
積極財政テコに日経平均5万円乗せ、裏切れば急激な反動も
史上初の女性首相誕生──それだけでも大ニュースだが、経済政策への期待から日経平均は10月27日に初の5万円台へ。就任直後にはトランプ米大統領と堂々と渡り合い、ASEAN関連首脳会議、APEC首脳会議と続いた外交デビューも上々な滑り出しで、高市早苗首相への期待は高まる一方だ。背景に有る「これ迄と何かが違う」の正体を探りつつ、高市政権の政策と先行きを検証する。
絶妙の閣僚人事が政策実行力を期待させる
高市新政権の政策に関して期待を大きくしてい↘るのは、元々が積極財政派で景気浮揚が見込まれるというイメージが強い事が背景に有る。岸田、石破両氏と財政規律派の側面が色濃い政権が二代続いただけに、積極財政による経済施策によって、これ迄漂っていた閉塞感を払拭するのではないかという見方が広がった。しかも、イメージだけに留まらず、政策実現に向けて具体的なアクションを示した事で、このムードは一段と高揚した。そのアクションとは、総裁選で勝利した後から進めた一連の人事。これが「絶妙」と映った事が大きい。
これ迄は、組閣に至る迄の過程で、身内で周辺↘を固める「お友達内閣」、総裁選で応援してくれたお礼を色濃く反映させた「論功行賞内閣」と批判されるケースが殆どだった。実際、今回も自民党内の役員人事では、麻生太郎副総裁を始め、総裁選に於いて応援してくれた麻生派を厚遇、露骨な恩返しと批判を浴びた。だが、その後の組閣では麻生派からの起用は1人のみ。適材適所と言える様な配置で、一部の「何でも反対」の勢力を除けば批判の声はあまり聞かれない。
具体的には、財務大臣には片山さつき氏を起用した。片山氏は財務省で女性初の主計官を務めた経↖歴を持ち、高市首相同様に「ガラスの天井」を破ってきた人物である。主計官は正に国家予算を決める中枢のポストであり、従来は本来実行可能な政策であっても「予算がない」の一言で退けられる場面が少なくなかった。だが、予算の要諦を熟知する片山大臣の前ではその論法は通じにくい。財政規律を重んじる財務省のブレーキを適切に抑え、必要な施策を前に進める役割を担うだろう。併せて、長らく減税論に慎重だった宮沢洋一自民党税制調査会長を交代させた事も、「責任ある積極財政」を掲げる高市政権を象徴する人事だ。
この他にも、従来交渉の継続性を示すという意味で、赤沢亮正氏の経済産業大臣への続投も注目される。石破前首相の最側近であり、政敵に近い人物を敢えて要職に据えるのは、過去に遡っても異例だ。トランプ政権下で尚も波乱が起き得るとみられる対米交渉を踏まえると、トランプ大統領をして「タフネゴシエーター」と言わしめ、同氏が警戒する茂木敏充外務大臣と併せ、実務家として知られる赤沢氏の起用は現時点でベストの布陣と言えるだろう。
何れにせよ、新内閣の顔ぶれは、高市首相が兼ねて温めてきた政策を実行に移す為の配置と映る。これだけで、政権への期待感は一段と高まる。
経済成長を核にした「サナエノミクス」
首相個人のホームページを見ると、進めようとしている政策が一目で分かる。中でも注目すべきは、総合的な国力強化の要は「経済成長」だと明確に位置付けている点である。「成長」の語が随所で強調される構成は安倍政権を想起させ、「サナエノミクス」は安倍氏の経済運営を継承・発展させた「アベノミクス2・0」と言ってよい。
アベノミクスが一段と深化すると見られる背景には、連立時代にしばしばブレーキ役と目された公明党が政権を離脱し、代わって新自由主義色の強い日本維新の会が与党側に回った事が大きい。仮に相手が維新ではなく国民民主党であっても、現役世代重視という基本線は変わらなかっただろう。首班指名を巡り一時は不安定化の場面も有ったが、世論は政治の潮流が経済成長路線へ明確に舵を切ったと受け止め、その象徴として高市政権の発足を位置付けたのである。
