
地域別の特色: アジアの動向
ウェルネスツーリズムの展開には、地域ごとの特色も見られる。アジアでは、豊かな伝統医療資源やリゾート資源を背景に早くから健康志向の観光が発達してきた。例えばタイは2000年代初頭に政府が「世界のウェルネスツーリズムのハブになる」と宣言し、スパや伝統マッサージ、医療サービスを組み合わせた統合的なヘルスツーリズム産業の育成に注力してきた。タイはその後、バンコクやプーケットに高級スパや医療施設を併設したリゾートを多数誘致し、東南アジア屈指のウェルネス観光大国となっている。
インドもまたアーユルヴェーダ(伝統医学)やヨガ、瞑想など独自の健康文化を観光資源化してきた国であり、ケララ州などには海外からアーユルヴェーダ療養を求める長期滞在者が訪れている。またバリ島(インドネシア)や、筆者も1度視察に行ったスリランカも、スパやヨガリトリートの名所として国際的に人気が高い。アジアのウェルネスツーリズムは、伝統医療や精神修養の文化とトロピカルなリゾート環境を強みとしており、欧米からの旅行者にとってエキゾチックで本格的な癒やし体験を提供する場となっている。
地域別の特色: 欧米の動向
一方、欧米に目を向けると、ヨーロッパもまた古くから「湯治(クア)」「スパ・リゾート」の伝統が根付いた地域である。ドイツやフランス、オーストリア、チェコなどには温泉療法や気候療法を提供する保養地が数多く存在し、歴史的に貴族や富裕層の社交場でもあった。現代でもドイツやスイスでは医師の処方に基づき温泉滞在や転地療法が保険適用される場合があり、医療と観光の中間領域としてメディカル・スパ産業が発達している。温泉が日本のお家芸というのは間違っている。
ヨーロッパのこうした伝統は、近年のウェルネスブームで再評価され国際観光客にも開放されている。例えばハンガリーのブダペストやチェコのカルロヴィ・ヴァリといった温泉地は、治療目的のみならずリラクゼーション目的の旅行者も多く訪れている。また、意外に思われるかもしれないが、北米(アメリカ合衆国やカナダ)では、現代的なウェルネスリゾートやスパが豊富に存在する。米国はウェルネスツーリズムの国別市場規模が世界最大(22年時点で約2560億ドル)であり、ヨガやメディテーションのリトリート、アウトドアフィットネスと豪華ホテルを組み合わせたプログラムなど多様な商品が展開されている。アメリカや欧州の富裕層にとって、長期休暇を利用して2週間程度のウェルネス滞在を行うことは珍しくなく、高価格帯のリトリートやデスティネーションスパへの需要が根強いという。欧米のホテル業界もウェルネス志向を取り入れ、Six SensesやBanyan Treeといった国際的ブランドが高級ウェルネスリゾートを世界展開している。こうしたブランドは欧米人客を中心に長期滞在需要を喚起し、ウェルネスツーリズム推進のエンジンとなってきた。ちなみに両ブランドともに近年、京都に開業している。
今後の市場
地域別の消費の成長を見ると、先進国が依然として大きな市場シェアを占める一方で、新興国でも需要が高まりつつある。20年時点のウェルネスツーリズム支出上位9カ国は米国、ドイツ、フランス、オーストリア、スイス、日本、イタリア、英国、オーストラリアと全て先進国が占めた。特に欧米の比重が大きく、ある試算では世界のウェルネス観光収益の約39.7%が北米を目的地とする旅行商品から生じている。
しかし人口増加と経済成長が著しいアジア太平洋地域は、今後ウェルネス旅行の重要市場として台頭すると見られる。中国やインドなどでは中間層の拡大と高齢化の進展に伴い、富裕層・中間層による国内外への健康志向旅行が増加する潜在性が高い。実際、ウェルネス分野への関心は日本語圏でもコロナ禍以降急上昇している。日本では「ウェルネス」「リトリート」「ウェルビーイング」といったキーワードの検索頻度がコロナ後に顕著に伸び、例えば「ウェルネス(ツーリズム)」という単語は18年比で30倍以上に急増したとの分析もある。このように、欧米に限らずアジア各国でもウェルネスツーリズムへの注目度が高まり、市場の地理的重心も多極化しつつある。
