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年金法案の3党合意で「あんパン」問答

年金法案の3党合意で「あんパン」問答
底上げ策の削除と復活に自民と立憲の思惑がにじむ

年金改革関連法案を巡り、自民、公明両党は立憲民主党が示した国民年金(基礎年金)を底上げする修正案を受け入れた。同法案は自公立3党等の賛成で衆院を通過し、今国会で成立した。底上げ策は元々政府原案に含まれていた政策であり、与党の修正への抵抗感は薄かった。7月の参院選で年金問題が争点化するのを避けたい自公両党と、今国会で得点を稼げずにいた立憲の思惑が合致した。

 5月27日夕。自民党総裁の石破茂首相は国会内で立憲民主党の野田佳彦代表、公明党の斉藤鉄夫代表との党首会談に臨み、年金法案の修正案に正式に合意した。にこやかに3党合意文書に署名した首相は会談後、「非常に意義深い事」と述べ、斉藤氏も「与野党が真摯に議論して結論を得るいい例が出来た」と語った。一方、野田氏は「年金改革の一里塚」とし、「やらねばならないことをやった。それ以上の何者でも無い」と笑顔を封印した。

 公的年金は加入者全員が受け取る基礎年金の上に会社員や公務員が加入する厚生年金が乗る「2階建て」となっている。少子高齢化が進み一層年金財政が厳しくなる中、2004年の年金改革では、今後の両年金の伸びを物価や賃金の上昇より長期に抑えていく減額措置が盛り込まれた。

 但し、その減額措置に関しては、その後の経済前提の見直しで歪みが生じ、比較的財政が健全な厚生年金部分と、財政が苦しい基礎年金部分で終了時期を変える必要が生じた。厚生年金は26年度で減額を終了出来るのに対し、基礎年金部分は57年度まで続けないと財政が安定しない事が分かったのだ。

 現役世代の平均的年収に占める年金額の割合を指す「所得代替率」は、24年度時点で厚生年金部分が25・0%、基礎年金部分は36・2%だ。それが減額措置をすると、厚生年金部分は26年度に24・9%と微減で止まるのに対し、基礎年金部分は57年度に25・5%まで下がり3割カットとなる(過去30年と同様、実質ゼロ成長が続く経済前提の場合)。

 基礎年金の大幅な目減りは、とりわけ就職難から厚生年金に加入出来なかったり、加入期間が短かったりする40〜50歳代の就職氷河期世代への影響が指摘されていた。そのカバー策として、元々政府案に盛り込まれていたのが厚生年金の資金を充てて基礎年金を底上げする案だ。減額措置の終了時期について、厚生年金は26年度の予定を先に延ばす一方、基礎年金は前倒しする。厚生年金部分の削減期間を延ばす事で生じる財源を基礎年金に回し、更に厚生年金の適用拡大も併せ、37年度の基礎年金の所得代替率を33・3%まで回復させる案を用意していた。

基礎年金の底上げは厚生年金の流用との批判

 この底上げ策については、早い段階から「厚生年金の流用だ」といった批判が出ていた。只、厚生年金受給者は皆、基礎年金も受け取る。厚生労働省は基礎年金が底上げされる事によって厚生年金受給者の大半は給付総額が増えると喧伝していた。同省の最新の試算によると、就職氷河期世代に相当する現在50歳の人であれば、厚生年金(平均的な水準の人の場合)は男性で生涯に149万円増え、女性は193万円増える。基礎年金のみの人なら男性で253万円、女性で320万円アップする。

 だが、厚労省が積極的に説明して来なかった事が2点有った。1つは基礎年金の増額より厚生年金の減額の影響が大きい世代は給付総額が減る事。もう1つは将来の負担増だ。基礎年金の財源は2分の1が国庫負担で、給付が増える分、税投入額も増す。将来的には約2・6兆円の新規財源が必要と見込まれ、「消費増税で賄うしか手が無い」(厚労省幹部)との見方が大勢を占めている。

 この2点について懸念したのが、7月に改選が迫る参院議員を中心とする自民党の一部勢力だった。年金総額が減る世代からの批判を恐れた他、基礎年金に必要となる追加の税財源確保策について、「野党が選挙で『増税』と攻撃してくるのは確実」(自民党参院中堅議員)と過敏に反応し、政府や党執行部に基礎年金の底上げ策の取り下げを迫った。

