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第18回未来の会

第40回 人材枯渇を糊塗する長谷川閑史流「面従腹背」術

第40回 人材枯渇を糊塗する長谷川閑史流「面従腹背」術
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行

 「日本版米国立衛生研究所(NIH)」──武田薬品工業社長にして経済同友会代表幹事を務める長谷川閑史が加担するこの構想の不毛さについて数回にわたって詳説してきた。民主党から自民党が政権を奪還してはや10カ月。「成長戦略」としての医療や創薬への視座に大きな変化はない。日本版NIH構想に至っては、むしろ、「政権担当能力では一日の長があった自民党も様変わりした」(厚労省薬系技官OB)といった声があからさまに聞かれる事態が続いている。

 本誌の指摘は決して「分かりやすい」ものではないかもしれない。むしろ、この国の医薬分野における産業政策に関心のある向きでさえ、首をかしげる主張さえ含まれているかもしれない。

 「政官業に報道機関も含めた既存の体制が理解を阻んでいる側面がある。日々のストレートニュースを目にするだけでは、研究開発で日本がまだ主導権を握れるのではないかと錯覚して当たり前です。中央省庁と同様にローテーション人事を繰り返す大メディアが『縦割り報道』を続ける限り、旧態依然たる状況が続く」(厚労政策研究者)

結局は「人」の問題に回帰

 製薬における産業政策を再構築する上で最も重要な鍵は何なのか。日本版NIHのような「砂上の楼閣」路線はもういい。地に足の着いた議論が今こそ求められている。答えは意外に簡明だ。

 「人です。結局は人材がそろわないことにはどうにもなりません」(前出の厚労省OB)

 だが、これこそが難問である。1000億円ほども売り上げを減らしながら、国内トップの製薬企業社長の座にしがみつき、経済団体のボスとして政治ごっこにうつつを抜かす。役員報酬に糸目はつけず、政権が変わろうと、行政との蜜月は維持し続ける。その程度の人物ならば、掃いて捨てるほどいるだろう。今、必要なのは長谷川閑史級をはるかにしのぐ傑物である。真に国際的な舞台で勝負できる人材がどこかにいないものか。

 「こればかりは妙案がない。突き詰めると『人』の問題であることは分かる人には分かる話。ただ、人は促成栽培できない。特効や即効を期待できる対策はそぐわない領域です」(前出研究者)

 優秀な人材は米国を目指す。これは医薬分野に限った話ではない。かの国では能力のある人間にはまず修練の場、次に然るべき地位が与えられる。そこで力を発揮すれば、人並み以上の収入が得られ、社会的な評価も付いてくる。

 「米国との比較でいえば、日本は正反対といえるでしょう。多くの新興国に比べればまだましでしょうが、お話にならない水準」(同前)

 研究者は国内にとどまる限り愚痴をこぼしながらも、現状に甘んじるしかない。旧来の「権威」に盾突けば、居場所がなくなるからだ。誰もがそのことを知り抜いているから表立って声を上げない。

 「日本の中で地位を得て、講釈を垂れるには長谷川氏のように振る舞うしかありません。役所にくっついて、決して離反せず、おべっかを言い続ける。そんな御用経営者、御用学者でなければ、話すら聞いてもらえません」(前出OB)

 こうした日本の「風土」は高度情報化といわれる社会の変化や、政権交代という政治文化の転機を経ても微動だにしていない。一例を挙げる。

 「東京大学は7月、役員会で『学部教育の総合的改革に関する実施方針』を議決しました。大きな柱の一つが〈学事歴の見直し〉。〈第3期中期目標・計画期間(2016〜21年度)に秋季入学の拡充と推進に向けた必要な措置をとる〉と明記しています。狙いは国際化への対応。交換留学が行いやすくなり、留学生増が期待できる。さらには海外の機関と研究や教育の協力関係を結びやすくなるといった利点が考えられます」(同前)

 だが、事はそれほど簡単ではない。

 「優秀な学生の米国に向けた流出はさらに加速するでしょう。東大執行部は『そうなっても構わない』と腹をくくっている節もある。見返りとして海外から俊才が入ってくることはまずありません。建前として東大側が文部科学省にそんな説明をしているとは思えない。ただ、当面はそうした『不均衡』が生じたとしても、数十年後には日本の人材が華僑のようなネットワークを形成することができるかもしれない。あるいは日本をまだ魅力的な舞台だと認識している一部の新興国から来たエリートが日本に貢献する可能性もある。空洞化、乗っ取りといえば、その通りかもしれません。ただ、そうした予想図に活路を求めるしかないほど、日本の現状は厳しいといえます」(同前)

 こうした事実を踏まえると、国内から従前の環境を通じて人材が飛び出す確率は限りなく低いといわざるを得ない。「優秀な人物よ、出てこい」とお題目だけ唱えても意味はない。個々の学生に「手当」をばらまいたとしても、せいぜい留学費用に回されるのが関の山だろう。

長谷川はあしき実例の典型

 学生だけの話ではない。公的機関や民間企業に勤めている研究者が蓄えているノウハウをどう生かすかについても、荒涼たる風景が広がる。

 学位と結び付く形での「交流」「連携」が横行しているのは本誌既報の通りだ。「お上と仲良くなること」が至上命題。この岩盤はいまだ強固に存在し続けている。「5000万円渡すから、一人出せ。対文科省でも予算が取りやすくなるぞ」──そんな厚労省のささやきに民の側が抗するのは並大抵のことではない。むしろ、そうした構図に適応し、甘い汁を吸うことが望ましいとされる。

 「長谷川社長はその典型でしょう。面従腹背というんでしょうか、拠点は海外に逃がしながら、『日本にも成長の時代は来る』とをしている。そんな環境下で将来の日本を背負える人材が育ってくるでしょうか」(前出の研究者)

 国内で人材をトレーニングする機会は乏しい。欧米資本の製薬企業が国内で治験をやりやすくするための「説明会」は頻繁に行われている。

 「外資が来たら、まずここに印鑑をついてください、という程度のお勉強は盛んです。ただ、それで知恵がついた、ノウハウが醸成されたといえるでしょうか。全然違うでしょう」(同前)

 長谷川の説く未来像は画餅以前の代物といえるだろう。決して現場の研究者をばかにするわけではないが、試験管を振るだけならまだいい。産業論や研究開発論、厚生論といった諸条件を踏まえた科学者、実務者の人材やノウハウ。この国でそれらを機能させられる日が訪れることは果たしてあるのだろうか。(敬称略)

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