
挨拶
原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):10月4日は自由民主党の総裁選が行われます。今回の総裁選の非常に珍しい点は、少数与党の状況下で行われるという事です。野党の影響がどの様に出るか、注目されるところであります。他党との連立や国会運営の在り方等も議論されていますが、日本の政治の新たな出発点となる事を期待したいと思います。
東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、財務大臣政務官):私が若かった昭和のバブル経済期は、ハラスメントが有っても「それを乗り越えて一人前」と美談の1つに捉える風潮が有りました。しかし、今は時代が変わり、当時を知る人は頭の切り替えを求められる様になりました。最近は顧客や患者によるハラスメントも社会問題になっています。病院として何をすべきかを、本日の講演で学びたいと思います。
門脇 孝氏「日本の医療の未来を考える会」医師団代表(日本医学会会長、虎の門病院院長):私も病院の経営者としてペイシェントハラスメントへの対応に非常に頭を悩ませています。ハラスメントは、正しく対応しなければ医療従事者や病院を守る事も出来ないという、非常に深刻で重大な問題です。本日はハラスメントの本質や対応の秘訣を教えて頂ける事を期待しており、議論も深めていきたいと思っています。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):井上先生は、弁護士として医療の現場や医療行政に精通し、病院側に立った活動を続けています。井上先生のお陰で窮地を救われ、本当に助かったという経験をした病院経営者も多いのではないでしょうか。ペイシェントハラスメントの問題は病院を非常に悩ませる問題の1つですが、今回の講演によって、法律的な悩みの解消に繋がる事を期待します。
講演採録
■被害を放置すると重大な経営リスクに
セクハラやパワハラ、カスハラ等、最近はハラスメントへの対策が求められる時代となりました。ペイシェントハラスメントも医師の応召義務との兼ね合いの問題は有りますが、カスハラの一種です。
カスハラでは、謝罪の方法を巡って問題が拗れる事が有ります。これはハラスメント対策を考える際に最も注意すべきポイントで、例えば地域に密着した医療機関等にとっては、トラブル処理に当たって悪い噂が拡散すれば、致命的なリスクになり得ます。そこで、先ずは謝罪の技術的な難しさについて、未だ記憶に新しい「中居正広氏のセクハラ疑惑を巡り、フジテレビの対応が問われた問題」を取り上げながら説明します。
この問題では、当事者の1人である中居氏がお詫びのメッセージを発表したところ、その内容を巡り猛烈な批判を受けました。声明文は恐らく法律の専門家も目を通している筈で、非常に考えられた文章だと思います。しかし「示談が成立したことにより今後の芸能活動についても支障なく続けられることになりました」との一文が、被害者への配慮を欠き、誠意より自己都合を優先した印象を与えるとして批判を集め、反発が一気に広がりました。
これについて私は、問題は本当にあの一文に尽きるのかと疑問を抱いています。寧ろ批判拡大と報道の契機となったのは、その有無よりも「トラブルが有った事は事実だと認めた」点に有ったと考えます。各マスコミは、それ以前から一定の情報を把握していたものの、誤報による訴訟リスクを恐れて報道を控えていました。ところが、当事者が抽象的な表現ながら事実を認めた事で、報道は一斉に解禁され、批判も急速に広がっていったのです。ですから、事実を認める際には極めて慎重でなければならないという事です。
又、批判の拡大を受け、フジテレビの記者会見が生中継されましたが、当時の港浩一社長の発言にも驚きました。港氏は「トラブルを何時頃聞いたのか」と問われ、「発生直後から把握していた」としつつ「弁護士の協議については知らない」と発言。結果として「1年間十分な調査をしなかった」と受け止められ、対応の遅れが強く批判されました。先日、港氏と元専務の大多亮氏に対し、フジテレビが50億円の損害賠償訴訟を起こしました。会社法上の善管注意義務違反(経営者として通常求められる注意を怠った)を問うものです。これは、経営者がハラスメント問題を認識しながら適切な対応を怠れば、巨額の損害賠償に発展するリスクが有る事を示す事例と言えます。
中居氏が起こしたトラブルは、全容は明らかにはなっていませんが、仮にセクハラだったとすれば、フジテレビに必要な対応は本来2つでした。1つは、社員に対してセクハラをした中居氏にセクハラを止めるよう警告し、「従わなければ出入り禁止とする」と通告する事です。もう1つは、従業員を保護し、心身の不調や離職を防ぐ措置を取る事です。フジテレビはこの両方を十分に果たせていませんでした。こうした対応が求められるのは、カスハラやペイシェントハラスメント対策でも同様です。単なるクレーム対策と異なり、被害に遭った職員の保護が不可欠です。
■労働問題として被害職員の保護も義務化に
私は20年以上前から医療過誤等を口実にした悪質なクレームへの対応を手掛けてきました。多くの医療機関でも患者からの苦情処理に取り組んできたと思いますが、今年、パワハラ防止法とも呼ばれる労働施策総合推進法が改正され、カスタマーハラスメント対策も企業に義務付けられる事になりました。施行は来年になると見込まれますが、これによってカスハラに対し、効果的な対策が取れる様になると期待されています。但し、法律の内容によってはカスハラ対策は組織内部の在り方や労働問題に波及する可能性が有り、その点には注意が必要です。
昔であれば、高齢者が看護師の体を触る等のセクハラが有っても、上司が「それ位の事は上手く対応しろ。そうした患者に対応するのも、看護技術の内だ」と言った事も有りました。しかし、今はそうした事を言うと、セクハラを容認して、被害者を放置したと言われてしまう。しかも、法律で職員の保護が義務付けられる様になれば、対応が不適切だった場合、安全配慮義務を怠ったとして経営者が訴えられる事態にもなり兼ねません。
「そうした患者がいれば、病院から追い出す」という強気の経営者もいますが、「患者が減ったら困る」と躊躇する病院も有るでしょう。これがハラスメント対応の難しさでもあります。加害者の抑止と被害者の保護のバランスを考える事が必要です。
労働施策総合推進法の所管は厚生労働省ですが、主に労働基準監督署が対応し、労働政策という位置付けです。つまり、ペイシェントハラスメントは医療の問題であると共に、労働問題であるという視点が欠かせません。ハラスメント事案が起きた際、具体的な対応には、1つ1つ手順を踏む事が必要です。「最終的には辞表を書いて貰わなければならない」とか、「懲戒解雇は避けられない」等は、弁護士であれば、過去の事例から予測は付きますから、先ずは相談しても良いでしょう。そして、「時間が掛かるのは面倒だし結論は同じだ」と、段階を省いて結論を急いではいけません。後から「事実認定を怠り、ハラスメントを隠蔽した」「事実を有耶無耶にして強引に解決しようとした」等と言われる恐れが有ります。中には、そうして相手を罠に掛け、交渉を有利に運ぼうとする相手もいます。
又、患者からクレームを受けた時は、先ず「患者側に損害が有ったか」「医療機関側に過失が有ったか」を推認する事が大切で、それに基づいて対応を検討します。「取り敢えず様子を見る」と手をこまねいていては対応が遅れてしまいますし、「先ずは謝っておこう」と安易に謝ってしまうのは最悪です。謝罪の内容が裁判の証拠となり、6000万円の損害賠償を命じられた判例も有ります。



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