
日経平均4万8000円台を後押し、株主還元でより活発化
東京株式市場はホットな状態が続いている。10月4日の自由民主党総裁選の結果を受け、防衛株の上昇を筆頭に「高市トレード」なる言葉が生まれ、日経平均は一時4万8000円を付ける迄上昇した。
しかし、そこに至る迄も堅調な推移を続けていた株価のサポート要因となったのは、企業に於ける積極的な自社株買いの実施だ。これは増配と並ぶ株主還元策としても注目されている。それは何故なのか──ここ迄の動向、市場に於けるメカニズム、今後の見通し等について探ってみた。
2025年の自社株買いは20兆円規模の可能性も
自社株買いが日本で急速に広まったのは、01年の商法改正での自己株式の保有——所謂金庫株が解禁されてから。それ迄は、企業が株式を買い戻して自社で保有する事は禁止されていたが、目的や期限、数量の制限等が無くなった。その為、株価の下支えやストックオプションによる従業員へのインセンティブ、株式分散の防止等が可能となり、その柔軟な運用性から、自社株買いを実施する企業が増えているのだ。
15年以降の過去10年間の統計を見ても明らかで、21年迄は毎年5兆〜7兆円規模で推移していたのが、22年に約9兆5000億円と過去最高を記録。23年は若干マイナスになったものの、昨年は約18兆円と一気に拡大した。
25年に入っても勢いは衰えていない。東海東京インテリジェンス・ラボによれば、9月13日現在の自社株買い決議上限は13兆5000億円。上半期決算と同時に積み上がる分を加味すれば、通年20兆円超が視野に入る。
その最大要因は、好業績と厚いキャッシュである。自社株買いの原資は余剰資金であり、稼ぐ力と資金余力無しに継続は利かない。もう少し詰めて行くと、企業が大量のキャッシュを抱えた状態は、ひと昔前なら安定的と評価されていたが、現在では投資もせず余剰資金が多いのは資本効率が悪いとマイナスに見られる。それを自社株買いに充てて消却してしまえば、1株の価値が向上。企業価値に向上を重視する東証の市場改革の趣旨とも一致する為、それも自社株買い実施を後押しする。
自社株買いは株価上昇のサポート要因に
メリットとして大きいのは、株主還元である。自己株取得で発行済株式数が減る為、同じ利益ならEPS(1株当たり純利益)は向上する。株価が不変ならPER(株価収益率)は低下し、割高感が和らいで水準訂正が入り易い。株価の上昇は、配当と並ぶ重要な還元と言える。加えて、自己資本が圧縮される分、同条件ならROE(自己資本利益率)は上昇し、資本を効率的に使っているとの評価に繋がる。
需給面で対極に在るのは、企業が新株発行等で成長資金を調達するエクイティ・ファイナンスである。長期的には投資の拡大→事業成長→株価押し上げという好材料になり得る一方、短期的には株式の希薄化を通じて目先の需給悪化を招き易い。そこで実施時には、増配方針の明確化や株式分割等の流動性向上策を同時に打ち出し、下落リスクの緩和を図るケースが多い。つまり、企業が自社の株価を上昇させたいと思った場合、手段の1つとして自社株買いが選好され易い。但し、自社株買いを実施する為には資金が必要となり、無理に行った場合は資金繰りが悪化するリスクも有る。
具体的な事例を示すと、毎年大規模な自社株買いを実施しているトヨタ自動車は、継続的な買い戻しで市場評価を高めている。コンスタントな実施で、財務健全性と将来性への自信を市場に示す格好となり、市場関係者もそれを期待している状況だ。
反対に、自社株買いの発表を実施した後に株価が下落した例にカカクコムが有る。市場の期待より規模が小さかった他、同時に発表した業績見通しの悪化が影響した。期待値と業績との乖離が有る場合、自社株買いは逆効果になると言えそうだ。
日銀ETF売却で受け皿の役目を果たすと期待