政権の基本は、需要超過を持続させる高圧経済である。労働需給を意図的に逼迫させる事で、賃上げと共に生産性の向上を促す設計だ。総裁選後の「ワークライフバランス」発言が物議を醸したのも、高圧経済を前提に労働配分の再設計を念頭に置いていたが故と読める。何れにせよ、方針が容易にぶれないとの見方が広がり、金融市場は概ね安心して受け止めている。
経済成長に重心を置くこうした姿勢を、株式市場が好感しない筈はない。高市氏の総裁選勝利直後の営業日、日経平均は前日比2000円高(+4・8%)と急伸し、自民党総裁選翌日の上昇率として半世紀振りに記録を更新した。従来の最高は+1・0%で、田中角栄元首相が「日本列島改造論」で成長期待を喚起した際の水準である。このレコード更新自体が、マーケットの期待の大きさを物語る。なお、ワーストは4・8%の下落で、前年の石破総裁誕生直後に記録している。
他方、外為市場では政権発足後、ドル高/円安トレンドが続いている。背景には、積極財政観測による国債増発・金利上昇観測や、日米金利差の継続がある。円安は輸出企業の採算改善を通じて株価の追い風となる半面、エネルギー、食料品など輸入品の価格上昇に繋がり、インフレ懸念を大きくしている。
物価高対策の観点からは、行き過ぎた円安の是正が迫られ易く、通商面でも米国は過度な円安に否定的だ。金融政策は日銀の専管事項であるとは言え、高市首相がどの様に方向性を示すか、喫緊の課題である物価高騰への取り組みも踏まえ、注目点になりそうだ。
維新との連立で社会保障制度改革が進行か
一方、日本維新の会と連立を組んだ事で、財源論は「無駄の削減」重視へ傾く可能性が高い。中でも注目は、副首都構想と並ぶ同党の柱である社会保障制度改革だ。
前述の高圧経済の下では、労働は高生産性・高賃金の職種へ移動し易く、相対的に労働集約的な分野からの人材流出が起こり得る。しかし、医療・介護など人命に直結する領域は、「生産性」のみを理由にして量的縮小を迫るべき対象ではない。焦点は、需要・供給の過不足が生じている箇所の是正や、給付と負担の分配の適正化(効率化)に置かれるべきである。
特に、日本維新の会は社会保険料の引き下げを公約として強く訴えてきただけに、これが曖昧なまま進むと連立離脱、政権崩壊のリスクが高まる。幸い、高市首相が掲げる経済成長(現役世代重視)とは接点が大きく、政策の擦り合わせは可能だろう。これは、今回は与党入りを見送った国民民主党の理解を得る余地も有る。現場の医療関係者は、効率化の具体像(DX、業務再設計、地域の機能分化等)と負担構造の見直しの行方を注視すべきである。
尤も、若年層の政治関心が高まったとはいえ、有権者全体では高年齢層の比重が依然として大きい。この為、機械的な医療費削減に踏み込む公算は小さく、政策のメスは医療財源の配分の適正化(効率化)に留まる可能性が高い。
米国では、就任後3カ月を「ハネムーン期間」として、大統領の打ち出す新規の政策についてマーケット関係者やマスコミ関係者が寛容な見方をするのが慣習となっている。しかし日本の場合は、高市首相の政治姿勢で対極に位置するリベラル勢力や大手マスコミ等から早期に批判的な声が上がる可能性も有る。これは期待の欠如や不支持ではなく、政策的な立ち位置の違いに基づく反応である。
首相就任後、内閣支持率が6割超えで滑り出す等、「サナエノミクス」への期待感は大きい。だが、積極財政を推し進める事が出来ず、期待に反して実質所得や投資が鈍れば、その反動も大きくなる。半世紀前に高い人気で就任した田中元首相は、金脈問題を別にして、オイルショックが襲って狂乱物価と景気低迷を招き、退陣に追い込まれたのは歴史の教訓と言えよう。


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