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第18回未来の会

第38回 亡国の「日本版NIH」構想に長谷川閑史が執着

第38回 亡国の「日本版NIH」構想に長谷川閑史が執着
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行

 武田薬品工業社長・長谷川閑史。3期連続で減益を達成した辣腕経営者としてその名を知らぬ者はいない。2013年3月期決算では本業の儲けを示す連結営業利益は前期比54%減の1225億円となった。約1000億円も儲けを減らした長谷川はどんな経営責任を取ったのだろうか。3億500万円(11年度)もの年俸をせしめ、経済同友会幹事として「政治ごっこ」に興じる日々。武田の鷹揚な社風には誰しも憧憬の念を禁じ得ない。

 7月には経済同友会幹事として廃炉に向けた作業が続く東京電力の福島第1原子力発電所を視察。

 「逆風の中で、多くの方が使命感で取り組んでいるのは日本の強み。経済再生やエネルギーの安定供給には、原発がどうしても必要だ」

 と発言している。「2010年問題」を見越して国内拠点の統廃合を実施した結果、誕生した「湘南研究所」。安定した運営のためには電力が欠かせない。武田が東日本大震災発生時に相当神経質になっていたことについては内部告発の声も届いている。正直さは経営者の美徳なのか。

 武田といえば、「731部隊」との関係でも知られている。731部隊は第二次世界大戦中、旧陸軍に設置された研究機関の一つだ。正式名称は関東軍防疫給水部本部。防疫活動や人体実験、生物兵器の開発や実験的使用を任務としていた。

 海拉爾支部の支部長である安東洪次は戦後、武田で顧問を務めている。部隊には3000人ほどの医師が加わっていた。研究者の大半は武田からの出向組。人体実験のデータは戦後、米軍を通じ、武田製薬の事業提携先の米国モンサント社に手渡されている。モンサント社は研究成果を基にベトナム戦争で使用された枯葉剤などを開発した。武田が戦前戦後に覚醒剤(メタンフェタミン)を販売していた事実も記憶しておく必要がある。

 さて、長谷川がこのところご執心なのが「成長戦略」。拠点も人材も海外頼みの企業が日本経済の将来を本気で考えているのか、といった野暮な突っ込みは意に介さないようだ。ここに来て、前のめりになっているのが「日本版国立衛生研究所(NIH)」構想。どこまでいっても尽きることのないその不毛さについてはこれまで2号にわたって詳しくお伝えしてきた。今号でも引き続き、長谷川の政策通ぶりに敬意を表していくとしよう。

古過ぎる発想と浅過ぎる認識

 日本版NIHは「気分転換」にすぎない。研究者が論文執筆の合間を縫って机の片付けをする。リフレッシュにつながり、また論文に集中。そんな循環ができれば、能率が向上する。だが、気分転換ばかりしていたらどうだろうか。机ばかり片付けて、肝心の論文は1行も書けていない。言うまでもなく、これでは本末転倒である。

 「横串を入れて統合すべきはヘッドではない。むしろ、現場の実働部隊です。真に求められているのは、そうした方向での政策意図。ただ、できることとできないことがあります」

 国立機関に籍を置く研究者が解説する。

 「日本版NIHの周辺には『輸出する製品に補助金を付けて、諸外国で売りまくる』発想が根深くあります。これは世界貿易機関(WTO)をはじめ、国際社会でいうところの『自由貿易』の観念とは根本的に齟齬を来す。ありていにいえば、『やってはいけないこと』なんです。それを実行する上で関係者間の口裏合わせすらできていない。プロの目から見れば、『素人が訳の分からないことを言っている』構図以外の何物でもない。これはこれで情けないことこの上ない」

 WTOの文化に適応しないとしても、まだ活路はある。産業の裏の世界に通じている者にしか分からないルート。どのような産業構造で、誰がどんな投資を行い、その資本を使ってどこで生産が行われ、製品はどう回っているか。そうしたからくりを理解した上でプロが判断する。そんな世界もあるにはある。そうしたプロの目から見て、日本版NIHの構想は合理的だろうか。

 「全くそうではありません。こんな形では日本にとっての国益は決して生み出せない。そもそも『日本版』と冠が付いている時点で笑い話です。そもそも日本の製薬業界が何を得意とし、何を不得手としているのかさえ把握できていないでしょう。日本版NIHさえできれば、何となく日本からすごい薬が出る。それが海外で売れる。メイドインジャパンの医薬品が米国の売り上げベスト10のうち8品目を占める──。そんな目標でも掲げているんでしょうか」(都内の国立大学教員)

 医薬品の開発から販売に至る過程には恐ろしく多様な要素が入り込む。しかも、それぞれの個所でトレードオフ、二律背反の関係が成り立つ。代表的な例が「どこで開発するのか」。日本国内での開発を選択すれば、不利は否めない。米国ならば、「そんなデータは見たくない」と確実に関税を掛けてくる。にもかかわらず、必ず「日本での治験活性化」とセットで書く手合いが存在する。

 「プロ視点ではあまりにお粗末」(前出研究者)

 縦割りの構造に刺すべき横串は一様ではない。「患者の幸福」は分かりやすい一例である。一方、産業論に立脚した串もある。こちらはかなりのところまで細分化していく作業が可能だ。

 「誰が利益を得ればいいのか」「日本における製薬企業の活動が高まればいいのか」「輸出と輸入の差額が大きくなればいいのか」──。三つ目はかなり時代錯誤の感がある。だが、日本版NIH構想の周辺ではむしろ、「輸出が増えれば国が富む」と本気で考えている節がある。どこまでも単純な頭の持ち主がたむろしているようだ。

 「その程度の認識しか持たず、箱ものと組織の形だけ整えようとしている。そんな世界が国内にまだあるとは。ただただ残念です」(前出教員)

 「横串の1本すら頭にないんでしょう。10〜20本は平気で刺さるのがこの分野。しかも、その串には全てトレードオフがある」(前出研究者)

もめないこと自体が不思議

 研究がもたらす成果を表に出す。そんな議論があれば、論点が生まれ、必ずもめる。当たり前のことだ。だが、日本版NIHはどうか。経済団体から製薬企業、学界、行政まで全てが賛同。もめる要素などまるでないかのようだ。

 つまり、何も考えていない。部屋の片付けでさえ、実際にやってみれば、右のものを左に置いたことでつまずくこともある。恐らくこの国の「イノベーション」の周囲では、この先もまだまだドタバタが続いていくことになるのだろう。

 「5年後には『新生』や『転生』をうたう新計画が生まれているかもしれません(苦笑)」(同前)

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