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日医〝惨敗〟の参院選、医療業界の構図に変化も

日医〝惨敗〟の参院選、医療業界の構図に変化も
羽生田氏が自民党比例社保系候補の中で最下位当選

「羽生田(俊)先生は現職で2回目の選挙に臨みましたが、2回目ということで、やはり……まあ……我々の気持ちの中にも、また会員の先生方にも気の緩みもあり、厳しい状況であることを徹底することが大変でありました」

 過去2番目の低投票率となった参院選から3日後の7月24日、東京・本駒込の日本医師会館で記者会見に臨んだ日本医師会(日医)の横倉義武会長の表情は厳しいものだった。日医の政治団体、日本医師連盟の組織内候補の羽生田氏が、自民党の比例代表19人の当選者のうち16位と下位に沈んだからだ。日医の記者会見の冒頭発言は事前に準備した原稿をプロンプターに映して読み上げるのだが、さすがの横倉氏もショックを隠せず「気の緩み」との表現には一瞬言いよどんでしまった。

 横倉氏が「気の緩み」を認めざるを得なかったのは、6年前の参院選から10万票近くも減らした羽生田氏の15万2807票という得票数とともに、自民党比例代表の社会保障系候補の中で当選者ビリの4位に終わったことも大きい。社会保障系トップは日本看護連盟推薦の現職の石田昌弘氏で、低投票率の中、3年前の参院選で組織内候補の高階恵美子氏が獲得した17万7810票を上回る18万9893票を奪った。続いたのが日本薬剤師連盟推薦の新人の本田顕子氏の15万9596票。さらに、日本製薬団体連合会などが支援した首相補佐官の衛藤晟一氏が15万4578票と羽生田氏を上回った。

得票が伸びなかった様々な要因

 羽生田氏の得票が伸びなかった要因として、本人の人望のなさや71歳という高齢への懸念とともに、社会保障系候補の乱立が指摘されている。自民党比例代表では社会保障系から10人が立候補し、10人の総得票は120万票を超えたものの、個別の候補には票が分散して6人が落選。日本歯科医師連盟推薦の新人で前衆院議員の比嘉奈津美氏が次点だった他、厚生労働部会などでの〝声の大きさ〟が有名で日本臨床工学技士連盟の支援を受けた現職の木村義雄・元厚労副大臣や、日本理学療法士連盟、日本衛生検査所協会、全国介護政治連盟などから推薦された新人候補も涙をのんだ。

 羽生田氏にとって、特に票を奪われたのが元F1レーサーで新人の山本左近氏だったという。山本氏は地元の愛知・豊橋で家業の社会福祉法人の経営に携わっており、参院選には全国老人保健施設連盟の組織内候補として立候補。東京選挙区から出馬した自民党の現職の武見敬三氏と選挙運動を一緒に行ったことで日医の会員にも浸透し、最終的に7万8236票を獲得した。日医幹部は「山本票が羽生田に来ていたら余裕で20万票は超えていた」と憤る。

 さらに日医内では、投票日当日の7月21日に横倉氏の地盤の九州地方が大雨に見舞われたことも影響したとみられている。都道府県別に羽生田氏の得票数を分析すると、九州地方が伸び悩んだという。もっとも、羽生田氏は自身の地元の群馬で大幅に得票を減らしており、羽生田氏に社会保障系候補の乱立や自然災害といった逆境をはね返すほどの魅力がなかったというのが真相だ。「選挙前から支援者名簿の集まりが悪かったが、それでも最低18万票は行くと思っていた」(選対スタッフ)との証言もある。

 日医が今回の参院選を悔やんでも悔やみきれないのは、組織内候補の得票数が永田町や霞が関での政治力に直結するからだ。かつて武見太郎会長の時代に参院選で組織内候補が100万票を超える得票を誇った日医も、今や多くても20万票台を取るのがやっと。その結果、小泉純一郎政権時代には社会保障費カットのターゲットにされ、医師の収入に直結する診療報酬は改定ごとにどんどん引き下げられた。

日医地位低下で診療報酬改定に影響

 とりわけ今回は、羽生田氏が他の業界団体が推薦・支援する候補の後塵を拝したことで、業界内での日医の地位低下が指摘される。羽生田氏は選挙戦で「医療関係の方が多く立候補しているが、全体の医療、日本の医療を考えられるのは日医の代表である私以外にはいない」と繰り返し、業界でのトップ当選を訴えてきたが、日医以外の業界団体からは「日医に全権委任はできない」と烙印を押された格好だ。

 当面は来年4月に予定される診療報酬改定への影響が大きい。診療報酬は医師らの技術料や人件費に当たる本体部分と薬価部分で構成されるが、ここ最近の改定では薬価を大きく引き下げて本体部分のプラス財源を捻出している。社会保障費の抑制路線が基調の中、本体部分のプラス改定が続いているのは、豊富な資金力と集票力を誇る日医に政治サイドが配慮しているからにほかならない。ただ、今回の参院選で日医が日本薬剤師会(日薬)や製薬会社の推す候補に敗れたことに伴い、「例年ほど薬価引き下げに財源を期待できなくなった」(厚労省幹部)との見方が支配的となっている。

 日薬は、今年6月に閣議決定された政府の経済財政運営の指針「骨太の方針」に対し、「過剰な薬価の引き下げは、日本の医薬品産業の弱体化や国民の医薬品へのアクセスの阻害が危惧される」と主張。今回初当選を果たした組織内候補の本田氏も「薬剤師の地位向上に繋がる取り組みに精いっぱい努力していきたい」と意気込みを示しており、薬価引き下げを抑制するよう求める声は強まるばかりだ。

 一方、政府は年末の2020年度予算編成に向け、高齢化などに伴う社会保障費の自然増を5300億円と設定した。来年度は社会保障費の支出が多い75歳以上の後期高齢者になる人の数が終戦前後生まれの世代のため少なく、ここ数年6000億円以上だった自然増も比較的抑えられた。予算編成過程で自然増の伸びを5000億円程度まで絞り込むのがここ数年の流れで、薬価引き下げだけでも十分財源を賄えるとみられている。

 ただ、最大の問題は、22年度から人口ボリュームの多い団塊世代が後期高齢者入りするため、社会保障費がこれまでにないほど急増することだ。社会保障費の伸びにまだ余裕のある20年度予算の段階で社会保障費の伸びを一定程度抑制しておき、22年度のショックを和らげておく必要がある。自然増も5000億円より深掘りしなければならないが、今回の参院選の結果を踏まえ、薬価引き下げにあまり財源を期待できないとなると、標的となるのは診療報酬の本体部分といった日医側の領域になる。

 横倉氏は7月24日の記者会見で、日医の発言力低下に歯止めをかけるため「今後の医師会の医政活動の在り方を抜本的に見直していかなければならない」と表明。若手医師や地方議会への働き掛けを強化するとともに、日薬とも「よく話し合いをしていきたい」と述べ、一定の配慮を行う考えを示唆した。今後、業界の足並みは乱れていくのか、横倉氏の手腕が問われている。

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