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未来の会

今やなかったことにされた「トリクルダウンの政策」

今やなかったことにされた「トリクルダウンの政策」
進行しているのは労働分配率の歴史的水準までの低下

首相の安倍晋三が9月20日、元幹事長の石破茂を破って自民党総裁選に勝利し、三選を確定した。最初から安倍勝利は動かぬものと見られ、地方票の約45%が石破に流れた以外、何のサプライズもなかったが、同月14日に日本記者クラブで実施された2人の討論会を聞いて、啞然とした国民は少なくなかったのではないか。

 きっかけは、石破が次のように安倍政権の経済政策に疑義を唱えたことから始まった。

 「東京や大企業の成長の果実が、やがて地方や中小企業に波及するという考え方を私はとっておりません。それは経済のメカニズムが違うものですので、そういうトリクルダウンみたいな話は、地方創生をスタートした時には否定されていたはずですが、骨太の方針を見ると、そういう記述があるので、私はやや違和感を覚えています」

 これに対し、安倍は「今の安倍政権がとっているのは『トリクルダウンの政策』だと石破議員から発言がありましたが、私はそのようなことは一度も申し上げたことはございません」と応酬したが、また例によって例の如く、本人の虚言癖が露呈したにすぎない。

 何しろ、2014年12月8日に放映されたTBSのニュース番組で、「シャンパンタワーは最近、結婚式の演出に使われることもあるようですが、上のグラスからシャンパンが下へと伝わっていく動き、これがまさにアベノミクスの考え方なんです。『富裕層が豊かになれば富が滴り落ち、全体が豊かになる』というもので、『トリクルダウンの理論』」だと、堂々と語っているのだから。

 また、安倍は同年12月18日、衆院解散を表明した際の記者会見で、「企業の収益が増え、雇用が増大し、賃金が増大し、消費が拡大していく。経済の好環境が生まれようとしている」と述べている。まさにこれこそ、石破が言う「大企業の成長の果実が、やがて地方や中小企業に波及する」という意味での「トリクルダウン」を指しているのではないのか。

 千葉の建設業者から現金計600万円を受け取り、あっせん利得処罰法違反をやらかしながら逃げ切った甘利明も経済再生担当相だった当時の14年11月、記者会見で企業収益が上がっている一方で実質賃金が上がっていない点を問われ、「アベノミクスの基調が頓挫したということではないが、トリクルダウンがまだ弱い」と認めている。「安倍政権がとっているのは『トリクルダウンの政策』」であったからこそ、こういう発言となったのは疑いない。

内部留保は6年連続で過去最高更新

 要するに、安倍にとって当初から「トリクルダウンの政策」は自明だったが、いつまで経っても企業収益の上昇に実質賃金が追い付かない現状が続いて批判が出たので、「一度も申し上げたことはございません」などと途中から噓をつかざるを得なくなったのだろう。それでも、こうした現状自体については説明責任が免れないはずだが、こちらは黙して語らずだ。だが、事態は確実に悪化している。

 財務省が9月3日に発表した17年度の法人企業統計によると、金融・保険業を除く全産業の内部留保(利益余剰金)は前年度比9・9%アップの446兆4844億円となり、6年連続で過去最高を更新した。ところが、企業の稼ぎのうち、人件費に回した割合を示す労働分配率は66・2%と、実に43年ぶりの低水準となった。

 この傾向は第2次安倍政権で一貫しており、13年の4〜6月期で企業の経営利益は15兆6000億円あったが、今年同期では26兆4000億円と69%も上昇。半面、人件費は41兆2000億円から44兆7000億円と、わずか8・5%の上昇にすぎない。

勤労者は「富」の恩恵を受けていない

 このように「富が滴り落ち」るどころか、勤労者は「富」の恩恵を受けてはいないというのが実態だ。一時もてはやされたアベノミクスが「トリクルダウンの政策」と同義である以上、安倍は日本経済の現状によって破綻宣告を突き付けられているに等しい。

 その結果、犠牲となっているのは勤労者で、以下のように厳しい数字が次々と突き付けられている。

 ①実質賃金は安倍が政権復帰した12年12月段階で年間391万円だったが、17年12月には377万円と14万円も減少している。

 ②特に深刻なのが働き盛りの世代で、国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、12年と16年を比較した場合、40歳から44歳の実質給与年収は17万7000円も減収。また35歳から39歳までが10万7000円、45歳から49歳が7万2000円の減収となっている。

 ③一世帯当たりの実質消費支出は、同時期比較で年間360万円から340万円と、20万円の減少となった。

 また、家計の実収入から社会保険料と直接税を引いた可処分所得は、12年12月から5年間で、実質3%の減少を記録している。

 一方で、内部留保のみならず、17年度の法人企業統計によると、大企業(金融・保険業を含む、資本金10億円以上)の1人当たりの役員報酬は、12年度から17年度にかけて、1・13倍の1930万9000円となっている(前年度比60万円増)。だが、従業員は575万1000円(同5万4000円減)となっており、12年度比で1・03倍ほど。物価上昇率を合わせれば実質マイナスだ。進行しているのは「トリクルダウン」ではなく、労働分配率の低下、すなわち貧困と格差の増大に他ならない。

 ただ、バブル経済の崩壊と一時の「平成大不況」を経て、もはや右肩上がりの経済成長は望めない。リストラの時代も経験したこともあり、企業の収益増がアップしても、構造的に給与増に繋がりにくくなっているのも確かだろう。それでも「利益は過去最高を更新できるほどに拡大し、労働分配率が歴史的水準までに低下した」のは、「付加価値の配分が企業に偏っていることを意味する」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング『調査レポート』18年1月10日)という指摘はうなずける。

 このまま「企業収益の改善が続けば、労働分配率はさらに低下する可能性がある」(同)のは間違いなく、常に可処分所得の下押し圧力が続いて、消費不況とデフレから脱却できない。そこから脱却するには、最終的に利益の伸びに応じた賃金の伸びを実現するしか、途はないはずだ。

 これまで安倍は何度か財界に、内部留保や利益の増加分を賃上げに回すよう要求してきたが、その結果が労働分配率の歴史的水準までの低下だ。「強欲資本主義」の財界にとって、中間層が厚かったかつての時代のように所得の再配分機能が必要だという意識は、さらさらないのだろう。頭が上がらない自分の最大のスポンサーは「トリクルダウン」など考えてもいないから、最初から安倍の失策は決まっていたということか。(敬称略)

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