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未確認情報 近藤誠氏死去……残した「遺産」と「負債」

未確認情報 近藤誠氏死去……残した「遺産」と「負債」
近藤誠氏死去……残した「遺産」と「負債」

 『患者よ、がんと闘うな』(文藝春秋)等の著作で、独自のがん理論や反ワクチンを訴えて来た医師の近藤誠氏が8月13日、虚血性心不全の為73歳で死去した。名門・慶応大学医学部の放射線科医として、一時は「教授間違いなし」と迄言われた秀才だが、途中から医学界に背を向け独自の理論に引き篭ってしまった。その理論に対する評価は芳しくないが、医学界に遺したものは大きいと悼む声も上がっている。

『患者よ、がんと闘うな』近藤誠

 近藤氏の功罪について、「功」として挙げられるのは、乳がんの乳房温存療法を広めた事である。米国で最新の医療を学んだ近藤氏は1988年、月刊文藝春秋に「治癒率は同じなのに、勝手に乳房を切り取るのは外科医の犯罪行為ではないか」とする記事を寄稿した。

 本来なら学会で論争する所だが、外科至上主義の当時の医学界で、近藤氏の主張は受け入れられる筈も無く、「外部」で広める手段を取ったのだろう。結果として、これが乳がんの温存療法を広める事になったのだから、効果は覿面だった。

 近藤氏を一躍時の人にしたのは、東京女子医大病院で胃がんの手術を受けた元フジテレビアナウンサーの逸見政孝氏が亡くなった事を、「治療のせいだ」と批判した一件である。その後に出版された著書『患者よ、がんと闘うな』はベストセラーとなった。

 「がんには本物のがんとがんもどきがある」等の独自の主張で度々論争を巻き起こしたが、近藤氏の闘いの場は専ら雑誌や著作で、医学界のスタンダードではなかった。抗がん剤やがん切除を否定するその主張にすがる患者の命を「放置療法」で奪った事は、功罪の「罪」に当たるだろう。

 「2014年に慶応大を定年で退職。前年に設立した近藤誠セカンドオピニオン外来で30分3万2000円の相談料を取って患者を診ていた。標準治療に背を向ける主張には一定の支持が集まっていた」と語るのは医療ジャーナリストだ。「慶応から離れ障害が無くなった為か、14年当時、ワクチン被害が社会問題になっていた子宮頸がんについて、若い人の子宮頚がんは大した事が無い、検診やワクチンは不要と主張。『金儲けのためなら、平気で患者の子宮を奪いとる!』との強烈なタイトルの記事を出し、産科医から批判された事もあった」と言う。

 コロナ禍の〝波〟に乗って反ワクチンの主張を繰り広げ、今年8月には、自宅で楽に最期を迎える為のガイド集『どうせ死ぬなら自宅がいい』(エクスナレッジ)を出版した。その直後、クリニックに向かう途中のタクシーで体調を崩し、病院で死去したと伝わる。従来の医学界に無かった患者に寄り添う姿勢やセカンドオピニオンの概念を社会に広めた事は近藤氏の「遺産」と呼べるが、医学的に誤った著作も「負債」として遺された。

塩野義ゾコーバ肩入れで感染症学会が火だるまに

 塩野義製薬が開発した新型コロナの飲み薬「ゾコーバ」について、日本感染症学会と日本化学療法学会が9月2日、早期に承認するよう求める提言書を厚生労働省に提出した。ゾコーバを巡っては、厚労省の薬事・食品衛生審議会の部会で、ウイルス量を減らすものの臨床的には意義のある効果が示せず、早期承認はなされていない。

 効果を示せていない薬を承認するよう迫った日本感染症学会には当然、批判が集まった。四柳宏・理事長がゾコーバの治験に関わっている事から、SNSでは利益相反の恐れを指摘する声が噴出。理事長は会見で「あくまでも学会の立場で提言を纏めた」と述べたが、今度は日本感染症学会の会員から「同意した覚えは無い」と批判される始末。国産治療薬として期待を集めるゾコーバへの援護射撃は、ただ足を引っ張るだけの結果となった。

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