
現行法は公的博物館の入館料徴収には消極的
博物館法第26条には「公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。ただし、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」と定められている。公立博物館の入館料の徴収は消極的肯定である様だ。そんな煮え切らない条文ではなく「公立博物館は、維持運営に必要な入館料等を徴収出来る」とすれば良いと思うのだが、それがなかなか一筋縄には行かない事の様である。
博物館法第3条には、博物館は「社会教育における学習の機会を利用して行った学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること」「博物館の事業に従事する人材の養成及び研修を行うこと」「学校、図書館、研究所、公民館等の教育、学術又は文化に関する諸施設と協力し、その活動を援助すること」等の事業を行い、地域振興や観光資源等の役割等の機能を擁するとされる。その事から博物館法の改正に反対する議員や関係者が存在するという。要するに、博物館は営利施設ではないから市井の経済活動とは一線を画するべきだと考える人達が少なからずいるという事だ。彼らの主張はあくまでも「博物館は入館料を徴収してはいけない」という条文を堅持する事。現状に於いて入館料を徴収しているのは「やむを得ない事情がある」事から、徴収したくないがやむなく徴収している、という状況だという認識を崩さない。
東京国立博物館は2020年に一般の入館料を620円から1000円に値上げした。この事に対し多くの意見が寄せられ東京国立博物館は説明文書を公開している。当該文書には「博物館の維持・運営をする上での具体的なやむを得ない理由」等書かれていない。フランスのルーブル美術館は22ユーロ(約3500円、25年4月現在:以下同)、スペインのプラド美術館も15ユーロ(約2400円)、オーストリア・ウィーンの美術史美術館は21ユーロ(約3400円)、オランダのアムステルダム国立美術館は25ユーロ(約4000円)、アメリカのメトロポリタン美術館は30ドル(約4400円)であり、海外の同型施設は東京国立博物館の何倍もの入館料を徴収している事を殊更にアピールしている。又、海外では稀である高齢者の入館料を無料としている事から教育機会の均等に対する配慮をしていると主張する。博物館法第26条を鑑みると理由になっていない理由を主張している事になるが、それだけ博物館にとって自主財源が重要になっている事が窺われる。
一昨年の8〜11月には国立科学博物館がクラウドファンディングを実施し、設定した目標額1億円に対し9・2億円を集めた事が話題となった。3・2億円を返礼品に充て、残りの6億円を博物館のコレクションの収集や他館との協働、巡回展、災害時の美術品のレスキュー費用に充てるという。国立科学博物館のクラウドファンディングが合法か否かは不明である。博物館法にクラウドファンディングの類に係る条項は無い。多くの博物館がクラウドファンディングを実施し、それによる収入が恒常的になると法整備が進められる可能性も有る。クラウドファンディングによる資金調達を恒常化させるには、現行法第26条が大きく壁として立ち塞がる可能性も有る。国立科学博物館のクラウドファンディングの成功が、後に続く他の博物館の後押しとなる事も期待出来る一方、一時的な現象に終わる恐れも有る。
大英博物館の無料開放によりロンドン経済が活性化
入館料を徴収せずに成功を収めている有名博物館も有る。ロンドンの大英博物館である。英語の教科書に登場する有名なロゼッタストーンやモアイ像やパルテノン神殿の彫刻等が無料で見学出来る。ナショナル・ギャラリー、テート・ブリテン、キングス・ギャラリー等も無料で鑑賞出来る。大英博物館は800万点もの圧倒的なコレクションを誇る。ルーブル、故宮(台湾)、メトロポリタン、エルミタージュの4大美術館の合計を超える収蔵数である。イギリスでは国の政策として博物館、美術館の解放が国民の福利厚生に繋がるという考えを掲げている。そもそも大英博物館は多額の寄付金等で政府からの補助金が無くても運営が成り立っていたという事情が有る。大英博物館の無料開放が英国へのインバウンドの誘客にも寄与しておりロンドンの町全体にも経済効果をもたらしている。
日本の博物館法は22年に改正されている。法律の目的や博物館の事業、博物館の登録の要件等を見直す改正であり、博物館の財政的基盤には触れられていない。現在、博物館と称するものは約5700館在り、その内、博物館法上の登録博物館は約900館、博物館相当施設が約390館、博物館類似施設が約4500館となっている。凡そ8割が博物館法の対象外である。博物館には文化芸術そのものの振興に止まらず、文化芸術の発信、観光等の拠点として文化・観光・経済の好循環を形成して行く事が求められる様になっており、博物館法の範囲内に収まらなくなりつつある事が影響している。改正博物館法では観光、街作り、福祉、デジタル化等、社会や地域が抱える問題への対応など高度化する役割や機能を担う事が期待出来る様になった。とは言え、博物館の収益構造や経済基盤については手付かずのままである。
多くの博物館が支出に対する収入が10%未満であるという。その分、公的な補助金や助成に頼りがちとなっている。その助成金は年々減少傾向にあるという情報も有るがそれは違う。博物館への公的助成は日本芸術文化振興会に一元化されている。振興会に政府から541億円が出資され、民間からの寄付は159億円であり、合計700億円を原資とした運用益によって助成が行われている。助成の規模は直近5年間に於いて大きな増減は無く応募者の増減で変動しているに過ぎない。その他の公的支援としては固定資産税や所得税、法人税の減免が有る。
博物館の高度化で経済的自立を促す
多くの博物館、特に公立の博物館は公的な助成金を受け取っている。助成金は日本芸術文化振興会を通じて交付されるが、原資の約8割は政府から支給された資金であり、それは国民から徴収した税金である。多額の税金を交付されている博物館が国民から入館料を徴収する事は、国民から税金と入館料の2回の負担を強いている事になるのではないだろうか。本来、「無料」である筈の入館料が「やむを得ない事情」によって徴収され、併せて博物館に税金も投入されているとなるといささか負担が過ぎるのではないか。英国の様に完全無料化する事は厳しいが、博物館によるクラウドファンディングの積極的かつ恒常的利用を推進する事や、公立博物館についてはふるさと納税を利用した自治体による支援やガバメントクラウドファンディングの活用を推進出来る様に法改正する事で国民の税負担や入館料負担を軽減出来る。
博物館の多様化、高度化、複合化等を進め「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集、保管、展示する」という枠を超えた機能を付加する事で価値を高めて収益構造の再構築を迫られている。ブランディングやグッズの充実、カフェ展開、タレントやキャラクター、映画、ドラマとのコラボレーション、他館との協働イベント、企画コンテスト、出張企画展示、サブスクリプション等出来る事は何でも取り組み収益力を高める必要が有る。公益という印籠を翳しさえすれば公的支援が付く時代は終わりを迎えるだろう。
博物館法第26条は「博物館は維持運営に必要な入館料等を徴収出来ると共に広く資金を募る事、運営や展示に係る収益事業を行う事が出来る」という内容に改正すべきではないか。博物館も美術館もエンターテインメントの一種になり得る素養を持っている。
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