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未来の会

「世界一の医療国」として国際展開を目指す ~医療の品質・有効性・安全性を確保し世界に貢献~

「世界一の医療国」として国際展開を目指す ~医療の品質・有効性・安全性を確保し世界に貢献~
近藤 達也(こんどう・たつや)1942年東京都生まれ。68年東京大学医学部卒業。69年同脳神経外科教室入局。72年国立東京第一病院脳神経外科。74年東京大学医学部脳神経外科助手。77年マックス・プランク研究所脳研究施設(西ドイツ)留学。78年国立病院医療センター脳神経外科。89年同脳神経外科医長。93年同手術部長。2003年同病院長。08年医薬品医療機器総合機構理事長。13年内閣官房健康・医療戦略室健康・医療戦略参与、Medical Excellence JAPAN(MEJ)副理事長。19年6月MEJ理事長。

成長戦略の柱の1つである「健康・医療の国際展開の推進」という方針に基づき、これを実践する中核的な組織として2011年に誕生した一般社団法人Medical Excellence JAPAN(MEJ)。19年春、2代目の新理事長に近藤達也氏が就任した。近藤氏はドラッグラグを解消し、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)を世界の3大規制当局に成長させた実績を持つ。MEJ理事長として何に取り組もうとしているのか、話を聞いた。


——MEJの理事長に就任した経緯について教えてください。

近藤 私がPMDAの理事長に就いたのが2008年ですが、その翌年くらいに、経済産業省の方から、医療産業で貿易を黒字に出来るようなものはないか、と相談されたことがありました。その頃から、私は日本の医療が統制経済下でやっていくのはそろそろ無理ではないかと感じていました。手術の値段等診療費が全て決まっているので、効率的な医療をやろうとしても限界があります。また、安全で有効な医療が求められる時代になり、そうした負担も膨らんでいました。当時、私が考えていたのは、安全で有効な医療にそこまでこだわるなら、外国からの患者を受け入れたらいいということでした。それを自由診療で行えば、保険診療で生じたマイナスを補填して、さらに上乗せ出来るかもしれません。保険診療を行って経営的に逼迫している病院にもプラスになるし、日本の皆保険制度の限界を支えてくれるものになるかもしれない、とも考えていました。国民皆保険制度を維持しながら、一方で外国人に自由診療を提供することで、経営的にもプラスになるし、国際貢献も出来ると思っていたのです。そういう話をしたところ、都内の大きな病院の病院長に集まってもらい意見を聞こうということになりました。当時は厚生労働省の力が強かったので、そんなことをしたら厚労省に怒られるのでは、という意見が大多数でしたね。その後、少しずつ緩和されていき、では人間ドックから始めようか、という話になっていきました。そうして、11年にMEJが出来たわけです。その頃、私はPMDAの理事長でしたから、人間ドックに特に詳しい山本修三先生(日本病院会元会長)が理事長に就任され、19年春まで続けてこられたということです。私は元々経済産業省の方と繋がりがあったこともあり、PMDAを辞めたらMEJに来て欲しいと言われていました。山本先生にも、いつ来てくれるのかと言われていて、ある程度予定通りの就任だったわけです。

医療機器・医薬品開発の経験を生かす

——経産省と繋がりが出来たきっかけは?

近藤 私自身が医療機器の開発に関わっていたからです。定位放射線治療装置といって、体の周囲から放射線のビームを照射し、腫瘍に放射線を集中させる治療装置です。私の専門は脳神経外科ですが、悪性の脳腫瘍の中には手術できれいに腫瘍を取れても転移しやすい腫瘍があります。そこで、手術前に放射線治療を行い腫瘍が小さくなってから手術すると、非常に悪性度の高い脳腫瘍でもきれいに取れて、しかも転移しにくいことが明らかになったのです。この術前放射線療法という治療は私が最初に始めたのですが、出来ることなら脳全体に放射線を当てるのではなく、腫瘍のあるところに集中して放射線を当てた方がいいのです。そこで、放射線のビームを腫瘍部分に集中させることを思い付いたわけです。1990年頃の話です。

