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未来の会

第190回 患者のキモチ医師のココロ
「医療がたいへんだ!」と国民が気づく日

第190回 患者のキモチ医師のココロ「医療がたいへんだ!」と国民が気づく日

 「経営」と「良質な医療」は両立するのか。

 あらゆる医療機関、あらゆる医師がその問題を突きつけられる時がついにやってきたようだ。

 日本循環器学会が今年の5月に出した「国民の皆様へ」というメッセージは衝撃的だった。その一部を引用しよう。

 「循環器内科医(心臓血管外科医、小児循環器医も同様です)を志望する若手医師が、その業務の厳しさから、昨今減少傾向にあり、今後増加が見込まれる診療ニーズと逆行しており、このままでは安定した高水準の診療サービス提供に影響が出かねません。」

 つまり、循環器医の“成り手”が減少しており、このままでは24時間体制などが維持できないというのだ。言うまでもないことだが、循環器科は急性冠症候群などの一刻を争う救急患者の緊急心カテなど、他科にも増して時間外の対応が多い科だ。循環器医の数が減って24時間体制が崩壊するということは、助かる命も助からないということに直結する。同学会はメッセージの中で、「柔軟なタスクシフト・シェアの認可及び合理的なインセンティブ」などを取り組んでいきたいとしているが、実際にそれがある程度、実現したとしても、それでどれほど「じゃ、そちらに進もう」と考える若手が増えるのかは不明だ。

NHKが総力をあげて「医療問題」を

 NHKは6月、いくつかの番組で「転換点を迎える日本の医療」というテーマの特集を組んだ。これまでも「コロナ病棟やへき地などの現場で奮闘する医療関係者たち」といった番組はしばしば放映されてきたが、今回は「疲弊して退職する医者が後を絶たない救急病院」「経営難に陥る医療機関」など、問題、葛藤、苦難に焦点が絞られていた。これらを見て、いま医療がどれほど厳しい状況にあるのか、気づいた視聴者もいるのではないか。

 とくに5月31日に放送された「ETV特集」は、“断らない病院”を掲げた医療機関の生々しい現実を描いており衝撃的だった。同番組で取り上げられていた神戸市立医療センター中央市民病院は、年間3万人の救急患者を受け入れ、厚生労働省の「救急救命センターの評価結果」で11年連続で全国第1位に選ばれた超優良医療機関である。ところが、年間の赤字は34億円。医師や看護師など現場のスタッフは疲弊しているが、一方で「働き方改革」で長時間労働ができなくなったことにより結果的に人員不足が生じ、医療の質を保つことがむずかしくなりつつある。いったいどこから手をつければよいのか、と見ていて胸が苦しくなったのは私だけではないだろう。

 「経営」と「マンパワー」の両方で苦境に立たされている医療機関はここに限ったことではない。国立大学病院長会議が5月9日に公表した2024年度収支決算の速報値では、42ある国立大学病院のうち25病院が現金収支でマイナスを計上、合計213億円の赤字を記録したことがわかった。2023年度は収支マイナスが16病院、赤字の合計は26億円だったのだから、いかに短期間で経営が悪化しているかがわかるだろう。同会議の会議長である大鳥精司氏は、昨年の記者会見で「大学病院がなくなるかもしれない次元」と述べ、今回の速報値を受けて「診療報酬の点数を上げてもらわないと、赤字の構造はなくならない」と明言している。

 医療機関の中でも公的総合病院や大学病院は、「むずかしい症例だから見ない」というわけにはいかない。とくに大学病院は教育の使命を担っているので、経営を優先することはできない。また、何より「患者さんの命が懸かっている」という中では、「人が足りないから」「お金がなくて検査の設備がないから」と言って手を抜いたり質を落としたりすることは許されない、という特殊性を帯びている。

 身内の恥をさらすようだが、私がいま働いている町立診療所も同様の赤字経営だ。町の中心部から40キロ離れた孤立地区に建つこの診療所がカバーする人口は2000人強。いわゆる“平成の大合併”で隣町と合併し、当時の町立病院を病床19にダウンサイジングして現在の診療所としたものだ。

私の診療所が消える日は来るのか

 もちろん中心部にも病院があるので、町全体の規模を考えれば、そこに機能を集約するのが合理的だろう。ところが先述したように中心部からは40㎞離れており、唯一の公共交通機関であるバスの便も非常に少ないので、当地区から気軽に通院するのはむずかしい。

 高齢者が多いこの地区では、急な発熱、腹痛、外傷の発生が連日のようにあり、外来対応や緊急入院のケースもそれなりにある。病棟があるので夜勤を含めて一定数の看護師が必要で、2人の常勤医は隔日で当直に入る。検査の設備を最低限そろえ、臨床検査技師や放射線技師も各1名ずつ配置。それだけでも人件費はかなりに上り、当然のことながら経営は赤字ということになる。

 毎月の全体会議や毎週の管理職会議では、いつも“経営改善”が議題となる。基本の「患者を増やして収益増」は、地区の人口が限られていること、現時点でも職員はギリギリの人数での業務となっていることを考えると不可能だろう。となると、残るのは「経費節減」しかないが、「病棟を閉めれば経費削減につながる」「常勤医を1名体制にしては」などのアイディアは地区の医療のニーズを考えればいずれも現実的ではない、という結論に至る。そして、「いつか町長は、『この地区の住民には申し訳ないが、町の医療は中心部の病院に統合する』と言うのだろう」

 SNSには、「年配の医者は『どうして若い医者は自由診療に行きたがるのか』と言うが、若手からすると『どうして保健診療を続けるのか』という気持ちだ」との医師からの投稿があった。もし最初から保健診療がセカンドチョイスだとしたら、赤字経営が続き、いつなくなるかわからないへき地の診療所での就労を志願する若いドクターがほとんどいないのも当然のことなのかもしれない。

 とはいえ、それでも他業種に比べれば医療機関はまだ安泰という声もある。感染症専門医の岩田健太郎氏は、SNS「X」に「米国の病院の倒産率は案外低く0.2%。日本は0.12%なのでそんなに差はない。(中略)日本の開業医の倒産率は0.04%と極めて低い。驚くことに米国はさらに低い」と投稿し、「ベンチャー企業の『生存率』は10年で6%。『倒産』ではなく『廃業』で計算しても、医療機関は0.47-0.58%、全産業では3.3%」とデータを元に指摘している。つまり、他の職種の人たちや企業はもっとずっと前から厳しい状況を生き抜いてきており、医療関係者が「赤字で厳しい。助けてくれ」と声を上げるのを、「なにを今さら」と冷ややかな目で見ているのかもしれない。

 ただ、このような中でも、「患者さんにしわ寄せがいくことはなるべく避けなければならない」という至上命題は忘れてはならない。それは、閉院や救急の中止など直接なことだけではなく、赤字増大や経費削減で追い詰められてイライラするあまり、「今日もこんなワガママな患者が来た」などとSNSに投稿するのは言語道断である。こんな厳しい時代だからこそ、医療倫理が問われている。「やってられないよ」と投げやりになることだけは、この仕事の場合、あってはならないのだ。

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