
2026年、干支は丙午(ひのえうま)である。十干十二支で見ると、十干の丙は木、火、土、金、水という世界を構成する5要素である五行の内の火に属し、太陽のような激しい熱を、十二支の午は成長した植物がその成長を止める時期を表すとされる。2つを合わせると、最大限の成長を目指して来た事が成し遂げられるという意味合いの様だ。
午は馬である。遺跡等の調査から、食用として狩猟していた馬が飼育の対象(家畜)になったのは紀元前4500年頃だと推測されている。馬の駆ける速さや力強さが有益だったからである。それから、1000年後には馬具の開発が確立され、馬を制御したり騎乗したり出来る様になったとされている。交易や戦争といった人の営みに深く関わる様になったのである。紀元前300年頃になると、古代ギリシャで最古の馬術書も執筆されている。
因みに大陸諸国と比べると、日本と馬の関わりは歴史が浅く、埴輪や古墳の出土品等から、弥生時代末期(4世紀頃)に朝鮮半島経由で馬具と共に持ち込まれたというのが通説だ。つまり、日本人にとって馬は狩猟動物から家畜化を経てという大陸型の流れではなく、最初から「乗用の貴重な動物」という位置付けだったとみられている。極く限られた階級の人が所持し得る特別な財産だった様だ。
勿論、異説も有る。列島からは200万年前の馬の仲間の化石が出土等し、約50万年〜10万年前の化石が多数出ている事等が根拠とされる。しかし、その後の痕跡は殆ど無く、これらは1万数千年前に絶滅したというのが現在の定説になっている。
木曽馬、与那国馬等の在来種は、弥生時代に持ち込まれた馬の子孫で、遺伝子研究等からモンゴル馬、韓国在来馬と近縁だと分かっている。小型で寒冷適応した馬の系統とされる。特徴は体高が110〜135㌢と低く、がっしりした体つきで、粗食にも耐えられる事だそうだ。「鯨飲馬食」の大型馬とはイメージが違うのだ。モンゴル帝国の欧州侵略では「モンゴル兵が鼠の様な馬に乗って攻めて来た」等の伝承が残るが、その鼠の様な馬の仲間だと思えばいい。体は小さいが、粗食に耐え、タフなのだ。
干支に戻る。丙午は激しい熱で物事を成就させる可能性を秘めた干支だと先述したが、これには当然ながら負の面も付き纏う。それは、行き過ぎれば、全てを焼き尽くしてしまう危険性を伴うという事である。〝手綱捌き〟が問われるのである。
政界の午年生まれを検索してみる。田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎、そして、安倍晋三といった首相経験者が何れも午年である。野党では立憲民主党の小沢一郎氏が午年生まれだ。与野党を問わず、ここ50年余の政界のキーマンが並ぶ錚々たる顔触れとなっている。
午年生まれは大物政治家の宝庫
田中氏は1918年生まれ。「日本列島改造論」で知られ、高度成長期を牽引した。中曽根氏は田中氏と同い年で、日米関係の強化や国鉄民営化で知られる。小泉氏は42年生まれ。「自民党をぶっ壊す」と主張して首相の座を射止め、郵政民営化を断行した。安倍氏は54年生まれ。アベノミクスや積極外交で知られ、戦後最長の首相在任期間を持つ。何れも一時代を築いた強者と言っていいだろう。野党の小沢氏は42年生まれ。「政界の壊し屋」の異名で知られ、自民党を2度の下野に追い込んだ政変男である。午年は「行動力」「エネルギー」を象徴するとされる。干支と政治的資質には直接的な関係は無いのだろうが、ここ迄並ぶと人智を超えたものも感じてしまう。
好奇心が沸いたので、歴代首相の干支を辿ってみた。これが存外面白い。先ずは午年生まれの補足から。
既に紹介した4首相の他、齋藤實、濱口雄幸、岡田啓介の各氏がいて、後述の子年・丑年生まれと共に多くの首相を出している。在任期間は田中氏が2年半と短いものの、中曽根氏は約5年、小泉氏が約5年半、安倍氏が総計約8年9カ月。長期政権の傾向が有りそうだ。
お次は子年。
