2016年度の診療報酬改定は、全体で0・84%減と8年ぶりのマイナスとなる一方、医師の技術料に相当する「本体」は0・49%増。こちらは実質0・1%増だった前回改定の5倍に膨らんだ。政官界では、夏の参院選をにらんだ安倍政権による日本医師会(日医)へのエールと受けとめられている。それでも、「見せかけのプラス」との指摘もあり、厚労省は複雑な表情だ。
13年度時点で40兆円を超えた日本の医療費。財務省は16年度予算編成で社会保障費の1700億円カットを掲げ、診療報酬を標的にして厚労省を追い詰めていた。本来なら鼻息荒い自民党厚生族も、「振り上げた拳の下ろしどころがなくなる」(幹部)として、当初の出足は鈍かった。 空気が動いたのは、昨年12月半ば。協会けんぽへの国庫補助削減など、厚労省が本体増額用にひねり出した財源が約2200億円に達したことで流れが変わった。削減幅が財務省の求めていた1700億円を 上回ったこともあり、12月18日に首相官邸に安倍晋三首相を訪ねた麻生太郎財務相は、「本体部分の増額は0・49%にしようかと。所要額は国費ベースで540億円程度です」と伝えた。
安倍首相は「もっと上積むことはできませんか」と求めたが、さすがにこれには麻生氏も首を縦に振らなかった。 安倍政権は「国民の負担軽減」を理由に、社会保障費を削減してきた。15年度の介護報酬を2・27%カットしたのも、「国民の保険料の伸びを抑える」というのが名目だった。今回も診療報酬全体は引き下げたものの、本体は増額した。患者の診察料などのアップにつながるにもかかわらず、首相が上積みまで求めたのは、日医の参院選での集票力に期待してのことだ。日医の横倉義武会長は決着後、「本体がプラスとなったことで、ギリギリ合格かな」と語った。 とはいえ、今回の改定にはからくりがある。
それは特定の病院が出す処方せんに依存している「門前薬局」の報酬カット(40億円減)など事前にささやかれていた削減策が、明快な説明もないまま改定率の「外枠」に置かれたことだ。 これらの医療費抑制策を改定率の計算に含めると、調剤部分の診療報酬本体はマイナスだ。プラス改定演出のため、関係者みなが口をつぐんでいる。薬価部分でも、従来は改定率に含めていた、売り上げが想定を上回る薬の公定価格を下げる仕組みによるマイナス分(200億円減)などを外枠としている。これを含めた実質の全体の改定率はマイナス1・03%だ。厚労省幹部は「外枠に置くマイナス分の定義はないから、改定率は自在に操れるようになる」と漏らす。
16年度診療報酬改定では、医療費の自己負担に上限を設けた「高額療養費制度」を縮小、一定以上の所得がある70歳以上の人の自己負担を増やすことで、17年度以降の診療報酬財源を生み出す案が検討され、公明党もいったんは了承に傾いた。ところが、いざ確約を求められると、参院選での高齢者の反発を懸念する声が党内で噴き出し、意見を集約できなかった。結局、17年度以降、高額療養費の見直し分が診療報酬に反映されるかどうかは不明なまま。厚労省幹部は「当座しのぎと言われても仕方ない」と苦笑している。
LEAVE A REPLY