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第18回未来の会

第37回 長谷川が推す「日本版NIH」で加速する空洞化

第37回 長谷川が推す「日本版NIH」で加速する空洞化
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行

 「日本版国立衛生研究所(NIH)」構想──本誌には「ネタ」としか思えない。だが、武田薬品工業社長にして経済同友会代表幹事である長谷川閑史をはじめ、この国の大勢はそうではない。

 胸の内はさまざまだろう。真剣に議論したり、「よし、これで良くなる」と喜んだり、「こんな船でも乗るしかない」と思い定めたりしている。

 医薬品業界周辺においてこうしたエッジの効いた政策への対応はほぼ決まっている。当局に対し、「お前らバカだな」と言うのは簡単だ。だが、ビジネスの上で得るものは何一つない。心の中では「困ったことだ」と思いつつ、日本版NIHへの接し方で態度を示すことになる。

 「多くの企業はますます日本を捨てることになるでしょう。どうでもいいような薬は持ってくる。ただ、世界で大きく稼がないといけない薬の場合、こんな構想に関わっていられない。足を引っ張られないようにするには、自分の頭で考え行動するしかない。つまりは、海外に投資し、開発と生産の拠点を移す。現在の流れにますますさおをさすことが予想されます」(厚労省OB)

 長谷川はこうした企業群の右代表である。成長戦略はおろか、日本の未来をどの口で語るのか。

超党派で賛同が集まった衆院選

 昨年の衆議院選挙。自民・公明両党を筆頭にほぼ全ての党派が「医薬品産業」や「イノベーション」の重要性を異口同音に説いた。結果として民主党は敗れ、自民党が政権に返り咲く。果たして医薬品行政はこの過程で変わったのだろうか。

 「まったく変わっていない。そもそも官僚は政権交代で自分たちが『変わった』なんて思っていません。むしろ、元に戻った。長年積み重ねてきた伝統に回帰したといえます。もちろん、やりやすくなった部分と、やりにくくなった部分はある。民主党の『政治主導』下では法案提出のプロセスが官僚にとって一見、楽になったかに見えた。今では自民党政権で部会、政調、総務会を経る政策決定に戻っています。厚労官僚の中には『こんなに面倒なことを俺たちは何十年もやってきたのか』と嘆息している人も多い」(同前)

 民主・自民両政権で要職を歴任した長谷川。同じような感想を抱いているのだろうか。もっとも積極的に働いた形跡はない。武田社長や同友会代表幹事と「兼任」が可能な程度の「軽責」である。

 長谷川が関わった民主党政権時代の「内閣官房医療イノベーション推進室」については、すでに触れた。仮に政権交代がなく、自民党政権が続いていたとしても、この室はできていた。そして、同じように失敗していただろう。厚労官僚なら誰でも分かる理屈である。省内では医療イノベーションと健康・医療戦略の「対照表」がエクセルのデータで出回っている。やはり同じものだ。

 政府は6月14日、「健康・医療戦略」を策定した。これを推進する健康・医療戦略室は見かけ上、イノベ推進室と同じ轍は踏まないはずだ。

 「長谷川さんをはじめ、武田薬品がどうなのかは知りませんが、マンパワーの欠如は明らかです。いくらお題目ばかり唱えても、牽引し、実行できるだけの人材が官民双方に見当たらない。医薬品の研究・開発に一家言持つ人間なら、欧米には何百人といます。層を成し、プールされている。それらの人材はおのおのグループを作ったり、シンクタンクを設立したりして、自らの『旗幟』を鮮明にします。この点が日本と違う」(同前)

 経済団体トップが常に与党の尻ばかり追う国とは決定的な差がある。つまり、こういうことだ。医薬品に精通した人材は「民主党支持系」対「共和党支持系」や「リベラル」対「保守」対「ネオリベ」といった色分けの中にいる。そこで仕官の機会をうかがっているわけだ。政権が変われば、何百人単位でこれらの層も入れ替わる。

 仮に日本版NIHができたとしよう。トップに収まるのは産業論や産業政策、研究開発政策の専門家でも何でもない人たちだ。長谷川と同じこと。

 ノーベル賞受賞者が組織運営に長けているのかどうか分からない。だが、日本版NIHの研究部門のトップに受賞者を三人ほど並べて、それぞれが好きなようにやらせる。これなら、まだましかもしれない。

 「日本版NIHのような組織でありがちな傾向。組織のトップが教育論を発表する(笑)。他の先進国ではまず考えられません」(国立大学教員) 

 政府は日本版NIHの中に「自分の領域の研究についての良し悪し」や「研究費のメリハリ」についてうるさく言える仕組みをつくり付けることができるだろうか。仮にできれば、相当なものだ。もっとも、そうならない可能性が圧倒的に高い。

 トップには「国立高度専門医療研究センター」の総長研究者らが指名されるだろう。そうした人材がトップに立ち、「日本の研究開発を牽引している」とでも言いたげな表情を垣間見せる。そのことの無意味さに長谷川は気付いているのか。

 繰り返す。国内に人材はいない。ごくまれにいたとしても、一匹狼の思い付きにすぎない。欧米のアカデミアのように、特定の人物に関する「イデオロギー」や「流派」「派閥」「対立関係」についてインターネット上の百科事典に記述するような環境はまだ日本には整っていない。

目標が何もない世界

 そんな国の中で形ばかりの日本版NIHを設立する。やはり、これはネタではないか。

 そもそも誰を日本版NIHに入れるのか。スカウトはどうするか。誰かを入れたところで、本当の意味での能力や責任はどうやって測ればいいのだろう。5〜10年後に材料をそろえて評価できるのか。突き詰めていけば、3月に就任して早々、「2年で目標未達なら辞任する」と広言した岩田規久男・日本銀行現副総裁は理想に近い。

 「要は目標が何もないんです。『やります』と口で言っているだけ。この側面は大きい。このまま日本版NIHができれば、恐らく『何をやってもいい』組織になるでしょう。結果が問われていない以上、当然です。日本版NlHができた場合、そこから生まれるイノベーションは現在の室を通して生まれるものより数段良くなければならない。できれば、数値目標化が望ましいんですが、恐らく無理でしょう」(前出の大学教員)

 デスクワークに飽きたときにする気分転換の片付けみたいなもの──日本版NIHをそんなふうに評する研究者もいる。長谷川にも、そろそろそのことに気付いてもらった方がいいだろう。

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