——うまくいったのですか。

近藤 定位放射線治療装置の開発を目指したのですが、当時は日本バッシングの時代で、アメリカから国際公募にしようという注文が付き、それを義務付けられました。そこで『ネイチャー』(イギリスの学術雑誌)や『サイエンス』(アメリカの学術雑誌)に国際公募したわけです。アメリカの企業からも話が来ましたがそれは断って、日本の日立メディコで作ることにしました。ただ、公募することで情報が漏れたため、アメリカでは1992年に定位放射線治療装置のサイバーナイフが登場しました。時期が同じなんですよ。元々のアイデアは私が出したのですが。

相手の国を尊重した国際展開

——そんな経験をされていたのですね。

近藤 医薬品開発にも関わりました。放射線をかけた腫瘍細胞を培養していて、FGF9という血小板増殖因子を発見したのです。これは使えるということで薬品化を目指したのですが、薬の開発は臨床試験の前に前臨床試験といって動物実験を行う必要があります。それも下等動物から順番にやっていって、その後、人間を対象とした臨床試験となります。つまり人間の体にある物質なのに、ネズミから試験をしていく必要があるのです。そうすると種特異性がありますから、ネズミに投与したら肝臓が腫れ、こんな物質使えないとなってしまったわけです。薬事規制の限界があったのですね。医療機器や医薬品の開発に関わったこのような経験があったので、経産省との繋がりが出来ていたわけです。

——MEJの理事長として日本の医療をどのように見ていますか。

近藤 日本の医療は世界一であると私は思っているんです。1億2000万人という国民が、最先端の医療を平等に受けることが出来る。そんな国は、世界のどこにもありませんからね。アメリカは世界一と言っていますが、大金持ちにとってはそうかもしれないけれど、普通の人はなかなか高いレベルの医療は受けられていません。ヨーロッパは保険制度の中で結構公平な医療を行っていますが、とにかく病院が少なく、病床数が足りないという問題があります。人口1000人当たり4〜5床です。日本は16床で、これは多過ぎるのですが、少な過ぎるのも駄目ですね。どういうことが起きるかというと、例えば脳腫瘍の患者さんが来ても、今こんなに患者さんが待っているから、2〜3カ月待たないと手術を受けられません、ということになる。これでは公平ではあっても、最先端の医療とは言えません。だから、欧米の基準に合わせるという方向性は、必ずしも正しくないでしょう。日米欧は3大健康医療国と称するけれど、いろいろな意味で日本は世界一の医療国だと私は思っています。

——その優れた日本の医療を世界に展開していく必要があるのですね。

近藤 その時に気を付けなければならないことがあります。どの国の国民も、自分の国家や自分の国の医師達が、自分にとって最高の医療を提供してくる存在であって欲しい、と思っています。そういうことを大切にした支援をしたい、というのがMEJの活動の原則です。我々はメディカルエクセレンスジャパンだけれど、「メディカルエクセレンスXX」ということも考えるわけです。XXの部分には、タイとか、シンガポールとか、フィリピンとか、それぞれの国が入ります。そして、お互いに力を合わせ、それぞれが協力し合う。そういったことを基本に置かなければと思っています。それぞれの国には、それぞれの事情があり、プライドがあります。そのプライドを尊重する国際展開でないと、今後の日本の立ち位置はないと思います。それが前提となっています。

医療産業の海外進出も大切

——MEJはどのような活動をしていくのですか。

近藤 活動目標として3つを挙げています。1つは、日本の医療の真の国際化です。ここでいう医療とは、医学だけでなく医療体制なども含めたヘルスケア全般の事で、それを世界の人達に見て頂き、いいものを使ってもらう。そういう活動をしていきます。2つ目は、日本の医療を支える医療産業の真の国際化です。日本は1億2000万人が皆保険制度で薬を使う巨大マーケットを抱えた大国ですが、これからは医療産業にはどんどん海外へ展開してもらいたい。日本という“温室”の中で育った産業がたくさんありますが、海外へ出て行かなければ、これからは生きていけません。例えば製薬企業に関して言えば、これから薬価が下がるのですから、それを補うためには量を増やす以外になく、それには世界に出て行く必要があるはずです。3つ目の目標は、日本の医療がマクロ・ミクロで世界の叡智・健康・富の拡大に貢献する事です。日本の医療の国際化に取り組んでいくと、国家としても、個々の企業や個人としても、工夫しなければならないのでアイデアがたくさん出てくるし、皆が健康になるし、さらに富の拡大にも貢献するはずです。こうした影響は日本だけでなく、相手国にも同じように及びます。これがMEJの活動目標です。国際展開といってもインテリジェンス(情報)とインテレクト(知性)で勝負する、というのがMEJのやり方です。

