SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

医師の羅針盤となる2冊の本

医師の羅針盤となる2冊の本

今回は、若手やベテランにも薦めたい2冊の本についての話をしたい。新しい感染症の出現で大変な1年を送ったドクターたちに特に読んでもらいたいが、どちらもいわゆる専門書ではない。

 1冊目は、「読書猿」というペンネームでネットを中心に活躍するブロガーが書いた『独学大全』(ダイヤモンド社)だ。

 750ページもの大著だが、通読する必要はないので安心してほしい。この本はその名の通り、学校以外の場所でいかに人が調べ、学び、自分を育むかが、実にシステマチックに書かれた実用書である。

 冒頭の「何を学べばよいか」というテーマの見つけ方や動機づけについては、私たち医師は読む必要はない。「日常の診療に役立つ最新の知識を学びたい」「臨床中心の日々だが研究もしたいのでその準備の勉強がしたい」など、その部分についてははっきりしているからだ。

 文献の探し方や整理の仕方のパートも多く、医師にはおなじみだろうが、今はネットでも世界の様々な資料にアクセスできるので、その技法をまとめておくには役立つはずだ。

 私にとって有益だったのは、様々な読書法の紹介のあとの「鈴木式6分割ノート」「レーニンノート」などの読んだ文献の要約法だった。

 論文や書籍を読むと、大事だと思った箇所に傍線を引いたり、パソコンのメモ帳機能を使ってキーワードを書いておいたりはするが、あとで見返しても、それがいったい何だったか思い出せないことがほとんどだ。 

 最近はその本を読んだことさえ忘れてしまい、何年もたってからふと出てきたメモ帳に「そう言えば、こんなに良い本を読んだのだった!」と自分のことながら驚くこともある。まったく情けない。

読んだ物をフォーマットでまとめる

 それを防ぐためには、今さらだがノートを用意して、決まったフォーマットに従って読んだもの、学んだものをまとめておくのが一番良さそうだ。

 あと、忙しいドクターたちには、時間の捻出法に関する本も役に立つかもしれない。自由に使える「ホワイト時間」と仕事などで制約される「ブラック時間」の間の「グレー時間」を活用せよ、という教えなど、私には耳が痛い話ではあったが「今こそ意識して改善すべき」とも思った。

 このように、何か画期的なことが書かれているわけではないのだが、自分の毎日を見直し、少しでも勉強や研究に向かう態勢を作り直すのに大いに役立つ。

 英語や数学など各科目の独学の仕方も具体的に書かれているので、特定の分野の学び直しをしたい人にも有益だろう。

 実際、本書はビジネスマンやシニア層に大変売れているそうで、「日本には勉強したい人が大勢いるんだな」と頼もしい気持ちになれた。

 さて、本書で勉強法を整理できたら、次にぜひ読んでほしいのは総合診療医・國松淳和氏が一般向けに書いた『医者は患者の何をみているか—プロ診断医の思考』(ちくま新書)である。

 診断推論の名手である著者は、1人の患者さんを目の前にしたとき、どのようにプロブレムリストをあげ、検査の計画を立て、結果をどう判定して診断をつけ、治療方針を組み立てるか。そのプロセスが丹念に記述されている。

 國松氏は一般の読者に向け言う。「プロ診断医の思考行為というのが、解剖学や生理学のような基礎的な『地味な』学問の固い地盤の上に成り立つこともわかっていただけたと思います。流行り廃り、チェックリストのようなものの穴埋め、ネット検索、などで読み取れるほど、診断は甘くはないのです」。

 まったくその通りなのであるが、私は医師として「あなたはどうなの?」と問い掛けられている気がした。基礎的な学問の上に立って診断をしようとしているか。流行り廃り、チェックリスト、ネット検索などにまったく依拠していないと言えるのか……。

 また國松氏は、「医師という社会的存在と患者さんとを結び付けるものは、要するにまともな社会通念と科学的根拠で揉まれた一般的アプローチです」とも述べる。

膨大な知識をアップデートする術

 私たちはとかく「神の手」「神の目」にひかれ、患者がそういう医師を求めるのはもちろん、医師側もどこかに神さまのように診断し、治療を行えるコツがあるのではと思ってしまうが、そうではない。やはり先の『独学大全』などを参考にしながら、地道に知識や経験を積んでいくしかなさそうである。

 ただ、一方で國松氏は、医師に対してのエールとも取れる言葉も繰り返す。それは、「脳内は自由」と「自分なりの感覚を信じる」の2つだ。

 基本はあくまで、科学的、常識的、名人芸を求め過ぎない。でも、もしそれが診断学のすべてだとしたら、いずれ医師はAIに負けてしまいそうだ。

 もちろん、その方が患者さんに益があるなら、それでもよいかもしれないが、おそらく「人間の医師がまったく介在せずにAIが診断を下す」という仕組みには永遠にならないのではないか。

 それは、まさに國松氏が言うように、人間の脳には無限の自由があり、そしてそれぞれの人が自分なりの感覚を有しているからである。その感覚を大切にすれば、外来などで「時間に追われる」状態から、「時間をみて、動かす」状態にもなれるという。経験的には「なるほど」と思える。

 とは言え、そこでもちろん「ほら、やっぱり自分の感覚が重要なんだ。私は自分の直感を信じて、これからも診療を行う」という結論に至るのは、大きな間違いだ。

 直感を磨くためにも、私たちは膨大な知識を身につけ、さらにそれをアップデートしていかなければならないからだ。

 そのためにも、『独学大全』で……とこの話は循環論法に陥るわけだが、新型コロナウイルス感染症の拡大という未曽有の事態に直面した2020年の後半、この2冊の本は特に私たち医師にとって改めて考えておくべきことを教えてくれる良書である。

 ぜひ新しい年の羅針盤として、多くのドクターたちにも2冊セットで読むことをお薦めしたい。

 私も来年の今ごろ「そんな本、あったっけ?」とならないように、読書ノートを作って、そこにしっかり要約しておくことにしよう。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top