株式市場に於ける需給に関する最近のニュースで、最も注目されたのは、日銀がこれ迄購入してきたETF(指数連動型投信)の売却を政策として示した事だろう。日銀は13年以降の異次元金融緩和でその購入規模を拡大してきたが、物価上昇が続く中で金融政策の正常化を模索しており、その一環としてETFの売却を決定したのである。
10年以上も購入を継続した結果、保有額は簿価で約37兆円に達し、時価は推定で80兆円超に上るという。これが市場で一気に売り出されたら、株価下落要因になるのは言うまでもない。実際、ETF売却方針が伝わった直後、日経平均は瞬間的ながら800円安に見舞われた。間接的とはなるが、時価総額ベースで市場全体の内7%強を保有していると推定され、出口戦略を間違えると大変な事態になる施策なのだ。しかし、日銀は慎重に対処する方針を示し、直ぐに株式市場は落ち着きを取り戻した。簿価ベースで年間3300億円のペースで売却(時価に換算すると6200億円に相当)するとし、計算上では売却が完了する迄100年以上要する事が分かった為、株価は戻したのである。
日銀が実際に売却に動いても、自社株買いが需給の受け皿となる期待は大きい。既述の通り、25年の自社株買いは20兆円規模が視野で、年6000億円台の売りなら十分吸収可能だ。寧ろ、最近の上昇相場は短期的には急激な反動に見舞われるリスクが乗じる程過熱しているとも言われており、ETFの売却はそうした状態を適度な売りで抑制する「冷やし玉」の効果をもたらす──といった声さえ聞かれる。
株主還元重視により好業績続く限り活発化
さて、この様に株式市場にとってプラス材料が見込まれる自社株買いだが、今後も積極的な状況が続くのだろうか? あくまでも企業の考え方次第となるが、昨今の配当金に対する姿勢を見ても、自社株買いに前向きな企業は今後も増えそうだ。
配当金について少し補足しておく。近年は配当性向の目標を掲げる企業が増えているのみならず、①累進配当(配当水準を維持又は引き上げ、原則として減配しない方針)、②下限配当(年間配当金に最低額を設ける)、③DOE:株主資本配当率(株主資本に対する配当比率を目安にする)といった安定志向の仕組みを採用・強化する例が目立つ。
これらの狙いは、景気や為替で利益がぶれても配当を急に減らさない設計に置くところにある。配当性向のみを目標に据えると、成長投資の実行や一時的な減益の局面で減配が避け難い。一方、累進配当や下限配当は配当の“下支え”を作り、DOEは資本規模に応じて配当を平準化する効果が有る(資本が厚い間は維持し易い半面、資本が縮む場合は見直しの要因にもなり得る)。この様に方針を組み合わせる事で配当の安定性が高まる訳だ。
企業の意識は総じて株主還元の強化に向いており、配当の安定化施策と併せて自社株買いに踏み切る流れが続く。実際、トヨタ自動車、NTT、KDDI、三菱商事、MUFG等は、増配×継続的な自己株取得で1株価値と資本効率の引き上げを図っている。何れも将来の成長投資との両立が大前提である。
一方、金融機関の政策保有株の縮減が相次ぐ中、対象企業は売り圧力の緩和策として自社株買いを選好し易い。大手生損保の売却に対し、発行体側が受け皿となる構図であり、これは日銀のETF売却に対しても需給の安定化に資する。
この様に株式市場に好影響を及ぼす施策だが、自社株買い・増配は何れも好業績の裏付けが有ってこそ。企業が生んだ利益を株主還元と成長投資、賃上げへ適切に配分する好循環が続けば、相場の地合いは崩れ難い。そして、自社株買いが活発化する中、企業は従業員の賃上げの原資も確保する必要が有り、持続的な成長に向けて株主還元と従業員への還元のバランスを取る事も日本経済が上向く為に重要になる。何れにしても、自社株買いのニュースが目立つ間は企業業績が好調、株価上昇が期待出来ると見ていいだろう。


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