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未来の会

第94回 組織的な防衛体制と的確な対応で 悪質ペイハラから医療従事者を守る(井上法律事務所所長 井上清成弁護士)

第94回 組織的な防衛体制と的確な対応で 悪質ペイハラから医療従事者を守る(井上法律事務所所長 井上清成弁護士)
企業等にカスタマーハラスメント(カスハラ)対策を義務付ける改正労働施策総合推進法が今年10月から施行され、病院でのペイシェントハラスメント(ペイハラ)にも適用される見込みとなった。クレーマー対策の強化に繋がると期待する声も聞かれる一方で、医師や看護師を始めとする職員の保護が義務付けられる為、被害から職員を守る方策を講じなければ、安全配慮義務を怠ったとして訴訟リスクを抱える事にもなり兼ねない。1月21日の「日本の医療の未来を考える会」では、昨年9月に続いて、本誌で「経営に活かす法律の知恵袋」を連載中の井上法律事務所所長、井上清成弁護士にペイハラ対策について講演して頂いた。
挨拶

原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)
勉強会も今夏に100回目を迎えます。国会では多くの議連が活動していますが、100回続く会は珍しく、発起人の1人として嬉しく思っています。民間の立場から医療政策を提言するという理念の下、更に邁進して参ります。政治では衆議院の解散総選挙が行われます。議員にとって大きな試練ですが、それを乗り越え、国の代表として活躍して頂きたい。

古川 元久氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員、国民民主党代表代行兼国会対策委員長)
カスハラ対策については、国民民主党としても力を入れて取り組んでいます。23日には衆院が解散、いよいよ真冬の選挙戦に突入しますが、私も堂々と戦い抜いていきたいと思っています。厳しい選挙となる事が予想されますが、再び国政の場に戻り、ペイハラや診療報酬等、日本の医療が直面している問題の解決に向けて頑張っていきたいと思います。

門脇 孝氏 「日本の医療の未来を考える会」医師団代表(日本医学会会長、国家公務員共済組合連合会虎の門病院 院長)
井上先生には昨年9月にもペイハラ対策について講演して頂き、大変好評でした。今回は前回よりも更に具体的な対策を取り上げて頂きます。患者によるハラスメントは以前にも増して大きな課題となっており、私も病院経営者の1人として無関心ではいられません。病院は患者を守ると同時に、医療従事者や職員も守る必要が有ります。

尾尻 佳津典日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)
前回の講演では、時間が足りないという声が数多く寄せられ、今回は時間を拡大し再度登壇して頂きました。ハラスメントは誰もが直面し得る問題で、私も昨年、或る社長のセクハラ裁判を傍聴しました。どれ程立派な人でも、裁判で被告席に立たされると、惨めな姿を曝け出す事になります。大変、難しい時代です。一生懸命勉強したいと思います。

交際採録
■10月からはカスハラ対策が義務に

昨年6月に労働施策総合推進法が改正され、企業等にカスハラ対策が義務付けられました。1月20日に開かれた厚生労働大臣の諮問機関、労働政策審議会の分科会で具体的な対策指針が纏められ、今年10月(予定)に法律が施行された後は、指針に基づいた対策が求められます。病院でも、指針に基づいてペイハラ対策を講じ、医師や看護師を始め職員を不当な要求等から守らなければなりません。

カスハラやペイハラへの対策は、嘗て「クレーマー対策」と呼ばれていました。病院等の医療機関では、医療事故を巡る問題が取り沙汰される様になった2000年頃からその存在は問題となっていましたが、コロナ禍を経てクレームの質が変化し、ボルテージも高まっています。病院が患者を「患者様」と呼び始めた事も影響してか、「客だから大切に扱われて当然だ」と勘違いし、病院に対して高圧的な態度を取る人が増えてきました。コロナ禍での社会の閉塞感の中で起きた事象とも見られていましたが、現在も、クレーマーによる被害は減っていません。

具体的には、SNSへの悪評の投稿、職員への過度な要求、長時間の居座り、職員の人格を否定する様な言動等が見られます。又、診察室内での会話や模様を無断で録音したり、録画したりする人もいます。そして損害賠償を求めて裁判を起こし、自分に都合の良い部分だけを証拠として提出する。極端な例では、医療過誤だと決め付けて、厚労省やマスコミに告発する人もいます。記者会見を開いて「病院に殺された」等と発言するのは、医療従事者へ対するハラスメントではないかとも感じます。

更に、医療事故が起きた際には第三者機関を設置して原因を特定し、再発防止策を検討する事が有りますが、そこで特定の医師や看護師のミスが原因だったと不当な評価を下すケースも見られます。公の場で個人のミスを追及する訳で、これも医療従事者に対する公開パワハラではないかと感じる事が有ります。

