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医療費負担議論「迷走」の中心に菅首相

医療費負担議論「迷走」の中心に菅首相
「信念のなさ」と「説明不足」が明白に

75歳以上の医療費の窓口負担を巡り、昨年末の予算編成で政府・与党内は大きな騒動となった。その騒動の中心人物は、菅義偉首相だ。自民党と公明党の両政調会長は調整能力を発揮出来ず、結論にたどり着くまで迷走に迷走を重ねた。

 「現役世代の負担軽減」か「75歳以上の高齢者への配慮」かが争点となったが、それさえもかすむほど菅首相をはじめとする政府・与党内の意思疎通の乏しさを浮き彫りにした。

 75歳以上の医療費の窓口負担は、安倍晋三前首相が始めた「全世代型社会保障検討会議」の中心施策として位置づけられていた。当初は昨年夏に、1割から2割に引き上げる所得層を決める事としていたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、昨年末に先送りされていた。

 2割に引き上げるにあたり、財務省は75歳以上の上位59%が対象になる「年収155万円(年金収入のみの単身世帯モデル)」を主張し、これに対して厚生労働省は上位20%が対象の「年収240万円(同)」の案を推していた。対象人数は財務省案だと945万人に上る一方、厚労省案では約200万人と、大きな開きがあった。

 具体的に動き始めたのは、11月17日に首相官邸で菅首相、加藤勝信・官房長官、田村憲久・厚労相らで行われた協議だ。この前までは上位20〜59%の幅で7通りの案を試算していたが、この協議で上位20〜44%(年収155万円)の5案に絞られたのだ。

 11月19日には、社会保障審議会医療保険部会でこの5案が提示された。首相官邸で開かれた協議には麻生太郎財務相は入っておらず、まずは厚労省が「先手」を取った形になった。この時点では、菅首相は施策の方向性を示す事はしていなかった。

「現役世代重視」か「高齢者配慮」か

 風向きが変わるのは、11月24日にあった「全世代型社会保障検討会議」の議論だ。

 構成員には新浪剛史・サントリーホールディングス社長や中西宏明・経団連会長らが名を連ねていることから分かるように「財政規律派」が多い。

 会議では構成員から「上位44%案」に多数の支持が集まり、「上位59%案」を推す意見も出た。事前の根回しに長ける財務省が「巻き返し」を図ったのだ。

 膠着状態にある中、12月2日に事態が動き始める。再び首相官邸で協議が行われたのだが、菅首相に加藤官房長官、田村厚労相の前回と同じメンツに加え、今回は麻生財務相が加わっていた。そこで、菅首相はこれまで注目されてこなかった「上位38%案(年収170万円)」でまとめるよう、加藤官房長官と田村厚労相に指示したのだった。

 参加した1人は「菅首相は38%案で、という意向が示されたが、具体的な理由は知らされていない。とにかく現役世代の負担軽減、という事だけだった」と明かす。

 菅首相の意向はすぐさま与党幹部に伝えられたが、特に衝撃を受けたのが厚労省案に近い考えが多数を占める公明党の幹部達だ。幹部は口々に「とんでもない案を官邸が決めようとしている」と猛反発した。すぐさま公明党は「上位20%案」を推している、という考えを表明したのだ。

 一方、自民党は党内の意見が「現役世代重視派」と「高齢者配慮派」の2つの考えが拮抗しており、どちらの立場からしても「上位38%案」は受け入れ難かった。特に、自民党社会保障制度調査会医療委員会の橋本岳委員長ら厚労族は公明党と同調していたため、部会等で反対する等強硬だった。

 政府・与党内で協議が公式、非公式を問わず進められたが、その後は大きな進展がなかった。特に、機能不全の体を露わにしたのが、下村博文・自民党政調会長と竹内譲・公明党政調会長だ。

 この2人に田村厚労相らを加えて協議が重ねられたが、両政調会長は具体的な案をまとめられず、調整機能を全く果たさなかった。下村氏は社会保障制度への理解が乏しく、竹内氏は先送りを唱えるだけで議論がかみ合わず、「対菅首相」という戦略を組み立てられなかった。

 最終的に、菅首相と山口那津男・公明党代表が12月9日夜に会談し、「上位30%案(年収200万円以上)」でまとまった。首相が推す「38%」と公明党が主張する「20%」の間のような折衷案となったのだ。山口代表は「会談の冒頭で、首相から200万円以上(上位30%)でお願いしますという決断が示された」と明らかにしている。

 会談前までは菅首相の周辺は現役世代重視のため菅首相が上位38%案にこだわったとの見方を示していたが、トップ会談で菅首相サイドに大きなこだわりがなかった事が明らかになった。

 ある厚労省幹部は「菅首相は社会保障制度に詳しくなく、薬価制度等ピンポイントで関心があるだけ。後期高齢者の医療制度に興味を示していたというのは、未だかつて聞いた事がない」と明かす。

 菅首相に近いマスコミ関係者は「首相は医療保険制度にこだわりがある訳ではなく、元々あった20〜59%案の間の38%を取っただけではないか」と推測する。与党幹部の1人も「途中に漏れ伝わってきたが、38%にこだわっていたわけではないようだ」と指摘する。

「連立離脱も」と息巻く公明幹部

 今回の負担増議論がここまで「迷走」したのは、与党政調の調整機能が不全に陥ったのもあるが、新型コロナウイルス感染症対策での記者会見でも分かるように、菅首相の説明不足が招いたものであろう。周囲にも「本音」を明かさず、忖度させるやり方では、今回のような迷走に次ぐ迷走を重ねるだけだろう。

 不信感を抱いた公明党幹部は多く、議論の最終段階では「連立離脱も辞さない」と息巻く幹部もいたほどだった。

 更に問題を難しくさせたのが、菅首相と麻生財務相の関係性だ。2人の相性は良くないとされているが、政権を運営する上で第2派閥である麻生派の動向は無視出来ない。麻生財務相は省益をきちんと代弁するタイプで、記者会見では「可能な限り広範囲で2割負担を実現するとの考え方で検討を進める」と繰り返し発言していた。菅首相はこうした事も念頭に置いて検討していたとみられる。

 今回明白になったのは、菅首相の「信念のなさ」と「説明不足」だろう。「GoToトラベルキャンペーン」の中断のような「ブレ」も感じさせた。一見、信念のあるような装いを見せていたが、何の事はない「上位30%案」という「妥協案」に落ち着いたのだ。

 新型コロナ対応を巡って手腕に乏しい事が内閣支持率の下落に拍車を掛けているが、その片鱗は医療費を巡る「迷走劇」で窺い知る事が出来るだろう。

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