
憲政史上初の女性宰相に就任した高市早苗首相は笑顔が印象的な外交デビューで、華の有るスタートを切った。
政権発足直後の内閣支持率は各種調査で7割前後にジャンプアップ。米国のトランプ大統領との初の日米首脳会談後には、神奈川県横須賀市の米軍基地に停泊中の米原子力空母の上で、小躍りジャンプ迄披露し、まるでロックスター張りのパフォーマンス。現地で反トランプ運動を繰り広げていた市民団体は「唯一の被爆国で平和主義を掲げる日本の首相が原子力空母の上で小躍りは余りに不見識」と憤ったが、日米関係の専門家からは「嘗て、こんなに米軍に↘歓迎された首相はいない。新たな時代を感じさせた」との感嘆の声も漏れた。
小躍りは少々度が過ぎると思えるが、新任首相のご愛敬として看過しても良いレベルだろう。米軍基地内は日本ではなく、米国だからである。かと言って、〝ロックスター首相〟の前途が喝采ばかりだとは誰も思っていない。内外に課題は山積しているし、その問題を引き起こしている最大の原因がトランプ大統領だからである。政権の構造上の問題も抱えたままだ。維新との連合政権(連立政権ではない)は出来たものの、衆参両院で依然、少数与党であり、何時、政権運営に行き詰まってもおかしくない状況に置かれている。小躍りする状態では決して無い。↘
政権最大の救いは逆説的なのだが、あれこれ考える余裕すら無い事だ。首相自身が「ワークライフバランス(仕事と私生活の調査)という言葉は捨てる」との覚悟を示した通り、当面は我武者羅に動くしかないのだ。
臨時国会は懸案のガソリンの暫定税率の年内廃止で与野党が折り合い、補正予算審議も順調に進みそうだ。だが、此処迄は与野党共に織り込み済みの流れである。ご祝儀相場で波浪が一時的に止まっているだけと見ていいだろう。政権の真価は来年度当初予算の編成とその行方で問われるのだし、政権のパートナーである維新が拘る衆院議員定数の1割削減という難題も待ち構えている。高市政権は来年の↖通常国会からが本番なのだ。
蠢く早期解散論
日米、日韓、日中の首脳会談を無事終えた高市首相を巡り、自民党内には楽観論と悲観論が交錯している。微妙な空気の中心で蠢いているのは衆院の早期解散論である。楽観派は「高市さんを本格政権にする為には安定基盤が必要だ」と取らぬ狸の皮算用をし、悲観派は「何れ政権は行き詰まるから、支持率が高い内に解散するのが得策だ」と目論んでいるのである。「解党的出直し」等と大言を吐いていた面々は、衆院選で一気に挽回して多数政権を形成する夢を見始めている。「党の立て直し」も意識の中には有るのだが、衆院解散の4文字が脳裏に浮かぶと思考停止に陥る。懲りない面々の何時ものパターンである。
自民党中堅が語る。
「中国の習近平国家主席との首脳会談を見て、バランス感覚の確かさを感じた。トランプさんの時に振り撒いた笑顔と打って変わって、刺す様な眼差しで、先ず戦略的互恵関係の尊重を打ち出し、日本が抱く懸念も直言した。対中強硬派という個人の政治信条は抑制し、国益に即した実務的な対話の必要性を強調していた。イケイケと見られがちだが、高市さんは深謀遠慮も持ち合わせている。この人ならと思ったね。我々の汚名返上の機会が早晩来るんじゃないか」
高市首相が早々と靖国神社の公式参拝見送りを表明したのは公明党への配慮というより、直面する東アジア外交を見据えた上での政治判断である。「中国は嫌いだ」と外野でキャンキャン吠えるだけの面々とは次元が違うのである。自身の政治信条と国益を照らし合わせ、合理的且つ実利的に物事を決めるのは首相の最低限の資質である。首相になる迄と、なってからでは全く異なるのだ。
