SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

検査を正しく受けられない患者

検査を正しく受けられない患者

この秋、貴重な体験をした。出身大学の学園祭で行われた学生による模擬健診のサポートをしたのだ。

 心電図検査、呼吸機能検査、血液検査などの後、問診や聴診などが行われる。実際に携わるのは医学部4年生で、私のような医師が助言をしたり必要があれば本格的な受診のための紹介状を作成したりする。

 私は、検査所見を1枚のシートにまとめ、次の問診前に問題点をピックアップするというブースの中で、4人ずつ交代で担当する医学生達の手伝いをした。

 彼らはとても真剣に検査値などをチェックし、それを検討していた。

 時折「コレステロールが基準値より2高いですが、これは『所見あり』とするべきでしょうか」「心電図にST上昇って書かれていますが、どれを指しているんでしょう?」などと質問が飛んでくるので、こちらも気が抜けない。

 何時間か経過した後、1人の学生が「ええっ、これは」と声を上げた。

 皆が注目すると、その学生は呼吸機能検査で「あなたの肺年齢は92歳」と記されている用紙を掲げた。

 「20代の方なのに、90代の肺年齢。肺活量がものすごく低下しています」と言う。

 この発言に対し、「こういう病気の可能性があるのでは?」といくつかの病名が医学生の口から出てきたり、「先生、どうしましょう? 受診を促して紹介した方がいいですか」と慌て気味に聞いてきたりする学生もいた。

 そこで私は言った。

 「ちょっと待って。この肺活量じゃ、ここまで歩いていらっしゃることも無理でしょう。まずはどんな方か、確認してみましょうよ」

 そして、学生達とともにブースから出て、その人のお名前を何度か呼ぶと、1人の若者が振り返った。その若者は「息も絶え絶え」という感じでは全くなかった。

 私は「ちょっと検査をやり直していただくかもしれませんから、お待ちください」と告げて、ブースに戻った。

 「肺年齢が90代というわけはないですね。きっと測定機器の不具合か測定のミスでしょう」と学生達に話して、今度は呼吸機能検査の担当のところに行って再検査を依頼した。

 担当者は「機器に問題はないはずですが……。やってみます」と答え、私達は再度、結果が出るのを待った。

 学生の中には、「いや、機器の問題ではなく、何か肺の異常が隠れているのでは」と言いたげな顔をしている人もいた。

臨床現場では医師各自が工夫して対応

 しばらくすると、検査の担当者が、結果の用紙を持ってやって来た。

 「実は今の方、聴力や理解力に問題がおありのようで、正しく検査を行っていただくのが難しいのです。今回の肺活量もかなり低めに出てしまいました。でも、実際の値とはかなり違うと思います」 

 私達は「えー、そうだったんだ」と思わず声を上げた。

 それから学生達は「検査の担当者も先に言ってくれればいいのに」などとやや愚痴めいたことを言いながら、所見表には「正確な測定は不可能」といったコメントを記したのだ。

 しかしそこで、助言者としてそこにいる私の“アドバイザー魂”に火がついた。

 「これ、大事な経験じゃないかな。肺機能が実際に悪いわけではなかったようで、それはひと安心だけど、実際の臨床でも検査の指示に正しく従うのが難しい患者さん、結構いますよ。子ども、高齢者だけではなくて、心理的な不安が強過ぎる場合もそうでしょう。そういう患者さんが来た時に、私達はどうやって検査を行い、なるべく正確な所見を得るか。考えておいた方がいいですよ」

 もちろん、実際に臨床の現場にいるドクター達にとっては、これは日常茶飯事だろう。

 採血はどうしても嫌、婦人科の内診は受けたくない、MRIの装置の中に入るのは恐怖、という患者に関する話はよく聞く。また、肺活量検査のように測定者の指示に従って被検者に何かを行ってもらう検査となると、被験者にはかなりの理解力が必要になる。

 最近は日本語が苦手な外国人の受診も増えているので、言語の壁もあるだろう。

 現場では、それぞれが自分なりに工夫をして、指示に従うのが難しい子どもや不安の強い患者さん、日本語の理解が困難な外国人にも検査を受けてもらい、治療を行っているはずだ。

 しかし、医学生や若い研修医達にはそういった経験が乏しく、今回のように検査結果だけを見て、「大変!  すごい異常値が出た」などと思ってしまうこともあるかもしれない。

 私自身、内科の知識は万全ではなく、心電図所見や血液検査の結果の読み取りでは、ややおぼつかない場面も見せてしまったが、「検査所見の異常の中には、正しく検査を受けられていないケースの結果も含まれている」「説明を理解してもらえない患者さんに、どうやって検査を受けていただくか」という話は学生達に伝えることができた。

自らも勉強になった模擬健診のサポート

 学生は「たまたま今日はそういう人が来たけれど、普段はそんなケース、あまりないんじゃないの」という感じでピンと来ていないようだったが、最後に1人の男子学生が元気よく言った。

 「先生、今日はいろいろ教えていただいてありがとうございます! ウチのサークルでタピオカのお店を出しているので、おごりますよ! 後で寄ってくださいね」

 彼らが何年後かに医師としてデビューする時は、「検査を正しく受けることができない患者さん」にまで気を回すことのできる医療人になってもらいたい。

 私も「良い勉強になったな」と思いながらこの日の模擬健診を終えて、母校を後にすることができた。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top