日本における動向
日本においてもウェルネスツーリズムは徐々に注目され始めている。日本は元々、温泉や森林浴、発酵食品、禅や伝統武術など健康増進に資する多様な地域資源を有しており、「ウェルネスの宝庫」であると指摘されている。例えば日本の温泉文化は古来より湯治(とうじ)と呼ばれる療養慣習があり、人々が温泉地に長期逗留して湯浴みや食養生で体調を整える風習が続いてきた。現代では温泉宿泊と観光を組み合わせた旅行商品が主流だが、近年、温泉の医療的効果(血圧改善やストレス軽減等)を科学的に検証する「新・湯治」プロジェクトも環境省主導で行われ、温泉をウェルネス観光に活用する動きが見られる。また森林浴(Forest Bathing)も1980年代に日本で生まれた概念で、森の中で過ごすことでストレスホルモンの低減や免疫力向上に効果があるとされ、現在では「Shinrin-yoku」として海外でも知られる。長野県などでは森林セラピー基地を整備し、専門ガイドが案内する森林浴ツアーが外国人にも人気を博している。食の面でも、日本食は世界的にヘルシーな料理として評価が高く、発酵食品(味噌・漬物など)づくり体験や精進料理体験など食養生と観光を結びつける試みも行われている。
もっとも、日本のウェルネスツーリズムは欧米やタイに比べ産業化の進展が遅れているとの指摘もある。課題の1つは、日本の観光産業側が自国のウェルネス資源の価値に気づくのが遅れた点である。例えば訪日外国人旅行者の中には日本の温泉や森林浴、禅体験などに高い関心を示す層がいるにもかかわらず、受け入れ側である地域や施設がそれを積極的にウェルネス観光商品として打ち出せていない。このあたりは医療ツーリズムと同じである。
しかしながら近年、自治体やDMO(観光地域づくり法人)レベルでウェルネスツーリズムに取り組む例が少しずつ増えている。例えば長野県の山間部でヨガリトリートを誘致したり、沖縄県で伝統的な薬草を使ったプログラムを観光商品化する動きなどが報じられている。旅行業界の報告書でも「日本のウェルネス資源を活かし高付加価値な体験を創出」といった提言がなされており、インバウンドの単価向上策や地方創生策としてウェルネス分野への期待が高まっている。特にコロナ後、健康志向と近場志向から国内で安心安全に参加できる健康ツアーの創出も注目され、地方自治体が地元住民向けと観光客向けの双方を意識したヘルスツーリズム事業を企画する例も出ている。
以上のように、日本でも潜在需要に対する機運が高まりつつあり、今後は欧米やアジアの成功事例を参考にしながら、独自のウェルネスツーリズムを磨き上げていく段階にあるといえる。
参考資料
JSWT 2024 JAPAN SPA&WELLNESS TOURISM ASSOCIATION Annual Report Vol.10
世界的潮流を踏まえた魅力的な観光 コンテンツ造成のための基礎調査事業 調査報告書 国土交通省観光庁 2024年3月29日
https://globalwellnessinstitute.org/global-wellness-institute-blog/2023/11/28/wellness-tourism-will-cross-the-1-trillion-mark-in-2024/
European Travel Commission (ETC) and World Tourism Organization (UNWTO) Exploring Health Tourism Executive summary
調査レポート「ウェルネスツーリズム2024」を発表、世界における定義から事例、日本のポテンシャルまで(ダウンロード無料) ートラベルボイスREPORT2024年08月26日
株式会社MELNA https://melna.jp/news/Wellness-tourism-start


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