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未来の会

ロボット支援手術がもたらす“進化の代償”

ロボット支援手術がもたらす“進化の代償”

制度・教育・倫理の再設計で医療技術と患者利益の両立へ

手術室の静寂を破る様に、無機質なアームがゆっくりと動く。外科医は、患者から数m離れたコンソールで手元のグリップを微細に操作し、先端の鉗子を自らの指先の様に器用に動かす。その姿を初めて見た人は、誰もが「未来の医療だ」と感じるだろう。それが、近年外科手術を席巻しているロボット支援手術(以下、ロボット手術)である。

嘗て「神の手」と呼ばれた外科医の技を、機械が精密に再現する時代が訪れた。しかし、その華やかな進化の裏で、医療現場には新たな重荷がのし掛かっている。高額訴訟の増加、採算の取れない高コスト構造、そして若手医師の技術継承の断絶。ロボット手術がもたらしたのは、単なる技術革新ではなく、医療という営みの構造的変化である。

過度な期待が招く“技術の罠”

医療の進歩とは、本来“人を救う手段の洗練”である筈だ。だが今その進歩が病院経営・制↙度・教育という別の軸で歪みを生み始めている。進化の名を掲げながら、医療は何処へ向かおうとしているのか。先ず、その現実を端的に示す事例から見たい。

2019年に鳥取大学医学部附属病院で行われた胸部腫瘍切除のロボット手術で、術中に医師が血管を損傷した事により、重い後遺障害を負ったとして、患者側が1億7500万円の損害賠償を請求する訴訟を起こした。25年5月、同院が1億5000万円を支払う和解が成立している。これは、ロボット手術が訴訟リスクの増大を招くという現実を示す、象徴的な事案である。

背景には、患者側のロボット手術への過度な期待が在る。「最新技術なら、より確実にがんを取り切れる筈だ」——そう信じた結果、再発や合併症が起これば「機械のせい」「医師の操作ミス」と糾弾の矛先が向かう。だがロボットは飽く迄外科医の手術を“支援”する装置であり、治療結果を保証する物ではない。執刀医がコンソールで操作を行い、状況により開腹手術へ切り替える判断がなされる事も在る。

実際、ロボット手術の中で最も症例の多い前立腺がんを例に取ると、ロボット支援前立腺全摘術の根治性は従来の開腹術・腹腔鏡手術と大差が無い。がん治療に於ける根治性の指標とされる術後5年生存率や再発率に於いて統計的有意差は認められず、「ロボットだから治る」とは言えないのが現実である。これらの研究結果は、近年ロボット手術が続々と適用されている他がん種に於いても同様である。

では、ロボット手術と従来の手術で何が違うのか。それは、整容性・入院期間・術後疼痛といった“快適性”である。傷が小さく、出血が少なく、回復が早い——つまりロボット手術は「より確実に治す」医療ではなく、「身体的・心理的負担を最小化する医療」だと位置付けるべきである。

しかし、この本質は社会に十分には伝わっていない。高価な機器と“最先端”のイメージが、患者に過度な期待を抱かせてしまう。医師も又、その期待を完全に↙は制御出来ず、結果として訴訟リスクを高める構図が生まれている。ロボット手術の進化は、医学の勝利であると同時に、信頼のマネジメントが問われる時代の到来であるとも言えるだろう。

ロボットがもたらす費用と効果のジレンマ

代表的な手術支援ロボットである“ダヴィンチ”は、国内では機種や構成により導入費用が約2〜3億円前後。更に年間保守費用が2000〜3000万円、1件当たりの専用器具やトロカール等の消耗品費が10〜20万円規模とされる。こうした高コストを抱える中で、病院には「導入した以上は一定数の症例を確保しなければならない」という経営上の圧力が生まれる。