とは言っても、親台湾派(対中強硬姿勢)の高市カラーを完全に消し去れば、支持を失い兼ねないから、塩梅には腐心する。満面の笑みの日米首脳会談と真剣な眼差しの日中首脳会談の使い分けは「当初としては上出来だった」というのが東京・永田町界隈の評価である。一部のSNSが絶賛する程でもなく、野党が腐す程悪くもない。極めて普通なのだ。その普通の首相を頂いた自民党が早期解散論でもぞもぞするのは党内部が病んでいるからだろう。国政選挙の連敗で、国民の党離れが不安でならないのだ。早く手を打たないと先行きが危ういという焦りが、「前政権よりはまし」という消極評価を、何時の間にか「女性初にして最善の政権」へと勝手に昇華させ、「選挙すれば勝てる」という妄信を生み出している様だ。
自民党幹部が苦い顔をした。
「バカは直ぐ浮かれる。物価対策の補正予算を上げたら解散だとね。支持率が高いから勝てるんじゃないかと妄想を膨らます。しかし、そんな甘い状況じゃない。維新はあくまで半身だ。議員定数の削減に目鼻を付けられないまま、来年の通常国会で立ち往生し、野党に不信任案を突き付けられたらどうなる。維新が離反しない保証は何処にも無い」
少し気を持ち直して続ける。
「かと言って、党内の一部に見られる悲観論もおかしい。何もしていない内から、定数削減と税制論議(消費減税)で行き詰まるから、支持率が高い今の内に解散しようなんて、バカバカしい限りだ。それは、可能性を頭から否定する厭世主義に過ぎない」
この自民党幹部はこれ迄高市首相とは距離が有ったが、就任後の言動を見て女性宰相の力を再評価しているという。
「空母の上で小泉進次郎が踊ったら一発でアウトだろうな。高市さんにしか出来ない事だね。女性だから許されるという話でも無いんだな。高市さん固有のDNAなんだと俺は見ている。その正体は何だと思うかね」
関西のおばちゃんパワー?
高市首相は古都・奈良出身の初めての首相である。因みに関西出身の首相は極めて少なく、出身地に限定すれば滋賀出身で短命に終わった1989年の宇野宗佑元首相以来である。石破茂前首相、岸田文雄元首相、安倍晋三元首相は中国地方が地盤だ。只、3氏共、世襲議員であり、メインのベースは東京だった。菅義偉元首相は秋田出身だが、選挙地盤は横浜であり、朴訥な人柄とは別に首都圏色が濃い。
一方、高市首相は宇野元首相と同じ神戸大出身で、ローカル色が強い。松下政経塾出身ではあるが、来歴を見ると、叩き上げの部類だろう。イントネーションに関西訛りが残る言説は、そのタカ派的な主張とは裏腹に何処か人心をほっこりさせる力が有る。
「関西のおばちゃんだよな。相手が誰であろうと動じない。義理と人情の浪花節的な面が有るかと思えば、カネのやり繰りに長けていて計算高い。短期間しか見ていないが、関西のおばちゃんのつよさと強かさを感じるね」
確かに維新の主張に呼応する様に「自身を含めた閣僚の給与削減」を打ち出したり、日中首脳会談の傍ら、アジア太平洋経済協力会議(APEC)での台湾代表との会談もこなしたりする辺り、強かさを感じる。閣僚の給与減額には、国の財政肥大化への懸念を緩和する狙いも感じられる。「政府は予算の切り詰めにも努力している」との意図的なメッセージだろう。日台会談には中国が反発したが、これには「台湾の世界的な企業(TSMC)に熊本に進出して頂いたし、東日本大震災でも大変お世話になった。お礼を述べる機会が有ったら生かすのは人として当然だ」と抗弁するのだろう。
泣いても喚いても少数与党は当面、変わらない。高市首相の強かさが問われる局面が続く。




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