
徳洲会グループの湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)では、創設者の故・徳田虎雄氏による「生命だけは平等だ」の理念の下、「弱者を置き去りにしない医療」「患者を断らない医療」を実践している。同院では腎移植を始め、ロボット支援手術、放射線治療、再生医療等の高度医療にも積極的に取り組んでいる。腎臓内科医として米ベストドクターズ社主催の「Best Doctors in Japan」に2020年から5回連続選出され、「癒しの医療」を長年提唱する小林修三院長に、医療に対する想いや最新の取り組み、将来の展望を伺った。
——腎臓の専門家として長年ご活躍されました。先生の医療観についてお聞かせ下さい。
小林 徳洲会では発展途上国の医療支援に取り組んでいます。私自身も08年のモザンビークを始め、これ迄アフリカ7カ国で人工透析の指導を行ってきました。18年にはタンザニアで、アフリカで初となる腎移植を成功させる事が出来ました。現地には医療を受けたくても受けられない沢山の「経済的弱者」がいます。私はいつも飛行機の中で、「1人でも多くの人を助けたい」と考え支援に向かっています。徳洲会では人工透析機器を数百台も寄贈していますが、徳田先生は「一銭たりともその国から持ち出してはならない。利益が上がれば、その国の医療に使いなさい」と仰っていました。この経験が有ったからこそ、「生命だけは平等だ」という理念に心から共感する事が出来たのだと思います。
——「弱者を置き去りにしない医療」を実現する為に、どの様な診療体制を構築されていますか?
小林 弱者と聞いて、多くの人が先ず考えるのは高齢者ですが、私自身は新生児の事を思い浮かべました。周産期医療は生命の誕生を扱う尊いものである一方で、当院は十分な周産期医療を提供出来ているのだろうかと自問したのです。そこで、6床の新生児集中治療室(NICU)を稼働しました。これ迄自然分娩のアクティブバースでは多くの実績を上げてきましたが、最近では無痛分娩のニーズも高く、東京都では全分娩の内、実に3割以上が無痛分娩だと言われています。更には、産後育児で疲弊した母親の為の宿泊施設を設ける動きも出てきています。こうしたニーズに応える為、2026年度には周産期医療センターを新たに「ウィメンズ・パビリオン」としてスタートさせ、更に充実した周産期医療を提供していきます。
——他にも様々な弱者が存在します。
小林 次に考えたのが、医療にアクセス出来ないハンディキャップを持つ人です。訪問診療を除けば、医療は来院される患者さんに提供されます。障害者支援施設の場合、非常勤医師が週に数回訪問する事になっていますが、実際には十分に機能していません。こうして障害者の命と健康が軽視されてきた結果起きたのが、16年の相模原障害者施設殺傷事件です。国民皆保険の日本は、誰もが医療を受けられる非常に恵まれた「贅沢」な国であるにも拘わらず、障害者が治療を拒まれたり診療の機会を奪われたりする事実も在り、アフリカの現実を知る私から見ると、大きな矛盾を感じます。県に協力して対応していきたいと思います。
病院全体で「断らない医療」を実践
——救命救急センター「湘南ER」の医療体制と、質の確保についてお聞かせ下さい。
小林 報道では年間2万台前後という救急車の受け入れ件数のみが強調され、ERの存在が注目される事が多いのですが、実際には各診療科が密接に連携し、病院全体で断らない体制を築いています。ERは先ず患者のABC(気道・呼吸・循環)評価を行い、即座に病態を確認します。CTで大動脈解離の所見が認められれば心臓血管外科に、脳出血だと判れば脳外科にと、専門の診療科に引き継ぎます。新型コロナウイルスのピーク時には、救急車は1日120台が来院する事態となりました。その際も、ERだけではなく、全ての診療科に指令を出し、看護師、臨床工学技士、理学療法士、救命救急士迄が一丸となって対応に当たりました。
——病床管理はどの様に行われているのですか。
小林 救急搬送された患者は絶対に断らず対処し、症状が比較的安定している方から順次他院への転院を調整しています。その為、救急搬送患者の入院率は、全国平均約57%に対し約40%と効率的でありながら、病床利用率は常に99%前後を維持。本当に入院が必要な患者を確実に受け入れる事が可能になります。入院時には予め方針を説明し、責任を持って連携病院を紹介する事で、患者さんに安心して頂ける体制を整えています。明日どうなるか迄考えた救急入院を行います。
——地域連携の取り組みである「鎌倉モデル」とは。
小林 19年から取り組んでいる「鎌倉モデル」の中核は、EHR(電子健康記録)を地域で共有する「さくらネット」を含む病病・病診連携の徹底です。高度急性期の当院は基本的に救急を断りませんが、在院日数9.5日でありながらも病床には限りが有る。そこで、状態が安定した患者さんは回復期や慢性期の施設に速やかにお願いし、他院で緊急対応が必要になった際には夜中でも休日でも当院で受け入れる。私自身が地域の全ての病院と診療所を訪問し、患者を一緒に助けて欲しいとお願いして回りました。
——それを実現する為には医療DXが必須ですね。
小林 病院や診療所に限らず、介護老人保健施設や特別養護老人ホーム等の福祉施設との連携も想定しています。この場合は電子カルテではなく、入所者の生活記録です。生活記録には病気の徴候が窺われる情報が溢れています。我々がそこにアクセス出来れば、病気の背景や経過を観察する事が出来、毎回の紹介状も不要になります。これを実現するには、今の様な施設毎に運用するサーバー型ではなく、クラウド型への移行が必要になります。
大学病院に匹敵する研究の環境を実現
——貴院では様々な高度医療を展開されています。
小林 先端医療は基礎医学と不可分だと考えます。「トランスレーショナルリサーチ」や「from bench to bedside」といった、基礎医学を臨床現場に即座に適用する取り組みは、通常は大学病院でしか出来ません。大学病院の医師が一般病院を望まない理由の多くは、研究が出来なくなる為です。私は医師人生の半分を大学関係で過ごし、その殆どの時間、臨床と同時に研究にも携わってきました。そして、25年間、一般病院でも基礎研究が出来れば良いと思い続けてきました。その様な中、当院と隣接する武田薬品工業・湘南研究所が外部開放され、18年に「湘南アイパーク」として始動しました。同施設には京都大学iPS細胞研究所を始め、大学・製薬企業・ベンチャー等、100以上の機関が入居しています。当院も21年にその一角に「湘南先端医学研究所」を設立。共有の動物舎やラジオアイソトープ(RI)実験施設、高性能の実験機器を活用出来る環境が整いました。
——まるで大学病院の様です。
小林 医師と研究員を兼任し、病院棟と研究棟の様に白衣のまま行き来して、夜間や休日も研究に当たれます。当院の医師の他にも、スウェーデン、カザフスタン、イラン、中国からの4人のポストドクターが研究を行っています。当院は15年に文部科学省より研究機関として範囲指定を受けた、科学研究費の申請が出来る施設です。今年は8つの科研費を獲得しました。特許も3件取得し、4件目を申請中です。ですから優秀な医師が集まります。
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