——具体的にはどのようなことをするのですか。

近藤 日本における医療と医学の概念を明らかにして、それを国際的に明確化する必要があると考えています。それに基づいて、相手国が日本の医療体制を取り入れる際の具体的な支援手法やツールを整備します。また、日本の医療界・医学界・産業界・官界を患者目線で統合的に結び付けるハブ機能を果たしていきたいと考えています。どちらにも偏っていないので、まとめることが出来るのではないかと思っています。それから、アジアやアフリカの国々が日本の医療や医学を実践する際に、国内の医療界・医学界・産業界が適切な組み合わせで協力し、支援するためのハブ機能を担うことも考えています。さらに、医薬品・医療機器・再生医療などの産業群の自律的な育成も重要です。それに対する日本企業のコミットメントの円滑化も支援します。自律的な産業群を育成する事が、アジアの国々の医療の持続的な発展の基盤になると考えています。そして、最終的には、国際的な活動に関心を持つ学会や医療機関の方達に、国際的な活動を行ってもらう。日本は個人レベルでしっかりした国ですから、こういった方針を掲げる事も、重要な事だろうと思います。

渡航受診を促進するJIH認証

——JIH(ジャパンインターナショナルホスピタルズ)の認証も行っていますね。

近藤 日本で医療を受けたいという渡航受診者の受け入れを促進するために、このような病院だったらJIHとして推奨しますよ、というお墨付きを作りました。2019年11月現在で50病院がJIHとして推奨されています。

——JIHとして推奨された病院には海外から多くの患者さんが来ているのですか。

近藤 まだあまり上手くいっていません。なぜかというと、推奨されているような病院は、既に日本人の患者さんでいっぱいの事が多いので、なかなか渡航受診者を受け入れられないということが起きています。ただ、日本で高いレベルの医療を受けたいという患者さんが増加しているのは確かです。多いのは中国ですが、最近はベトナムからの渡航受診者が増えています。

——今後日本の医療はどうなっていくでしょう?

近藤 世界一の医療大国であるために、医学研究に力を入れる事も必要だし、医薬品・医療機器産業もベストを尽くす必要があります。21世紀になってからノーベル賞を自然科学分野で18人も受賞していますから、世界一の医療大国としての潜在力は持っていると思います。日本の研究者は、匠の精神というか、金と関係なく研究していますね。儲かるから研究するのではなく、好きだからやる。アカデミックサイエンスは、それによって支えられていると思います。研究費をつぎ込めば成果が出る、という話ではないでしょう。素晴らしい研究をしている人はおそらくたくさんいるので、それをきちんと評価するレギュラトリーサイエンス(評価科学)が必要になります。あらゆる角度からよく見て、良い点はどこか、問題点はどこかを、好き嫌いではなく、しっかり見つけていく科学が必要なのです。それによって、医療の品質・有効性・安全性を確保することが出来、合理的な医療を推進させて医療産業を躍進させる事が可能となります。品質・有効性・安全性の確保という言葉は薬事でよく使われますが、医療の世界でも同じように重要です。特に国際展開するために医療の質を上げようという時、きれいな建物を造っても、外国語のできる職員や外国人向けの食事を用意しても、それらはあまり重要ではありません。本当に重要なのは、医療の品質・有効性・安全性が確保されている事なのです。

——日本医師会が渡航者の医療に反対しているようですが。

近藤 日本医師会の先生達には、渡航者の医療をやるけれど国民皆保険制度を維持する事を前提にしている、という話をしています。JIHも、地域医療をきちんとやっている病院が渡航者の医療を行うというのが前提で、外国人だけ診るような医療機関を推奨しているわけではありません。そういう話をして、横倉義武会長からも、今村聡副会長からも、ご理解頂いています。渡航者の医療だけやる病院を認めてしまうと、医師や看護師がそちらに吸収され、金持ちの医療のために地域医療が崩壊するといった事も起こり得ます。香港やシンガポールでそのような事が起きているという話も聞きます。そうならないように、日本の医療の真の国際化を実現していく必要があると思っています。

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