
大阪・関西万博から日本の医療を考える①
医療ツーリズム再考の連載を進める中、大阪・夢洲(ゆめしま)で開催された万博を訪れる機会があった。現地での体験は、やや大げさに言えば日本が抱える2つの課題を強く感じさせるものであった。そこで、今回と次回の2回にわたり、現地での印象を記しておきたい。
開催期間中、多くの来場者が万博を心から楽しんでいたことは間違いない。その一方で、振り返ってみると、まず痛感したのは、日本は「国を挙げてのアピールが乏しいのではないか」という点である。
純粋に一来場者として訪問したところ、アプリで事前予約が可能だったのはタイパビリオンのみであった。しかしながら、これが完全に“当たり”であった。というのは、タイ館はまさに「医療とウエルネスツーリズム」を軸に国家全体の紹介を実現していたからだ。前号で触れたMTI(Medical Tourism Index:メディカルツーリズム指数)の指標では総合17位とあまり振るわなかったが、この展示こそ、本連載で扱うべき好例といった趣だった。
タイでの医療ツーリズムの動向
現在、連載では医療ツーリズムの国際的な動向を追っているが、タイは2000年代初頭から国家戦略として積極的に取り組んできた。
下記の表にもある通り、タイは医療・ウェルネスツーリズム分野ではASEAN諸国の中でも群を抜いている。参考文献としたExpert Market Research(EMR)のレポートによれば、「この市場は、心臓外科、不妊治療、美容医療などの医療を目的とした国境を越えた移動と、観光滞在を組み合わせたものである。例えば、2025年3月の在ワシントンD. C. タイ王国大使館の発表によれば、タイでは23年に約286万人の国際患者を受け入れ、約8億5000万米ドルの収益を上げ、ASEAN最大の医療ツーリズムの目的地としての地位を維持している。世界水準の認定病院(23年10月時点で61施設がJCI認定)と先進的な治療の選択肢があり、西洋諸国と比べて30〜70%の大幅なコスト減を提供している。この市場の重要性は、世界的な医療アクセスの拡大、対内的な医療投資の促進、そして東南アジアにおける主要なヘルスツーリズムの目的地として位置付ける点にあり、25年から34年の予測期間中、年平均成長率(CAGR)11.20%で成長すると見込まれている」とある。
ちなみに、ここには美容や観光滞在の要素が含まれているが、今後連載で論考予定のウエル
ネスツーリズムは含まれていない。

タイパビリオンとタイの一貫した姿勢
各国が自国の文化や技術を競う中、タイは保健省が展示会の運営を担当し、明確なメッセージと物語性に裏打ちされた国家像を描き出していた。
核となるテーマは「大きな幸福のため、いのちをつなぐタイ(THAILAND Connecting Lives for Greatest Happiness)」。パビリオンは「VIMANA THAI(ウィマーン・タイ)」と命名され、万博の「コネクティングライヴズ(Connecting Lives)ゾーン」に出展された。
まずZone 10「タイの魅力10」では、タイの自然環境に根ざした健康の知恵が、映像・香り・アートが織り交ぜられ、隣接するシアターでの没入型演出により体感的に紹介された。ここでは、伝統的なハーブや仏教的薬草の知識、自然との共生が生む健康文化が、映像や展示物で表現された。最新のプロジェクションマッピングでタイの自然・文化・歴史をダイナミックに体感でき、伝統舞踊や挨拶を体験する参加型展示も用意されていた(写真1)。
次にZone 100「医療・公衆衛生・食文化のイノベーション」では、「社会の免疫」を軸に、医療技術や公衆衛生、タイ料理の栄養科学を展示し、AI診療やスマートヘルスの革新も紹介していた。

タイが誇る公衆衛生、先端医療、健康づくりの実践を多角的に展示(写真2)。医療ツーリズムの実績や医療技術の発展、持続可能な健康社会の取り組みをインタラクティブなデジタル展示で紹介したほか、1万種類以上の健康食レシピや食文化体験、バランス栄養学に基づくタイ料理の多様性をアートウォールで提示。ここでは、JCI認定病院が63(2025年現在) に上ることも紹介されていた。
他にも、「癒やしと五感体験」をテーマとしたゾーンでは、タイ伝統の癒やしの文化と現代のウェルネス技術を体験型で楽しめた。ハーブ、アロマ、健康商品を本物の香り・触感で体験。セラピストによるタイ式マッサージを無料で楽しむことができるコーナーもあり、事前予約でより深い体験が可能だった。医療ツーリズムやヘルスケア商品の展示・販売、タイ政府が推し進める健康政策とブランド力を発信していた。「心の免疫」を基調に、アロマ・マッサージ・音楽など五感を刺激する体験型展示を展開しているといえよう。
最後に、3つの構成を統合する形で、未来へのメッセージと交流空間が設けられていた。来場者との対話や学びを促す設計がなされ、ウェルネス国家としての将来像を示しつつ、国家ブランドや医療・ウェルネス分野の国際協力への意欲が明確に発信されていた。
まとめ

大阪・関西万博におけるタイパビリオンは、タイの伝統知・文化・健康文明を総合的に表現したところが特長的であった。パビリオンの設計理念である「SMILE(Sustainability・Mindfulness・Innovation・Longevity・Empathy)」も、これをよく体現している。
「免疫」を中心概念とした構成は、自然・食・医療・ハーブ文化を3つのゾーンで表現するなど工夫に満ちていた。館内では本場タイマッサージ(予約制)や香り体験、タイ料理コーナー、インタラクティブ展示が用意され、来場者は五感でタイを体感することができ、渡航への期待感を高めた。また、オンラインでのビジネスマッチングも実施されており、タイ企業の日本市場参入支援にも積極的に取り組んでいた。
このように、国家としての理念と実践を一体で示す展示に触れ、タイが医療とウェルネスツーリズムの両面で世界から支持を集めるのは、決して偶然ではないと感じたのである。
参考文献
https://www.expertmarketresearch.com/reports/thailand-medical-tourism-market


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