
高市内閣の高支持率に潜む高齢層との同床異夢
組織選挙からインターネット選挙へ——。衆参両院で与党が過半数割れした2024、25年は、日本の世論形成に大きな変化が生じた画期の2年間として歴史に刻まれるだろう。その結果として政治体制も流動化し、四半世紀に及んだ自民・公明の連立政権が瓦解した。日本の民主主義は戦後80年を経て新たな段階に進むのか。その点を考える上で気になるのは、ポピュリズムの広がりと、断絶とも言えそうな投票行動の世代差だ。
今年7月の参院選投票日に朝日新聞が全国の投票所から3690カ所を選んで実施した出口調査によると、18・19歳の比例代表投票先は国民民主党25%、参政党23%。20代は国民民主26%、参政22%。20代以下の半数近くが両党に投票していた。30代は参政22%と国民民主18%を合わせて4割。一方、自民党には30代以下では1割しか投票しなかった。
40代では参政18%、自民15%、国民民主14%と3党が拮抗。自民は50代以上(50代18%、60代23%、70代30%、80歳以上37%)でトップに立ち、40代まで1桁に沈んでいた立憲民主党も50代以上(50代12%、60代15%、70代19%、80歳以上18%)で息を吹き返す。参院選の投票に行った30代以下の若年層にとって「与党」であるべきは、国民民主や参政であって、自民ではない。だが、その後誕生した高市早苗首相率いる自民・維新連立政権の内閣支持率は、若年層に於いても極めて高い。

国民民主党と参政党は高市政権の実質与党か
毎日新聞が10月に実施した世論調査の内閣支持率は65%。年代別に見ると、18〜29歳76%、30代70%、40代69%、50代68%、60代65%、70歳以上53%だった。参院選で自民党にも維新にも投票しなかった若年層が何故高市内閣を支持するのか。その理由は支持政党別の内閣支持率を見れば明らかだ。国民民主支持層の内閣支持率は71%。参政支持層では91%に達し、自民支持層の89%を上回る。参院選で国民民主、参政に投票した人達の意識は、高市首相の誕生で実質与党となっている様だ。
そもそも政党支持の傾向も様変わりした。毎日新聞が7月の参院選直後に実施した世論調査の政党支持率(丸括弧内は30代以下)は自民19%(9%)、国民民主12%(24%)、参政8%(11%)だったが、10月調査では自民26%(25%)、国民民主5%(9%)、参政5%(7%)と自民が大きく盛り返し、国民民主と参政は失速。特に若年層で自民支持が急増しており、高市総裁率いる自民が国民民主と参政の支持層を取り込んでいる事が分かる。参院選時に若年層と高齢層の間で顕在化した政治意識の世代差は、高市政権の誕生によって解消されたのだろうか。
10月26日投票の宮城県知事選で再び若年層と高齢層の投票先が大きく分かれた。選挙結果は現職の村井嘉浩氏が6回目の当選を果たしたが、参政党の支援を受けた元参院議員の和田政宗氏に僅差まで追い上げられた。NHKの出口調査によると、40代以下では和田氏に投票したと答えた人が村井氏を大きく上回る一方、60歳以上では村井氏が和田氏を圧倒していた。選挙戦では村井氏を攻撃するフェイク情報がネット上を飛び交った。参政党の神谷宗幣代表が繰り返し和田氏の応援に入った仙台市に限れば、和田氏の得票が村井氏を上回った。投票率は46・50%と5割に届かなかった。都市部の投票率が伸びていたら和田氏が逆転していたかも知れない。
2012年末の衆院選で自民、公明両党が旧民主党から政権を奪還して以降、国政選挙では5割前後の低投票率が常態化し、有権者の半分しか投票に行かない選挙で投票者の半分、つまり有権者の4分の1の支持を得た安倍晋三政権が8年近く権勢を振るったのが「安倍1強」の支持構造だった。旧民主党政権の瓦解に失望した無党派層の間に政治不信が広がり、投票を忌避する有権者が増えた結果、強固な組織票を持つ自公が連戦連勝を重ねた。「森友」「加計」「桜を見る会」等の政権スキャンダルが相次いでも、4分の1の支持で乗り切る事が出来た。
