
4万円台定着へ、条件付きの強気根拠とリスクを点検
トランプ関税によって景気が落ち込み、大きな調整を余儀なくされるとの見方も有った2025年前半の株式市場。しかし、そうした懸念を嘲笑うかの様に、夏以降日経平均は4万円を回復した。その後も順調に上値を追い、8月には24年7月以来1年振りに最高値を更新して、4万3000円台を付けた。テクニカル面を見れば過熱感が生じているものの、バブル崩壊後には見掛ける事が出来なかった強い動きとの見方も有る。果たして、この勢いは何時まで続くのか──この強い相場の背景と、今後の株価の見通しについて探ってみた。
最悪期を脱出し日経平均は最高値を更新
資産運用を主とする個人投資家も、ニュースで様子を追うだけの人も、そして市場の仕事に関わる少なからずのプロでさえ、気が付けば日経平均は4万円台を回復し、その後も上昇が止まらず過去最高値を更新していた——そう感じた人は少なくない筈だ。
トランプ関税に揺れた25年の前半、とりわけ各国の税率が公表された4月には、日経平均が3万1000円台まで急落した。仮にあの時点の“額面通り”に、対日相互関税24%が広く徹底され、自動車関連にも重い負担が恒常的に課せられていたなら、日本経済——中でも輸出で稼ぐ自動車・部品を主力とする企業群——は甚大な打撃を受けたであろう。
しかし、最初に掲げられた高い税率が、トランプ大統領の得意とするディールの起点である事が次第に明らかになるにつれ、市場は落ち着きを取り戻した。分かり易く言えば、4月の段階で示した税率から交渉で下げていく筋書きが見えた事で、「当初よりも高い税率へは進まない」「崩落局面で最悪シナリオは概ね織り込んだ」というのが、市場参加者のコンセンサスになっていったのである。実際、その後の運用明確化の流れの中で、日本車に対する対米関税は15%へ低減される方向が明確化し、最悪の想定はひとまず後退した。
それ以上に悪化する事は当面無いと分かれば、後は企業業績と需給がものを言う。相互関税の提示を受け、4月下旬から5月半ばに掛けて公表された26年3月期の業績予想は慎重な見通しが目立ったものの、3カ月後の第1四半期決算ではコンセンサスを明確に上回る上振れが相次いだ。ベンダーによって集計方法は異なるが、1桁台後半〜十数%の上振れを示す分析も有る。春から夏へと至る株価の戻りは、関税の不確実性低下と、思いの外強かった実力値を順当に織り込んだ結果だったと総括して良いだろう。
企業業績、需給の何れも今後の株高を示唆
8月後半、日経平均が未踏の水準に達した後は、流石に高値警戒感が生じた為か一度調整を入れたものの、この下げに関しては25年後半の相場を占う上でも、見方が分かれるところだ。「高過ぎる為に修正」と見る人達は、日経平均、TOPIXが過去のレンジから見ても割高である為、ここからの下げを心配する。
その代表的な指標がPER(株価収益率)である。PERは1株当たり純利益(EPS)に対し、株価が何倍まで買われているかを示す。例えば1株利益が100円、株価が1000円ならPERは10倍、凡そ10年分の利益を先取りして評価しているという意味合いになる。日本株のPERはこの10年、概ね13〜16倍で推移してきた経緯が有る為、8月に16倍台へ乗せた局面では、レンジ上限に近いとの見方が広がった。
しかし、一見「割高」とも映るこの指標は、正当化する事も可能なのだ。そもそも、企業側が公表した今期の利益見通し(PERが計算基準とする利益は、過去のものではなく、見通しをベースにして考える)は、トランプ関税による一時的な悪化であるというもの。関税の影響が軽微に留まり、利益見通しが上方修正されるのであれば、株価が同じでもPERは直ちに低下し、割高感が薄れる。要するに、8月時点での割高感は、関税交渉が決着する以前の控えめな収益前提から算出された為とも考えられる。
もう1つ、先々株価が大きく崩れ難いと印象付ける要因が有る。4万円回復から最高値を形成する迄に於ける、需給面が良好だった点だ。特に注目したいのは、8月前半の東証が毎週公表する信用残高の状況である。