だが、診療報酬の実態は厳しい。ロボット手術の多くは、実際の手術点数が開腹術や腹腔鏡手術とほぼ同じであり、ロボット手術加算が認められているのは前立腺全摘や腎部分切除、胃切除等ごく限られた術式に留まる。つまり、術式や症例構成によっては実施件数が増える程赤字が拡大し得るのが現状だ。更に、医療保険でロボット手術を行う為には、厚生労働省の施設基準を満たす必要が有る。この基準には前立腺全摘等術式毎に年間症例数が定められている。その為、症例の少ない施設では、基準維持の為に適応外の症例に迄ロボット手術を適用するケースも散見される。だが、本来の適応を超えた手術が増える程、安全性と倫理の境界は曖昧になり、医療の根幹である患者利益の最優先”が揺らいでいく。

特許の満了が変えた市場の地図

こうした経済的圧力の裏側で、市場構造にも転換が起きている。特許権の存続期間は通常、出願から20年とされ、99年に発売されたダヴィンチの基本特許も又20年を経て順次満了を迎えている。これにより、Intuitive Surgical社の独占的局面が緩み始めている。そして、19〜20年前後を境に各国メーカーの参入が相次ぎ、競争と選択肢の拡大による市場の再編成が進んでいるのだ。

現在、世界的にはアイルランドのメドトロニック社による“ヒューゴ”がシェアを拡大しつつあり、欧州や日本に於いても既に導入が進んでいる。これに続くのがイギリスのCMR Surgical社Versius ”、韓国のmeere company社のRevo-i”、そして中国の微創医療(MicroPort)である。更に日本では、川崎重工とシスメックスが共同開発した国産ロボットヒノトリ”が20年8月に薬事承認を取得し、実臨床への導入が進んでいる。

この“多極化”は、表向きには競争促進による価格低下や技術革新をもたらすかに見える。しかし、現実には、メーカー・病院・学会が絡み合う新たな利権構造が形成されつつある。導入契約、保守契約、消耗品供給、トレーニング認定その全てが特定企業のシステムを前提に設計されており、技術の標準化や教育体制にも影響を与えている。ロボット手術市場は今や医療技術の競争から装置プラットフォームの覇権争いへと姿を変えつつある。

技術継承と医師教育の再設計

ロボット手術の普及は、若手医師の教育にも影響を及ぼしている。近年は、高精細な手術動画やオンライン教材の充実により、手技の学習環境そのものは従来に比べ大きく改善した。熟練医の操作映像を繰り返し視聴出来る様になっただけでなく、シミュレーターで手技を練習する事も可能であり、教育効率という点では進歩と言える。

一方で、開腹手術の実地経験が減少している事が課題となっている。全国の手術症例データベース(NCD)によれば、主要術式に於ける腹腔鏡比率(ロボット手術を含む)は年々上昇し、開腹手術の占める割合は縮小傾向に在る事から、若手医師が開腹症例を経験する機会は、構造的に減少している事が示唆される。

だが、ロボット手術中に予期せぬ出血や臓器損傷等のトラブルが発生した際には、開腹手術へと切り替えて対応する必要が在る。そうした場面に於いて、手術経験の乏しい若手医師が十分に対処出来ないというケースは実際に報告されている。ロボットを使いこなす能力と、緊急時に自らの手で止血・修復出来る能力は、別物である。

22年に発表された、日本内視鏡外科学会による「内視鏡外科手術に関するアンケート調査」によれば、急性腹症や消化管穿孔等の緊急手術における腹腔鏡比率は20〜30%程度に留まる。特に消化管穿孔や腸閉塞、腹膜炎等の症例では、出血や癒着のリスクが高く、依然として開腹手術が標準的対応とされている。出血リスクや視野確保の制約等、機械では対応出来ない突発的な出血や臓器損傷に備える為には、外科医としての「手の経験」を維持する必要が在る。

ロボット手術は、外科医療の未来を象徴する革新として普及した。しかし、その進化は光と影を併せ持つ。改めて、ロボット手術は“より良く治す”医療ではなく、“より快適に治療を受ける”医療であるという価値を社会が正しく理解し、制度・教育・倫理の再設計を進めなければ、進化は医療の持続性を損なう両刃の剣となるだろう。技術の発展と人の技の共存こそ、これからの医療が進むべき方向である。

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