「アベノミクス回帰で物価高対策」の矛盾
昨年の衆院選の投票率も53・85%と高くはなかったが、組織選挙で過半数の議席を得てきた自公の勝利の方程式は崩れた。物価高騰に苦しむ庶民の新たな選択肢となったのが、減税や財政出動によって国民の家計を助ける主張を全面に押し出した国民民主や参政だった。両党の勢いは今年の参院選で加速し、若年層を中心に広がった両党への期待が参院選の投票率を22年の52・05%から58・51%に押し上げる形となった。財源論の伴わないバラマキに期待が集まるポピュリズムの台頭である。
では何故、自公から国民民主、参政に流れた人々を高市首相は引き付けているのか。10月の毎日新聞の世論調査で「高市内閣に取り組んでほしいこと」を複数回答で尋ねた結果は、「物価対策」が84%でトップ。立憲民主等が強く批判してきた「政治とカネ」は46%、参政が訴えた「外国人政策」は42%だった。物価対策と回答した割合に世代差は見られず、全世代で8割以上に上った。安倍元首相の後継者を自任する高市首相なら財政ポピュリズムに舵を切って家計を支援してくれるとの期待だろうか。
此処に大きな矛盾が潜む。現状の日本の物価高は、大規模な金融緩和と財政出動を10年以上に亘って続けた「アベノミクス」の当然の帰結と言える円安インフレだ。それを「サナエノミクス」と読み替えても、ガソリン税の暫定税率廃止でガソリン価格が下がっても、「おこめ券」をばら撒いても、所得税の基礎控除を引き上げて国民の手取りが多少増えても、円の価値は下がり続け、物価は上がり続ける。
第2次安倍政権誕生前の12年の円相場は1ドル=70円台で推移していたが、今や1ドル=150円台と円の価値は対ドルで半分に下がり、日本の経済力は米国、中国に次ぐ世界第3位から、ドイツ、インドにも抜かれて5位に転落する見通しだ。安倍政権が海外から労働力とインバウンド需要を取り込む政策を推進した結果が外国人の増加であり、「日本人ファースト」を叫ぶ参政党の躍進を招く事にも繋がった。
高市首相は臨時国会の所信表明演説で「強い経済を構築する為、責任有る積極財政の考え方の下、戦略的に財政出動を行う。これにより、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げずとも税収を増加させる事を目指す」と述べた。アベノミクスの10年で実現しなかった「経済の好循環」を今度こそとの決意表明だが、アベノミクスへの回帰を超える具体策は未だ見えない。
一瞬でも家計が楽になった印象を国民に与えた上で衆院解散・総選挙に打って出るシナリオも取り沙汰される。来年度予算を成立させた後の4月以降が解散時期の選択肢となろう。其処から時間が経てば経つ程に、円の価値を下げる事で見せ掛けの国内総生産(GDP)を膨らませてきたアベノミクスの「負のスパイラル」から抜け出せない日本経済の現実に引き戻される人が増えていく。高市首相を支持する若年層は、安倍1強時代の岩盤支持層とは異なる。高市首相が既得権益を守ろうとする古い政治の側にいると思えば、宮城県知事選の様に、高齢層とは別の投票行動を取るだろう。先ずは物価対策という点で一致していても、いざ選挙となれば世代間の対立に発展し兼ねない危うさを孕んでいる。
少子高齢化が進む中、高齢層の利益に偏る「シルバー民主主義」の弊害が指摘されてきた。既得権益で結び付いた組織選挙がその象徴だとすれば、若年層がそれに反撃する武器がインターネット選挙運動だ。高市首相にとっては、ポピュリズム政策の賞味期限を図る物差しとして各種世論調査の内閣支持率とネット世論を睨みながらの政権運営となりそうだ。



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