通常、相場が過熱する場面では、短期間の値幅取りで利益を得ようとする投機的な動きが活発化。それは、統計上に「信用買い残高の増加」という形で現れる。ところが、今回の上昇では買い残高が減少、代わりに将来の買い戻しに繋がる売り残高が増加していた。信用買い残高が膨らまなければ、その分売りが少なくなる。では、誰が買ったかというと、海外勢を中心とした機関投資家の比率が高い。彼らの場合、短期の値幅で直ちに手仕舞う事は無い為、買いが一巡しても即座に利益確定売りが出難い。つまり、実需主導による上昇相場は必然的に強くなる。
この様に、株式市場にとっては収益面、需給面共に上がり易い環境にあると言えよう。投機的な動きが少ない為に、派手な上昇とはなり難いものの、ここ迄に起きた事を考えれば、最高値更新に動いた事も納得出来る。加えて、世界的に見て日本株の割安感が強い事も、株価上昇を促す要因になりそうだ。
実際、夏迄は欧州株のパフォーマンスが良かったものの、それ故に相対的に日本株が割安となった為、グローバルな運用資金は日本に向かい始めているとの観測も有る。
日銀の利上げがあっても堅調な相場は続くのか?
さて、ここ迄プラス材料を挙げてきたが、果たして株価が再び下向きとなる材料は無いのだろうか? 気になるとすれば、日本銀行による利上げだろう。古典的な〝株の教科書〟に従えば、金利低下は買い、金利上昇は売り──金融引き締めは経済活動を縮小させ、企業業績の悪化に繋がる為である。
しかし、現時点での金利上昇に対しては、景気が過熱した為に冷やすというよりも、収まらない物価上昇を鑑み、これ以上急騰しない様に予防的に利上げをするとの見方が多い。そして、同じ金利上昇でも過去の経験則からは、過熱後の後追い利上げと違い、予防的で緩やかな利上げの局面では、株価が上昇し易い傾向が有る。今回は、これがぴったり当て嵌るというのだ。
それを裏付ける動きも有る。一般に、借入依存度の高さから金利上昇が逆風になり易い不動産業と、利ざや拡大が追い風になり易い銀行業、この性格の異なる2つのセクターが何れも8月は上昇した。
8月の東証業種別株価指数で、不動産は前月比プラス10・3%、銀行は同プラス7・4%。利上げ観測が有るのにも拘わらず、不動産のパフォーマンスが良好で、同様の状況の中では考え難い株価動向となった。世間では物価高への警戒が尚強いものの、脱デフレが鮮明になってきた日本を「買う」局面に於いては、両セクターともポジティブに金利上昇を受け止めた格好となっている。つまり、利上げは決定的な悪材料にはなり得ない。
一方、日本株に大きな影響を及ぼす米国株については、利下げ開始がリセッション(景気後退)入りと重なる場合、過去の経験則では株価が冴えない展開になり易い。そして同じ利下げでも、需要の減速を未然に抑える“予防的利下げ”でリセッションを回避出来る局面では、割引率低下の効果が素直に働き易く、株価は堅調に推移し易い。つまり、米経済がリセッションに陥るか否かで株価の軌道は変わるのである。
年内の株式相場の見通しはというと、9月には早くも日経平均の最高値を4万4000円台で突破し、未だ先かと思われていた4万5000円台をも叩き出した。テクニカル的には、直近では日経平均は4万円を上限とするレンジ形成が長かった。過去の相場では、長期間の揉み合いから上値をブレークした場合、その後の株価上昇は大きなものになる経験則が有る。底値揉み合いから上放れしアベノミクス相場に繋がった12年、2年間の高値もみ合い突破後に最高値へ突き進んだ24年等が参考例だ。
勿論、重要なのは企業業績見通しだ。10月の26年3月期上半期決算で、これ迄控え目に予想を示してきた企業から上方修正が相次ぐという「条件」が揃えば、株価は想定外の上昇に向かう可能性も有る。
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