 07年の参院選では、当時の野党、民主党から「消えた年金問題」を追及されて惨敗し、政権から陥落する切っ掛けとなる等、自民党政権にとって年金は「鬼門」で有り続けた。今回も其の懸念から官邸も一時は法案の国会提出自体に慎重となっていた。最終的には基礎年金の底上げ部分を削除した上で法案は提出したが、時期は5月16日と大幅にずれ込んだ。

底上げ策の復活で「あんパン」に「あん」戻る

底上げ策の削除は、3党合意に向けた立憲への誘い水となった。立憲は底上げ部分を法案の「あんこ」と位置付け、底上げ策の無くなった政府案を「あんこのないあんパン」(野田代表)と批判。「消えた年金」ならぬ「消した年金」との言葉を引っ提げ、「就職氷河期世代を見捨てるのか」と攻め立てた。

 立憲が底上げ策の復活を迫った事は、政府・与党には渡りに船だった。参院自民の慎重論で撤回したとは言え、元々は実施するつもりだった案だけに、立憲との修正協議は阿吽の呼吸で進んだ。底上げ部分に抵抗していた参院自民の改選議員も「底上げを復活させたのが立憲というストーリーなら、有権者の批判も分散される」と納得している。自民が立憲と手を組んだのは、少数与党の下で重要法案の成立を確実にする事は勿論、会期末の内閣不信任決議案の可決を避け、参院選後の連携相手の選択肢を増やす思惑も有った。厚労省幹部は「長く霞ケ関にいるけれど、政府のやろうとしていた事を野党主導の修正で復活する等聞いた事が無い」と驚きを隠さない。

 一方の立憲も弱みが有った。今国会では国民民主党が「年収の壁」の見直しで政府・与党から「手取り増」を、日本維新の会は高校授業料の無償化拡大を引き出していた。これに対し立憲は見せ場が無いまま国会終盤を迎えていた。「参院選でのアピール材料が無い」と焦る同党にとって「あんこ」の回復は手柄になる。立憲側は政府が年金法案の提出に逡巡していた頃から首相等に密かに法案提出を促していた。3党で実質合意した5月26日、立憲の長妻昭代表代行は「あんパンのあんがこれで戻る」と胸を張った。

 それでも3党合意には課題が残る。合意案は法案の付則に基礎年金の底上げを実施する旨を表記しているが、実質は元々「あんこ」の有った政府原案を復活させただけだ。本当に底上げを実施するか否かは29年の年金財政検証結果を踏まえた判断となる。

 政府原案から「あんこ」部分を削除する前の段階で、自民党の参院側は「経済が好調の場合は基礎年金の底上げをしない」との縛りを掛ける様求めていた。その流れから、基礎年金の底上げは29年の財政検証で「年金が低下する事が見込まれる」事態に陥った場合に限られる事が法案に明記された為だ。厚労省によると、実質経済成長率が1・1%で推移するなら、基礎年金の給付水準が大きく損なわれる事は無いという。経済が大きく改善する場合はともかく、そこそこであれば就職氷河期世代の救済にはならない可能性が残る。又、厚生年金の減額の影響が大きい世代(25年度時点で男性63歳以上、女性67歳以上)は生涯の給付総額が減る事に変わりは無く、修正法案で規定された緩和措置が無ければ70歳男性の減額幅は23万円となる。

 法案の内、基礎年金の底上げに関しては、厚生年金資金を活用する案に加え、基礎年金の保険料納付期間を今の40年から45年に延ばす案が、今後の検討項目として盛り込まれている。両方の底上げ策を実施した場合、基礎年金はより充実する半面、所要の国庫負担は一層増す。数兆円単位の新規財源が必要になるにも拘らず、自民、公明、立憲の3党共その点にはだんまりを決め込んでいる。自民党の河野太郎元外相は、SNS上に「厚生年金の積立金を流用して基礎年金に回せば、同額の税金を投入する事になる。毎年、2兆円から3兆円の税金が必要とされる。これを『あんこ』と言うならば『毒入りのあんこ』だ」と投稿した。だが、26日に実質合意した3党の実務者協議でも「参院選前に負担増の話は無理」(自民党幹部)と、財源に関する議論はしていないと言う。立憲も「赤字国債で賄う事は有り得ない」(長妻氏)と言いつつ、増税には触れていない。

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