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第63回 長谷川が諮問機関で労働強化を説く不条理

第63回 長谷川が諮問機関で労働強化を説く不条理
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
長谷川が諮問機関で労働強化を説く不条理

 6月26日に大阪市で開かれた武田の定時株主総会では、最高経営責任者(CEO)から、代表権のない会長職となった長谷川閑史の取締約再任への賛成率は、80・15%にとどまった。「静かな」今年と違って「大荒れ」であった昨年の株主総会では89・29%であったから、9・14%の低下だ。

 信任の目安は賛成率90%とされるため、これでは信任とほど遠い。当然だろう。今や評価が地に落ちたソニーの出井伸之とハワード・ストリンガーの「迷」コンビを別にすれば、日本の大手優良企業をかくも短期間でガタガタにした経営者は、最近ではあまり例がないからだ。

 もっとも、7月に巨額の粉飾が明るみに出て副会長を辞任した東芝の佐々木則夫がこの例に加わりつつあるかもしれないが、武田の2015年3月期決算で、1949年以来初めて最終損益で赤字(1457億円)を計上することになった実質責任者の長谷川が、堂々と取締役に再任されること自体、異様ではないか。11年3月期では13億円だった有利子負債も、今や8416億円だ。

ウェバー社長「早期退任」の爆弾
 さらに、13年9月に長谷川が自分の責任で最高財務責任者(CFO)に据えたフランス人のフランソワ・ロジェが定時株主総会開催3日前に退任を表明し、翌24日になって武田が総会付議議案の一部修正を発表するという前代未聞の不祥事も起きている。本人の昨年度の役員報酬が3億円以上にもかかわらずこの有様では、「もらい逃げだ」という不満が株主から出たのもうなずけよう。それでも長谷川が院政を敷きに入った武田の辞書には、「経営責任」とか「信賞必罰」という四文字が存在しないらしい。

 武田が抱えるロジェに次ぐ〝爆弾〟が、同じフランス人で社長兼最高経営責任者となったクリストフ・ウェバーの早期退任であることを、業界で知らぬ者はいない。かねてから製薬業界で世界第3位のサノフィへの転出話が途切れないが、少なくとも武田に骨を埋める気などさらさらないのは、口にこそ出さないが社員の常識だ。

 もっとも、製薬会社の2大ポストの一つである研究開発部門の責任者にわざわざ日系米国人のタチ山田を据え、法外にも8億円以上の年俸を払った挙げ句、たった数年間で去られてしまった武田のことだ。ウェバーが他社に引き抜かれることになっても、会社内外の批判など気に掛けはしない長谷川の「グローバル経営」とやらは、揺るぎもしないのだろう。

 ただ問題は、一民間企業の醜態だけにはとどまらないということにある。長谷川はこの4月に退任するまで経済同友会の代表幹事を務めていたが、これは任意団体だ。だが、長谷川が昨年9月まで主査をしていた産業競争力会議の雇用・人材分科会は、安倍晋三首相を本部長とする日本経済再生本部の下に開かれる会議体に他ならない。経済財政諮問会議など、内閣府に置かれた重要政策会議と比べランクは下がるが、それでも公的な諮問機関であることは間違いない。

 かねてから財界人がこの種の諮問会議を既得権のように牛耳っている問題点は別にして、モラルと経営能力を喪失している長谷川に、果たしてその席に連なる資格があるかどうかについて、武田を広告の優良顧客とする大手メディアは一切口をつぐんでいた。だが、長谷川が同分科会で主査をしていた時期と、武田の降圧剤「プロプレス」とCa拮抗薬「アムロジピン」を比較した医師主導臨床研究「CASE‒J試験」の不正疑惑が大問題となった時期が重なるというのは、決して看過できることではない。

 国会では参議院の厚生労働委員会で昨年の6月26日、民主党の足立信也参議院議員がこの問題を取り上げ、長谷川が「(データの)捏造に関与していて、販売促進のために薬事法違反を犯している可能性」があると前置きし、「その方を……産業競争力会議の委員にしておいて本当にいいんでしょうか」とただした。

 これに対し、小泉進次郞・内閣府大臣政務官は、「一議員の偏った結論が導かれるようなことはありません」などと、まったく意味不明の答弁に終始。さらに足立議員が「手法として誤ったことをやってきた部長であり社長であった……その方が、産業競争力会議の委員でいいんですかということです」と再度迫っても、まともな返答はなかった。

企業エゴを国策にする利益相反
 この事実は、そもそも歴代自民党政権が乱造してきた諮問機関なるもののうさんくささを露骨に象徴していよう。加えて、長谷川のような経営者が堂々と「主査」になれる産業競争力会議の雇用・人材分科会らしく、内容もデタラメを極めた。労働時間制度を審議するはずのこの分科会は、財界や御用学者が顔をそろえ、何と肝心の労働者代表はゼロというひどい人選。しかも、長谷川のやったことは、自社に代表される企業エゴを「国策」にするという、利益相反でしかなかった。

 長谷川は同分科会で、「個人と企業の成長のための新たな働き方」などの「雇用改革」に関わる4種類の文書の起草者となっているが、要するに主張しているのは①時間ではなく成果で評価される働き方と、②成果に応じた報酬を基本に据える新たな働き方にしろ——という点。何のことはない。①は、90年代半ばに日経連(当時)が「新時代の日本的経営」と称して打ち出した、「成果を上げれば賃金が上がる」という「成果主義」のこと。多くの企業では賃金が上がるどころか、目標達成のための長時間ただ働きが広がって職場の荒廃が進み、見直しを迫られたいわくつきの制度だ。

 ②も、同等。客観的で、かつ何人も納得できる「成果」、あるいは「評価」を査定することなど、実際には至難だ。全く同じように働き同じ成果を出しても、上司の主観による評価で差別され、賃金で大きな格差が付くようなケースはいくらでもある。第一、かつて中国市場への参入失敗で「2兆円をドブに捨てた」とやゆされた長谷川の「成果」が、自身の2億円以上の年俸に「応じた」ものかどうか、考えてものをいうべきだろう。

 こうしたエゴの塊のような経営者が旗振り役を演じた結果、約2年近くも実質賃金低下の傾向に直撃されている国民がさらに「成果」がどうのと労働強化に追い込まれる事態となったら、これは不条理ではないのか。武田内でまかり通っている不条理を、この国と国民が受け入れねばならぬ理由など毛頭ない。

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