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少子化時代、増える「多胎家庭」に支援は不可欠

少子化時代、増える「多胎家庭」に支援は不可欠
母親の育児疲れによる傷害致死事件も

 「毎日が戦争。気が狂うし死にたくなる」「何度、子どもを殺してしまうかも、と思ったことか」——。双子や三つ子などを育てるいわゆる「多胎育児」の深刻な実態が明らかになってきた。愛知県豊田市で2018年1月、三つ子を育てていた母親が泣きやまない次男を床に叩き付けて死亡させた事件をきっかけに、多胎育児を行う親への支援の必要性が叫ばれているのだ。少子化時代、不妊治療の増加などで双子や三つ子は増えているという。子どもを安心して育てられるよう、行政はもちろん、社会のサポートも不可欠だ。

 「多胎家庭の実態について世に知られるようになったのは、豊田市の事件がきっかけだった。多胎育児の経験者や支援団体が裁判を傍聴するなど被告の母親をサポートする機運が高まってきた。同時に、社会にもっと訴えようという声も出てきた」(全国紙記者)。

 豊田市の事件はまさに、多胎育児が生んだ悲劇だった。事件が起きたのは18年1月11日午後7時ごろ。生後11カ月の三つ子の次男が泣きやまないことに腹を立てた当時29歳の母親が、次男を床に2回叩き付けたのである。次男は頭を強く打ち、病院に運ばれたが死亡。母親は殺人未遂容疑で逮捕され、傷害致死罪で起訴された。

 裁判記録等によると、母親は17年、不妊治療の末に三つ子を授かった。しかし、毎日24回以上ミルクをあげ、おむつ替えの回数も通常の3倍と、三つ子の育児は想像以上に過酷だった。1日1時間も眠れない日が続き、疲労はピークに達した。

 しかし、母親の両親は飲食業を営んでおり、親の介護もしていたことから、協力を得るのは難しかった。夫は育児休暇を取るなど協力的な姿勢を示していたが、おむつ替えに失敗したり子どもを上手くあやせなかったりしたため、次第に頼れなくなったという。

 名古屋地方裁判所岡崎支部で行われた裁判員裁判では、裁判長は「無抵抗、無防備の被害者を畳の上に2回叩き付ける態様は、危険性が高く悪質」と指摘。母親に懲役3年6カ月(求刑懲役6年)の実刑を言い渡した。母親は控訴したが、19年9月に開かれた控訴審判決でも1審判決は維持された。

調査で過酷な育児実態が明らかに

 1審で実刑判決が下ると、多胎育児をする母親らが中心となり減刑を求める署名活動が始まった。母親らは「三つ子育児の大変さが理解されていない」「罪を償いながら残された2人の養育をするには執行猶予が妥当」等と訴えた。

 一方、親に虐待を受けて育った子ども達からは、「三つ子なら減刑で、一人っ子なら厳しい刑で良いのか」と実刑判決を維持すべきだとの署名活動も起きた。

 判決に賛否が集まる中、「多胎育児のサポートを考える会」は多胎家庭の実態を明らかにする調査を実施。全国の多胎家庭の保護者1591人から寄せられたアンケートでは、93・2%が「気持ちがふさぎこんだり、落ち込んだり、子どもに対してネガティブな感情を持ったことがある」と回答した。「毎日泣いた」「ぐっすり眠れる日は1日もなかった」「子どもを投げてしまったこともある」等の赤裸々な声も寄せられた。

 育児中に辛いと感じた事柄(複数回答)では、「外出や異動が困難である」が89・1%で最多。「自身の睡眠不足、体調不良」「自分の時間がとれない」がそれぞれ77・3%だった。ある多胎家庭の1日のスケジュールを見ると、おむつ替えが1日28回、授乳が18回。多胎児は早めに帝王切開等をして低体重で生まれてくることも多く、授乳の手間がかかることも多い。

 一方で、不妊治療の増加に伴い、双子や三つ子は増えている。妊娠の確率を上げるため、排卵誘発剤を使ったり、体外受精させた複数の胚を母胎に戻したりするためだ。

 厚生労働省の人口動態調査によると、出生児に占める多胎児の割合は1975年には1・1%だったが、2017年は2・01%と約40年で1・8倍になった。100人に1人の妊婦が多胎児の母親になっている計算だ。

 40年の間に第1子を出産する女性の年齢も上がっており、高齢の母親が多胎児の育児に奮闘する例が多くなっていることが推察される。ただでさえ体力勝負の場面が多い子育てで、体力がより必要とされる多胎家庭へのサポートは不可欠だ。

 多胎児の親でつくる民間団体の関係者は「自治体や医療機関の『パパママ教室』は1人の子どもが生まれてくるという想定で行われており、多胎児の親になるために必要な情報が得られることは少ない」と語る。

 例えば、子どもを連れて外出する時も、双子なら2人分のベビーカーを、三つ子なら3人分のベビーカーを動かすことが必要になる。公共交通機関にはエレベーターが未設置の場所もまだあり、移動には困難が伴う。ベビーカーを畳む必要がある場面も多い。かといってタクシーでの移動はお金がかかる。

 仕事に復帰するため保育園を探しても、2人同時に入れる枠を確保するのは難しい。それなのに公立保育園に入園する基準に、多胎児であることは含まれていない。家事代行サービス等の利用も役に立つが、金銭的に厳しいとの声も上がった。「とにかく手が足りない」という多胎家庭の親に対する支援の充実は待ったなしなのだ。

 「厚労省は来年度予算に多胎家庭を支援するための事業費を計上した。多胎児を育てた経験者と話す機会をつくったり、乳幼児検診の時に育児サポーターが付き添ったりする支援が想定されている」と厚労省担当記者。親が育児から離れて少しでも休息できれば、豊田市の事件のように母親が追い込まれる事態は避けられる可能性がある。

「社会の不寛容」に不安を抱える母親達

 行政によるサポートだけではない。調査では、公共交通機関の利用しにくさとともに「2人が同時に泣くかもしれないと思うと、外出が怖くなり引きこもってしまった」等「社会の不寛容」に対する不安の声も聞かれた。子どもをベビーカーに乗せたまま公共交通機関を使うことに否定的な意見や、泣き出した子どもの親に暴言を吐く乗客の姿を目にすることは少なくない。

 「うちは双子でなく年子だったが、2人の子どもを抱き上げて駅の階段を上り下りするのは至難の業だった。毎回駅員を呼ぶのも心苦しい。その場にいる人達がベビーカーを持って一緒に上り下りしてくれれば楽になるのにと思っていた。社会の理解と手助けがもう少し欲しかった」と2人の子どもを育てる東京都内の会社員の女性(42歳)は振り返る。

 団塊ジュニア世代が40代後半となり、一気に少子化が進む日本。「核家族化により、家庭内で育児をする手が減っている今、多胎家庭への支援を充実させることが日本の未来を支えることになる」(多胎家庭の支援団体関係者)との指摘はもっともである。

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