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未来の会

財政と医療体制の向上の両立へ
診療報酬に経済スライド制の導入を

財政と医療体制の向上の両立へ診療報酬に経済スライド制の導入を
小黒 一正(おぐろ・かずまさ)1974年東京都生まれ。97年京都大学理学部卒業。大蔵省(現・財務省)入省。2005年財務省財務総合政策研究所主任研究官。10年一橋大学経済研究所准教授。13年法政大学経済学部准教授を経て、15年から同学部教授。

新型コロナウイルス感染症やロシアによるウクライナ侵攻等、国内外の大きな社会変化によって、日本の経済は大きく転換しつつある。長年日本を苦しめてきたデフレから脱却し、今は過度なインフレへの懸念すら出る状況だ。多くの病院は人件費や物価の高騰に直面し、経営が圧迫されている。診療報酬改定で物価上昇分が僅かしか反映されなかった影響も大きい。こうした新たな経済環境の中で、医療体制を含む社会保障制度をどの様に維持していけば良いのだろうか。「医療版マクロ経済スライド」導入を提唱する法政大学経済学部の小黒一正教授に、今後の医療行政の在り方や財源の確保の方策等について話を聞いた。


—官僚から大学教授へと転身されました。

小黒 財務省在職中、財務総合政策研究所への異動を打診され、同研究所で社会保障や財政の分析に携わる内に、博士号の取得を志すに至りました。取得後に一橋大学経済研究所からのお誘いを受け、准教授として研究の道に進む事になりました。その後法政大学へ移籍し、診療報酬や薬価を経済学の視点から分析する様になると、官僚時代には見えなかった構造や課題が浮かび上がりました。例えば、医薬品は開発に巨額な費用が掛かる一方で、後発医薬品との関係や公的価格統制の影響を強く受ける為、薬価の水準を決めるのは複雑で非常に難しい。その分、経済学的にも興味深い分野です。

——最近は「低リスク医療は保険外、高リスク医療のみ公的保障」という議論もされています。

小黒 公的医療保険は本来、小さなリスクは自助で大きなリスクは共助が原則です。今回政府は、高額療養費制度を変えようとして批判を浴びましたが、患者1人当たりの治療費が大きなところから手を付けるという手法は本来望ましくありません。以前、私は医薬品について、横軸に年間で患者1人当たりが必要とする平均治療費、縦軸に市場規模を取って「1人当たりの金額と市場規模が共に大きい」「金額は小さいが規模は大きい」「金額は大きいが規模は小さい」「双方とも小さい」の4象限に分けた散布図を作り分析した事が有るのですが、そこから改革すべき点が見えてきました。現在、薬剤費は年間で約10兆円規模ですが、現在薬価基準に収載されている医薬品約1万6000品目の内、市場規模が200億円を超えるものは僅か97品目に過ぎません。それだけで約4兆円を占めています。一方で、年間の1人当たりの治療費が小さい象限には多くの製品が集まっており、その合計は約2兆6000億円でした。後者を一律に保険から外すのは行き過ぎだと思いますが、総合的に見て自己負担率の引き上げ等の改革は可能ではないかと考えています。

——制度改革に繋げる為には、どの様な情報基盤や分析方法が求められるとお考えですか。

小黒 正確な議論の為には、視覚化が重要ですが、日本はデータの活用が進んでいない。診療報酬でも患者の負担と市場規模で分布図を作れば、改革が可能な部分が直ぐに可視化され、自己負担率の見直し等を検討出来ると思います。手法もそれ程難しいものではありませんから、データを公表して多くの人に多角的に分析して貰う仕組みも必要だと思います。

——医療費の成長率を調整する「医療版マクロ経済スライド」の導入を提唱されています。

小黒 例えば、24年度予算と25年度予算を比較すると、一般会計から投入されている公費(医療費国庫負担)の伸びは約1%に留まり、政府は医療費総額の伸びを概ね1%と見込んでいる事になります。しかし、直近2年間の経済成長率は約3%で、その2%のギャップの殆どがインフレ分です。24年度の診療報酬改定では薬価がマイナス改定となり、本体は0・9%のプラスでした。しかしインフレ率を考えれば、実質マイナス改定であり、それが医療現場に影響している。この為、医療費も成長率分を調整すべきであるというのが「医療版マクロ経済スライド(医療費成長率調整メカニズム)」です。現在の2%のギャップを放置すれば、10年後には実質的に20%の医療費が削減されます。これでは、多くの民間病院等の経営も立ち行かなくなるでしょう。一方で、今後も経済成長が続くのであれば、医療費を3%増やしても、賃金上昇による保険料収入や税収の増加で収支は均衡するという考えです。

——医療現場からも、診療報酬に物価上昇分が反映されていないという不満の声が上がっています。

小黒 これ迄は高齢化に伴う医療費の自然増だけが考慮されてきましたが、私は、中長期的な名目GDP成長率に沿った範囲内という条件で、物価上昇分を反映させる事をルール化すべきだと考えています。そうすれば、診療報酬改定の予見可能性と透明性が高まり、医療現場も将来の見通しを持って人員配置や設備投資を行える様になり、財政と現場の双方で、持続可能な制度運営が可能になるでしょう。


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