SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

東京発・総合診療の新展開

東京発・総合診療の新展開
地域の小中規模病院から始まる「治し、支える」医療への再構築

急速に進む少子高齢化は、地域の医療提供体制に嘗てない圧力を与えている。2040年には総人口の約35%が65歳以上となり、85歳以上の人口も大幅に増加すると推計される。疾病構造が変化し、複数の慢性疾患を抱える患者が増える中で、専門領域の枠を超えて横断的に診療を行える医師の存在が求められている。

こうした課題を共有し、持続可能な地域医療モデルを東京から発信しようと、10月25日、順天堂大学に於いて「第1回TOKYO総合診療シンポジウム」が開催された。共催は順天堂大学医学部総合診療科学講座、一般社団法人コミュニティ&コミュニティホスピタル協会(C&CH協会)、及び地方独立行政法人東京都立病院機構の三者である。行政、大学、病院が垣根を越えて連携し、総合診療の未来を語り合う場として、医療関係者の注目を集めた。

開会に当たり、東京都医師会の尾﨑治夫会長は、総合診療医育成の重要性を強調した。「東京は高齢化のスピードが速く、医療ニーズの多様化も顕著である。専門医偏重から脱し、地域を診る総合診療医の育成を加速させなければならない」。その実践例として、都立病院や大学と協働し、地域の中核病院で研修を行う「T-GAP(Tokyo Generalist Alliance Project)」の成果を紹介した。続いて小池百合子東京都知事からもビデオメッセージが寄せられ、「2050年には都民の3人に1人が高齢者となる。多様な疾患や生活課題に寄り添う総合診療医こそ、東京の医療を支える柱である」と述べ、行政としての支援を表明した。

地域の小中規模病院が担う「治し、支える」医療

基調講演で香取照幸氏(一般社団法人未来研究所臥龍代表理事)は、厚生労働省での改革経験を踏まえ、日本の医療システムの変化と地域の小中規模病院・総合診療医に期待される役割について論じた。日本の病院の約7割は200床未満で、8割が民間の独立採算制である。点在によるアクセスの利点は有ったが、人口減少と高齢化で持続性が揺らいでいると指摘する。

香取氏は「日本の医療の大半を占める地域の小中規模病院が変わらなければ、未来の日本の医療は描けない」と警鐘。40年を前に、病院は「治療の場」から生活を支える拠点への機能転換が要るとし、コロナ禍の発熱外来・救急逼迫を“予行演習”と捉えた。

医療提供体制は①治すに特化した高次機能病院、②地域で治し支える病院の2層へ再編し、後者の担い手が地域の小中規模病院であるとした。介護・在宅との連携と多職種協働を強め、QOL向上と医療の効率化を両立させる。「地域の小中規模病院をコミュニティホスピタル(CH)へ転換する事こそ、持続可能な医療への第一歩である」と結んだ。

ホスピタリストからエクステンシビストへ

次いで登壇した安本有佑氏(板橋中央総合病院救急総合診療科診療部長)は、市中急性期病院での実践事例を報告した。同院では、医師が急性期から回復期、在宅まで切れ目なく関わる「エクステンシビスト(Extensivist)」モデルを導入し、ホスピタリストの概念を更に拡張している。急性期での治療に留まらず、退院後の生活支援や在宅フォロー迄視野に入れた新たな総合診療体制である。

整形外科とのコ・マネジメント体制を確立し、手術前後の全身管理を総合診療医が担う事で、急変率は低下し、在院日数は短縮、手術件数も増加した。又、地域包括ケア病棟や在宅診療所とのカンファレンスを定期化し、医療・介護・福祉の情報共有を促進している。更に東京大和病院への総合診療医派遣を開始し、電子カルテを相互閲覧出来るシステムを構築。病病連携によって地域全体の医療資源を有効活用する仕組みを整えた。

