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「トランプ関税」は「ペリー来航」に匹敵する国難か

「トランプ関税」は「ペリー来航」に匹敵する国難か

野党に責任の共有を求めた石破政権の覚悟を問う

「幕末のペリー来航時、江戸幕府が諸藩に意見を求めたのと同じ。自分で決められない。責任を分散させたい。その結果結んだ不平等条約は長く我が国を苦しめる事になった。歴史は繰り返すと言うが、石破政権はどうなるのか」。日米外交史に詳しい官僚OBは、「トランプ関税」の発表を受けて石破茂首相が4月4日に与野党党首会談を開いたのを江戸幕府になぞらえて揶揄した。

諸藩に意見を求めて倒れた江戸幕府

 幕末期、鎖国体制の虚を突かれた幕府が慌てて諸藩に意見を求めたとされるが、長崎のオランダ商館等を通じて欧米列強の動向を事前に把握していた幕府が、米国の開国要求を受け入れざるを得ないと判断し、過激な攘夷論を抑える為に諸藩の意見を聞く形を取ったという見方も有力だ。一方、幕府のこうした姿勢が薩摩藩等の影響力を強める一因となり、後の明治維新に繋がったという見方も出来る。

 石破首相が会談したのは与党公明党の斉藤鉄夫代表、野党から立憲民主党の野田佳彦代表、日本維新の会の前原誠司共同代表、国民民主党の玉木雄一郎代表、共産党の田村智子委員長、れいわ新選組の山本太郎代表の計6人。会談で石破首相はトランプ関税の発動を「国難」と位置付け、「与党のみならず野党も含めた超党派で対応する必要が有る」と呼び掛けた。しかし、トランプ関税に対抗する妙案が各党に有る訳も無く、野田氏等がトランプ大統領との直談判を石破首相に求めた他、与党の公明党を含め財政出動による内需拡大策を求める意見が相次いだ。

 円安・物価高に苦しむ国内経済の状況を考えれば、トランプ関税に報復関税で対抗して貿易戦争に突入する選択肢は石破政権には無いだろう。かと言って、与野党が求める減税等の財政出動を野放図に行えば更なる円安・物価高を招き兼ねない。7月に参院選を控え、只でさえ財政出動圧力が強まる時期でも有る。衆院で与党が過半数の議席を有しない少数与党政権としては、与野党の要求を取り入れた補正予算を編成し、物価高対策の責任共有を野党に求めつつ、後半国会を乗り切ろうという算段だ。

 報道各社の世論調査で内閣支持率が低迷している要因の1つが、コメや野菜の価格高騰に象徴される物価高だ。有効な物価抑制策を講じられないまま参院選に突入すれば、昨年の衆院選に続き与党の敗色濃厚と見られて来た。そこへ降って湧いたトランプ関税の「国難」である。政治の焦点が物価高からトランプ関税対策に移り、補正予算の編成で野党にも責任を分散させる事が出来れば、参院選の争点を物価高以外に拡散させられるかも知れない。支持率低迷に苦しむ石破政権にとってトランプ関税が参院選の敗北を回避する「天佑」となるのか。

 石破首相は4月7日夜、トランプ大統領との電話会談で、日本の対米投資による米国経済への貢献を強調し、政府間協議を継続する事で合意した。トランプ大統領の好むディール(取り引き)に持ち込んだ格好だが、何をカード(取り引き材料)に使うかが悩ましい。トランプ大統領は自動車貿易の不均衡を槍玉に挙げるが、「アメ車」が日本で売れない原因は、非関税障壁ではなく、日本の道路事情に合わせた商品を投入出来ない米側自動車業界の努力不足と言わざるを得ない。第1次トランプ政権時の安倍晋三政権は米国産防衛装備品の大量購入で折り合いを付けたが、それが我が国の防衛装備体系を歪めたとの批判が燻る。トランプ政権肝煎りのアラスカの石油・天然ガス開発や日本製鉄によるUSスチール買収計画等で日本側に著しく不利な投資条件を押し付けられたり、関税の引き下げ交渉で成果が得られなかったりする様な事態になれば、批判の矛先は再び石破政権に向けられ、参院選での与党敗北—石破首相退陣のシナリオが現実味を帯びる。

