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宣言解除で露わになったコロナ専門家新たな「対立」

宣言解除で露わになったコロナ専門家新たな「対立」
「世代」や「臨床経験」の差が意見の相違に影響

新型コロナウイルスの感染を押さえ込む「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」等、政府方針に関与する感染症や医療の専門家間で意見の相違が目立ち始めている。

 政府と専門家の「対立」はこれまでも多く報じられてきたが、専門家間でも「ベテラン勢」と「中堅・若手」でそのような傾向がみられ始めた。特に首都圏等の緊急事態宣言解除を巡って露わになったが、「世↘代」や「臨床経験」の差等が影響しているようだ。

 政府が専門家の意見を聞く場として、定期的に感染状況を分析する厚生労働省の「アドバイザリーボード」、感染防止策を提言する内閣官房所管の「新型コロナウイルス感染症対策分科会」、宣言の発令や解除等を事実上決定する「基本的対処方針分科会」の3つが主なものとして挙げられる。

 主要なメンバーは重なっているが、特に「アドバイザリーボード」は感染症や医療の専門家が参加しており、首相官邸や厚労省はここに属する専門家の意見を重視する傾向にある。

 これまでは、政府、特に首相官邸と専門家の間で、昨年4月に発令した緊急事態宣言の解除時期を巡って対立を繰り返したり、昨年末には東京都内の飲食店の時短要請を巡り、専門家が東京都に時短要請の繰り上げを求めたりする等、政府や自治体と専門家の意見対立はしばしば見受けられた。

中堅・若手は慎重、ベテランは解除へ

 専門家の間でも昨年春から夏にかけ、専門家をまとめる立場で基本的対処方針分科会の尾身茂会長と、西浦博・京都大大学院教授の間で実効再生産数の公表を巡って「激論」が交わされた事もある。ただ、これ↖までは個人間の対立で済まされたが、今回は専門家の「世代」や「臨床経験」による意見相違が目立ち始めている。

 それが露わになったのは、首都圏の緊急事態宣言を巡る専門家間の議論だ。政府は年明けの1月8日から首都圏の1都3県を対象に緊急事態宣言を発令し、2度の延長を経て3月21日に解除した。

 解除に際し、専門家も非公式会合も含め断続的に議論を続けていたが、3月11日に厚労省で開かれた非公式会合では、臨床現場に携わる医療の専門家が「東京や埼玉は新規感染者が前週に比べて増えているので、延長した方がいい」と主張した。

 しかし、ベテランの感染症の専門家が「これ以上は国民の理解が得られない。宣言疲れもあり、延長しても十分な効果が得られるか分からないのではないか」と反論したという。この一言も影響してか、これ以上、延長論は広がらなかったが、このベテランの専門家は、菅義偉首相のブレーン、岡部信彦・川崎市健康安全研究所長とみられている。

 解除前の水面下のやり取りでも、「アドバイザリーボード」に参加する医療の専門家の1人は「リバウンドは既に始まっている。特に首都圏等で若者を中心にリバウンドを起こし始めているので、高齢者に広がるのは時間の問題だ」と解除に慎重な意見を唱えていた。

 感染症が専門の中堅も「今の感染者数は多過ぎる。もっと下げないといけない。解除すれば、東京の1日当たりの新規感染者数はすぐに500人を超えるだろう」と指摘し、解除に反対姿勢を示していた。

政府判断を忖度しがちなベテラン勢

 一方、尾身会長らベテラン勢は「国民の宣言疲れもあり、これ以上続けても十分な効果が得られない」が持論で、解除に慎重な意見は退けられた。ベテラン勢は尾身氏の他、岡部氏、アドバイザリーボード座長の脇田隆字・国立感染症研究所長らが挙げられるだろう。一時メディアの露出が多かった釜萢敏・日本医師会(日医)常任理事は辛口のコメントも見受けられるが、日医の中川俊男会長の意向を強く受けているため、やや趣は異なる。

 対する中堅・若手勢は、西浦氏を筆頭に、鈴木基・国立感染症研究所感染症疫学センター長、大曲貴夫・国立国際医療研究センター国際感染症センター長、和田耕治・国際医療福祉大教授らが挙げられる。

 ベテラン勢は、首相官邸の意向を直接的に知らされる事が多く、政府の判断を「忖度」しがちだ。一方、臨床現場の事情を深く知る中堅・若手の専門家は、社会経済の回復を重視する政府の姿勢に批判的だ。このような立場や考え方の違いが意見の対立を生んでいる。

 こうした「隙」ともいえる状況を巧みに突いてくるのが首相官邸で、首相周辺の1人は解除に際し、「専門家が延長に慎重だ」と報道陣に説明し、機運の醸成を図っている。

 3月21日の宣言解除直後、毎週のように開かれていた「アドバイザリーボード」は1週間開かれなかった。多くの専門家が懸念したリバウンドが起こっているにもかかわらずだ。この際も中堅・若手勢は開催を求めていたが、必要性を感じつつも脇田氏は積極的に厚労省に開催を働き掛けなかった。厚労省も開催する意向は全くなく、こうした雰囲気は脇田氏にも伝わっていたとみられる。

 更に、この時期は国会で2021年度の政府予算の成立に向けた審議が大詰めを迎えていた。事情をよく知る立場の厚労省幹部は「予算成立に向けて野党に攻撃材料を与えかねないため、首相官邸はアドバイザリーボードを開きたくなかったのが実情だった」と解説する。

 コロナ関連で専門家への取材を続ける大手マスコミの記者の多くは「尾身氏は感染症の専門家というよりも政治家だ」と口を揃える。「経済活動重視の首相官邸の意向を忖度しながら、中堅・若手の専門家が不満を抱えていれば、緊急事態宣言等強めの対策を求めるような発言を国会やテレビで述べる等『ガス抜き』も演じる。バランスを取る事ばかりを考えており、一体何を目指しているのか分からない。融通無碍だ」という評判が衆目の一致するところだ。

 こうした尾身氏を中心としたベテラン勢の「変幻自在」の対応が、現場で働く医師や看護師ら医療従事者の苦境を知る中堅・若手からすると相容れないところがあるのだろう。国内ではイギリス由来の変異株「N501Y」が猛威を振るいつつある。これまでにない大きな波が来かねない状況に、専門家の足並みが揃わなければ対応も難しくなる。

 大阪や兵庫等6府県を2月末で1週間前倒しして先行解除したが、この時も中堅・若手の専門家を中心に「いくら基準を満たしていても解除すべきではない」という意見も根強くあったが、地元自治体の要望を理由に押し切られた経緯がある。先行解除しない事で感染拡大が抑えられたかは分からないが、その後の大阪を中心とした関西圏の「感染爆発」は周知の通りだ。

 これまでの状況を見れば、中堅・若手の専門家をはじめとする「現場」の意見を軽視する事は危険ですらある。ワクチン接種も思うように進まず、コロナの収束は見通せないため、感染はまだまだ広がり続ける可能性は高い。

 専門家達が首相官邸に忖度するあまり、日本の感染症対策の「かじ取り」を誤らない事を祈るばかりだ。

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