安本氏は「総合診療医は、病院内の調整役に留まらず、地域を繋ぐコーディネーターとして機能しなければならない」と述べ、都市部での多職種連携の重要性を訴えた。

今後は教育プログラムを体系化し、他地域にも再現可能な「東京型エクステンシビストモデル」を構築する事を目指している。

経営と教育を統合するコミュニティホスピタル

小笠原雅彦氏(同善病院副院長/C&CH協会統括PD)は、「コミュニティホスピタルの経営再建と総合診療医の活躍」と題し、地域に根差した病院改革の実践を紹介した。同善病院は1886年創立、139年の歴史を持つ老舗病院である。地域の高齢独居世帯率が全国でも高い台東区に位置し、療養・リハビリ・在宅支援を一体で提供してきた。小笠原氏は、こうした地域特性に対応する為に「健康づくり・まちづくり・人づくり」の三本柱を掲げた改革を推進している。

同改革は、①健康づくり、②組織づくり、③コミュニティ支援、④人づくり、⑤事業改善の5つの中核活動を基盤に段階的に展開された。総合診療医3名からスタートしたチームは、25年には常勤10名体制へ拡充。院内に「コミュニティ支援室」「人づくり推進室」「経営企画室」の3部署を新設し、医療・教育・経営を統合した運営体制を整えた。これにより地域包括診療料の算定、在宅患者260名への対応、職員数の倍増、退職率の74%減少等、経営面でも顕著な成果を上げている。

小笠原氏は、「コミュニティホスピタルは単なる地域医療機関ではなく、教育と経営を両輪とする“地域作りの拠点”である」と定義する。若手医師や看護職、リハビリ専門職が学びながら地域医療に貢献出来る仕組みを整え、病院を人材育成の場として機能させている。総合診療医が経営や教育にフルコミットするこのモデルは、急性期と診療所の間を繋ぐ“第3のキャリアパス”として注目を集めている。

教育とリスキリングで再構築する医療

石田岳史氏(東京科学大学病院総合診療科教授)は、「大学における総合診療教育の実践と課題」を講じた。兵庫県出身の石田氏は、1995年の阪神・淡路大震災で被災地医療に従事した経験から、「身体だけでなく生活と社会を診る医師」の必要性を痛感。以後、但馬地域の9病院を「急性期2+地域支援7」に再編し、総合ホスピタリスト制度を導入して専門医と総合診療医の協働体制を築いた。

さいたま市民医療センター副院長時代には、紹介率90%・逆紹介率100%を達成し、地域完結型医療のモデルを実証した。石田氏は、医療需要がピークを迎える2040年に向け、大学病院と地域の小中規模病院が協働して総診医を育てる「大学×コミュニティホスピタル協働育成モデル」の必要性を強調。既存の施設・機器を活かし、大学は教育・研修、地域病院は実践・連携を担う双方向の仕組みを提案した。又、臓器別専門医のリスキリングを急務とし、専門性を保ちながら総合診療の視点を再獲得する教育体系の整備を訴えた。最後に「これ迄の医療は“やりたい事をやる”医学だったが、これからは“社会に求められる医療をやる”覚悟が必要である」と結んだ。

東京発の地域医療モデルへ

本シンポジウムでは、行政・大学・病院という立場の異なる登壇者が、何れも同じ方向を示した。即ち、医療を「治す」から「支える」へ転換し、地域全体で生活を守る仕組みを築くという理念である。香取氏は制度設計と政策的視座を、安本氏は急性期現場の成果を、小笠原氏は地域病院の経営改革と教育の統合を、石田氏は大学教育とリスキリングの方向性を提示し、相互に補完して、地域の小中規模病院を核とする新たな総合診療像を描いた。

東京は高齢化が先行する都市であり、ここで確立されるモデルは他地域にも波及し得る。地域包括ケアを軸に、医療・介護・教育・経営が連携する「東京モデル」を定着させ、T-GAPを中核に研修・教育体制と大学——地域病院ネットワークを強化する事が重要である。

地域の小中規模病院が、医療の提供に留まらず、人を育て、地域を支え、暮らしを守る拠点へ進化する時、総合診療は真に社会に根づく。東京で芽吹いたこの動きが、日本の医療を「治し、支える」方向へ導く起点となる事を期待したい。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top