約1年前に注目を集めた、テレビ局の女性アナウンサーがタレントからセクハラを受けたという問題ですが、両者間で示談が成立したにも拘わらず、トラブルの詳細が報道され、社会問題に発展。その後、当時の社長ら幹部2人は会社側から50億円の損害賠償を請求されました。これは、幹部等が事態の重大性を認識し得たにも拘らず、タレントの起用を取り止めたり、被害者のアナウンサーを保護したりする等の適切な措置を取らず、結果的に会社に損害を与えてしまったのが理由です。ハラスメント問題には労働者保護の側面が有る事を忘れてはいけません。

今年10月(予定)からは企業の規模を問わずカスタマーハラスメントへの対応が義務付けられます。経営者はハラスメントへの適切な対応を怠れば、訴訟リスクが有るという事を知っておく必要が有ります。

■ペイハラ対策は手順の着実な遂行が重要

ハラスメント事案の発生に際し最も重要なのは、手順を踏む事です。ハラスメントの形態は様々で、それぞれ個別の事情が有る。どの様に解決するかは常識に基づいて判断するしかなく、病院側の裁量の範囲内です。似た様なケースでも、病院によって判断が分かれる事が有るのも当然です。

しかし、どの様な判断をしようとも手順だけは着実に踏んでおかないと、事実を隠蔽したと見做される恐れが有ります。前述のテレビ局でのセクハラ問題でも、被害を公表せずにいた事ではなく、局側が適切な対応を取ったかどうかが厳しく問われました。本来セクハラ問題は、被害者側が望まない限り、プライバシー保護の為にも公表しない方が良い。ましてや弁護士同士が話し合いを進めていた訳ですから、会社が推移を見守っていたのも間違いだったと迄は言えない。しかし、会社としては「適切な対応を取った」というエビデンスを残す必要が有った。それを怠った為、被害を隠蔽しようとしたと糾弾される結果となってしまいました。

ハラスメント対応等に於いては、調査等に時間を掛け、適切に記録を残し手続きを進めるのが弁護士の仕事です。テレビ局の事案も、弁護士の力を借り社内で適切な手順を踏んでいれば、あの様な騒動にはならなかった筈です。

医師の場合、手早く物事を進めたがる人が多い。しかし、これはトラブルの対応としては良くありません。トラブル対応は急げば急ぐ程拗れ易い為、相手の対応を見ながら時間を掛ける方が良い。その為には、個人ではなく、組織として対応する事も重要です。個人が早く解決しようと焦れば焦る程、悪い方向に行きがちです。組織として打つべき手を打てば、後は相手の様子を見ていればいい。「時が解決してくれる」という言葉が有る様に、時間が経てば、相手の怒りも自然と収まるかも知れません。

医療機関がペイハラ対応に苦慮する大きな原因として、応招義務の存在が有ります。治療の求めが有った場合、医師は正当な事由が無い限りそれを拒んではならず、違反すれば行政処分や損害賠償請求を受ける可能性も有ります。しかし、応招義務が有るからと言ってペイハラを我慢する必要も有りません。19年の厚労省通知に於いても「患者の迷惑行為の様態に照らし、基礎となる信頼関係が喪失した場合新たな診療は行わない」と明記されています。

応招義務に違反せずにペイハラ対策を実施する為には、「予防」と「段階的対応」の2点がポイントとなってきます。

先ず「予防」については、クレームや不当な要求を繰り返す患者に対し、病院側は施設管理権に基づいて診察を拒否する事が出来ます。

その為には、待ち時間のクレームを防ぐ為に「診療の都合により順番が前後する、又は予約時間を超過する場合が有る」等の掲示が有効となる他、迷惑行為・暴力等に対し断固とした対応を執る事を規定し、その旨ポスターやホームページ等で掲示しておくと抑止効果にもなります。

次に「段階的対応」については、診療契約が鍵となります。これも施設管理権と同様、違反した場合は契約関係を終了し、患者の立ち去りを命じる事が出来ます。

診療契約とは、病院は医療を提供し、患者は医療費を支払うという法的な合意です。それに付随して、病院は診療内容や病状について説明する責任が生じると同時に、患者側も診療行為に協力する義務を負うとの考え方です。この為、クレームや暴力等によって信頼関係が損なわれた時には、関係を終了させ医療提供も取り止める事が可能です。その際、患者の迷惑行為に関して、カルテ以外に時系列でメモを残す事や、行為が繰り返された際は誓約書の記載を求める他、誓約書の記載を拒否したり行為の程度が重大な場合は診療の継続が困難である事を伝える通知書を送付する事も有効です。

尚、一度クレームが有ったからといって、直ちに医療の提供を終了するのは性急です。誓約書や通知書の様な段階的な手順を踏み、再三の注意にも応じなければ提供終了も検討する。院内規則を作成する時は、こうした「段階を踏んだ着実な遂行」という観点に基づき内容を整備しておくと良いでしょう


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