戦後の首相では竹下登、村山富市、福田康夫、菅義偉の各氏である。竹下氏は国家財政の根本を立て直す消費税の導入を進めるものの、リクルート事件に見舞われた。村山氏は社会党出身の首相として、平和の尊さを盛り込んだ「戦後50年談話」を発表したが、阪神・淡路大震災の対応に忙殺された。福田氏、菅氏はピンチヒッター的な登場で、在任1年の短命。難しい政権運命が宿命なのだろうか。
さて、丙午の年に真価が問われる高市早苗首相だが、61年生まれの丑年である。歴代首相では、初代の伊藤博文氏、ノーベル平和賞を受賞した佐藤榮作氏、橋本龍太郎氏、小渕恵三氏、森喜朗氏等が丑年生まれだ。多彩な顔触れである。
丑年は「忍耐」「着実さ」を象徴し、丑年生まれは「粘り強さ」や「制度構築」で力を示すとされる。一敗地に塗れながら、遂には首相の座を射止めた高市首相には確かに粘り強さを感じる。午年生まれの特性が突破力だとすれば、丑年は突破した壁の先の制度固めを担う存在の様である。面白いのは、高市首相が継承者を自任する安倍氏が午年生まれである事だろう。岸田氏、石破氏という前任2人の首相による安倍路線の修正を元に戻し、安倍氏が目指した理念を成就させるという事だろうか。高市首相の言動には良い意味でも悪い意味でも継承者としての自負が溢れている。
顕著に表れたのは安全保障分野だろう。対米関係では、トランプ大統領との親密な関係を全世界にアピール出来たが、対中関係は序盤で躓いた。
満面の笑み、机下で殴り合う?
「存立危機事態」を巡る国会答弁が切っ掛けだった。台湾有事の際の認識を問われた場面で、「武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態に当たる可能性が高い」と答弁したのである。用語が面倒な上、答弁内容にも曖昧さが有り、説明し難いのだが、簡潔に言えば、台湾に中国が武力攻撃し、米軍が中国との交戦状態になれば、日本は米軍に軍事協力するという事である。軍事協力とは参戦に他ならない。当然、中国は「軍国主義の復活」「内政干渉だ」と猛反発し、日中関係は険悪になった。
一連の対立を巡っては、有象無象がSNSで好き勝手に騒ぎ立てているが、少なくともまともな意見は見当たらない。国家の存亡に関わる問題を芸能スキャンダル張りに論じる面々ばかりなのだ。
結論から言えば、高市首相の答弁は失策である。存立危機事態の法解釈は、答弁内容が曖昧だった点を除けば、間違ってはいない。そういう法律を日本は作っているからだ。米中が戦争状態になれば、日本は米国と一緒に戦う事も可能だと定められている。
それでは、何故失策かというと、政治家の発言には、その内容よりもTPOが重要な場面が存在するからである。勿論、高市首相もその点は分かっている。同じ問題を問われた国会での党首討論で「存立危機事態の認定は如何なる事態が該当するかについて、実際に発生した事態の個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して判断する」と従来の政府見解に沿うよう修正答弁したのがその証左だろう。
自民党長老が語る。
「多忙を極めて疲れていたんだと俺は思うね。安保法制は得意分野だったから、思わず立場を忘れて答弁してしまった。仮定の話に具体論で応じてはいけない。首相答弁の鉄則なのにね。只、中国の反応も度が過ぎる。日本の防衛政策への不当な干渉も散見される。まあ、当分、日中関係は緊張が続くな。当たり前の事だが、トランプ大統領も習近平国家主席も戦乱は望んでいない。高市さんは直球が持ち味なんだが、変化球との配球の妙をもう少し磨かないといけないね」
高市首相が敬愛する安倍氏は生前、外交の妙についてこう語っていた。「表面は満面の笑みで握手しながら、机の下では強かに殴り合う」。丑女宰相の丙午の課題である。
政治家は時に、最も得意とする分野で躓く。



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