、再生細胞医療や遺伝子治療では試験管での研究や前臨床試験段階では良くても治験や商業化(発売)で上手くいかないということも多い。

 実はこれにも製造能力の問題が絡んでいる。当局の品質管理基準を満たしながら、臨機応変に開発薬を提供し、商業段階の薬の大量生産が出来る能力が不可欠だが、これが業界では公然の超難問になっている。

 低分子薬やバイオ抗体薬等、既存分野なら生産を請け負う専門会社もあるが、この先端分野ではまだその力は弱い。遺伝子治療で成功するには、当面は十分な自社製造能力を構築するのが絶対的に有利に働く。

 ノバルティスはCAR‐T薬「キムリア」や遺伝子治療で顕在化したこの問題の解決に向け、自社の専門製造能力増強に懸命だ。ファイザーも遺伝子治療の自社製造施設新設へ6億㌦の投資を決断したばかり。

 「自力ではどうしても克服出来なかった」。岡村副社長の発言は意味深だ。提携・買収の手は打っても、遺伝子治療でリードする開発品が出せなかった事、そこに製造能力のネックがある事を暗示する発言だ。

 こうした苦しい状況解決に向け取ったのが、「パートナーが必要と確認した」という昨年7月の取締役会の決断である。世界の巨大ファーマが雪崩を打って遺伝子治療で攻勢に出る以上、一刻の猶予もない。直ちに大型買収を、となったのは当然だ。

 アステラスには事実上、オーデンテス買収以外の選択肢は残されていなかった。開発と製造、遺伝子治療で不可欠の両方の能力を兼ねそろえた会社は稀有だからだ。

 既に再生細胞医療、がん免疫を最重点強化分野に据えたアステラス。今回の買収を機に、遺伝子治療がここに加わった。遺伝子編集を含めて遺伝子治療の高度技術は、再生細胞やがん免疫にも応用が利き、その強化・拡充に繋がる。

 武田と違う形で、製薬の「最激戦区」で世界の頂上戦に挑むアステラスの姿勢は評価出来るが、世界の壁は厚い。これをぶち破り、アステラスが成功出来て初めて、日本の製薬業界に一筋の光明が見えてくる。

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