 幕末に米英仏等との不平等条約締結を余儀無くされ、戊辰戦争を経て崩壊の道を辿った江戸幕府の二の舞を石破政権は演じるのか。現在の野党勢力には、幕末の「徳川」に取って代わった「薩長」に匹敵する有力政党は見当たらない。衆院に続いて参院でも与党が過半数を割る状況になったとしても、共産党やれいわ新選組を含む野党連立政権が誕生する展開は想像し難い。石破首相は退陣に追い込まれるだろうが、自公の枠組みに日本維新の会と国民民主党の何れかを取り込むか、又はその両方か。

軍事と経済のディールに潜むリスク

「年収103万円の壁」を巡って与党と協議して来た国民民主党が新年度予算の国会審議で最終的に反対したのは、参院選を前に与党に擦り寄った印象を持たれたくなかったからだろう。参院選が終われば衆参共に当面の国政選挙を気にしなくても良い状況が生まれる。参院で与党が過半数割れせずとも、衆院の少数与党体制を脱却する為に野党の一部を取り込む工作が始まるのは必至。その時、石破首相が続投するなら、右派色の強い維新や国民民主と組むより、保守中道路線で石破首相と親和性の有る野田代表率いる立憲民主党との大連立という選択も視野に入る。4月の与野党党首会談には共産党とれいわ新選組も招かれたが、共産主義と左派ポピュリズムが参院選後の政権に割り込む余地は無い。石破首相が責任の共有を求めたのは立憲民主、維新、国民民主の3党である。

 トランプ大統領は何故、石破首相とのディールに応じたのか。与野党党首会談では石破首相が「誰に話せばトランプ氏に伝わるのか分からない」とぼやく場面も有った。本稿冒頭の官僚OBは「経済・外交でトランプ政権の中枢と直接やり取り出来るパイプが無い」と指摘する一方、「防衛省だけは上手くやっている。ペンタゴン(米国防総省)との太いパイプを持つ番匠幸一郎氏(元陸上自衛隊西部方面総監)と半沢隆彦氏(元航空自衛隊航空教育集団司令官)を防衛省政策参与に起用した中谷元防衛相の人事が機能している」と分析する。中国の封じ込めを重視するトランプ政権と安全保障面の意思疎通が出来ており、対中国の最前線に位置する日本の重要性をトランプ大統領本人が認識しているからこそ、石破首相を無下に出来無いという見立てである。

 トランプ関税の発表に先立つ3月末、ヘグセス米国防長官が来日した際には、太平洋戦争の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)で石破首相も出席して日米合同慰霊式を開催。ヘグセス長官は「昨日の敵は今日の友。日米同盟はインド太平洋地域の自由、繁栄、安全、平和の礎で在り続ける」と同盟協力の重要性を強調して見せた。ヘグセス長官の来日前には、国内総生産(GDP)比3%への防衛費増や、在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)の増額要求を突き付けられるのではないかとの警戒感が日本政府内に広がっていたが、中谷氏とヘグセス氏の日米防衛相会談でそうした厳しい要求は一切無く、その後、石破政権に衝撃を与えた「トランプ関税24%」とのギャップが際立つ形となった。

 ヘグセス氏の来日は、自衛隊の統合作戦司令部が3月24日に創設されたタイミングと重なった。これは自衛隊と米軍が連携して中国に対抗する上での作戦調整機関である。トランプ政権は、核を含む抑止力を日本に提供する事を明確にする一方、中国が台湾に侵攻する台湾海峡危機を見据え、日本に軍事面の役割分担を求める姿勢を示している。ヘグセス氏は中谷氏との共同記者会見で「西太平洋で有事に直面した場合、日本は前線に立つ事になる」と語った。トランプ政権と軍事・経済のディールを行うとは、そういう事である。参院選後の政権の枠組みがどうなろうと、責任を共有する政党は其の事を覚悟しておく必要が有る。石破首相や斉藤、野田、前原、玉木各氏にそこ迄の覚悟は有るのだろうか。

ピート・ヘグセス米国防長官による表敬を受けた石破首相(首相官邸HPより)

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