SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第194回 患者のキモチ医師のココロ
患者さんは言葉を正しく理解してますか?

第194回 患者のキモチ医師のココロ患者さんは言葉を正しく理解してますか?

 患者さんにはなるべくわかりやすい言葉で。

 そう考えていない医療従事者は、ほとんどいないだろう。とくに最近は「わかりやすさ」に配慮する医師や看護師が増えており、昔のように英語、ドイツ語、日本語を取り交ぜたような“医療業界用語”で話す人はほとんどいなくなった。私が若い頃には、患者に平気で「カルチだと思うからオペですね。開胸して肺葉切除、それからケモかな」などと言う医師もいたのだから、隔世の感がある。

 とはいえ、いくら話す側が「わかりやすく」と工夫しても、患者と医療従事者でそもそもの言葉の使い方や理解などが違っていては意味がない。

 たとえば、以前、こんなことがあった。糖尿病の高齢者にモニターに表示された検査データを示しながら、「ここをご覧ください。ヘモグロビンA1cというのがありますよね。これが前回は7、今回は8と悪化してしまいました。なんとか下げたいですよね」と説明した。すると、その人はこう言ったのだ。

 「昔貧血になったとき、ヘモグロビンというのは多い方がいいと言われたよ。それなのに、どうして下げなきゃならないの?」

 私はあわてて、「えーと、ヘモグロビンは赤血球中の酸素を運ぶタンパク質 なんですけど、ヘモグロビンA1cというのはそのヘモグロビンに結合したブドウ糖を示すものなんです。だから、ヘモグロビンは貧血の目安になるし、ヘモグロビンA1cは1カ月ほどの平均血糖値をあらわす糖尿病の目安になるわけです」と説明したが、「でもヘモグロビンなんでしょ?」と納得してもらえないようだった。当然だと思う。

 同じようなことはいくらでもある。たとえば腎機能障害の患者に血液検査のデータを見せながら「クレアチニンは低い方がいいし、eGFRは高い方がいい」と言っても、すぐには理解してもらえない。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るったときには、抗原検査を行って「陽性でした」と伝えたのを、「良い結果だった、つまり感染はしていなかった」と受け取った人もいた。

こちらには常識、でも患者さんにとっては

 医療従事者にとってはごく常識的なことでも、一般の人にとっては感覚的に理解しづらい。「いや、それはプログラマーやコンサルタント、法律家や役所の職員と一般人との会話でも同じだろう。どの分野であれ、プロの話を正確に理解するのはむずかしいのだ」と言う人もいるかもしれないが、医療の場合、患者が正しく理解していなかったり誤解していたりするのは、その人の健康や場合によっては命にかかわる場合もある。

 では、どんな言葉が伝わりにくく、誤解を生みやすいのか。それを考える上で参考になるのは、2009(平成21)年3月、国立国語研究所「病院の言葉」委員会が公表した「『病院の言葉』を分かりやすくする提案」 だ。これは医療者に向けて行われたもので、わかりにくい「病院の言葉」を類型化し、例をあげながらそのわかりにくさの原因を探り、よりわかりやすく伝えるための工夫までが記されている。書籍化もされているがネットに全文が公開されており、15年以上前のものとはいえ、現在でもとても有用だ。

 臨床現場にいる者ならハッとする例がいくつも出ている。そのうちいくつかをかいつまんで紹介しよう。

 「耐性」は「同じ薬を繰り返し使うことによって、細菌やウイルス、がん細胞などが、その薬に耐える(抵抗する)力を持つことです。その結果、これまでは効いていた薬が効かなくなってきます」と説明するべき。そうしないと、「耐性」は「人が病気や薬の副作用などに耐える性質」とまったく異なる意味に誤解されるおそれがある。

 「ショック」は「血液の循環がうまくいかず、細胞に酸素が行きにくくなった状態です。生命の危険があるので、緊急に治療が必要です」と説明するべき。 同研究所が非医療者に医療現場で使われている「ショック」という言葉の意味を尋ねたところ 、「急な刺激を受けること(46.5%)」「びっくりすること(28.8%)」「ひどく悲しんだり落ち込んだりすること(23.9%)」と日常語的に理解していることがわかった。 そのため、単に「ショック状態です」と伝えるだけではなくて、重篤さが十分伝わるよう説明することが重要である。

 「貧血」は「血液の中の赤血球や、その中の色素が減った状態を言います。その色素のことを『ヘモグロビン』と言います。赤血球やヘモグロビンは、全身に酸素を運ぶ働きをしているので、不足すると酸素が足りない状態になり、めまいや息切れなどの症状が現れます」というところまで説明することが望ましい。 非医療従事者が日常語で「貧血」という場合、「気持ちが悪くなって立ちくらみを起こして倒れる」といういわゆる「脳貧血」だと理解することが多い(同研究所の調べで67.6%)。 この誤解を避けるためには、「私が言う『貧血』とはこういうことです」と内容まできちんと説明する必要がある。

 この提案には医療現場で使われることの多い57の用語について、こういった「一般の人たちがしがちな誤解」と「それを防ぐための言い換え、説明の例」が記されている。おそらく今はさらにつけ加えるべき用語が増えているだろう。「あの言葉も理解がむずかしいかもしれない」などと考えながら目を通してほしい。

そのつど確認しながら進むしかない

 もちろん、「忙しいのにそんなものを読んでいちいち覚える時間はとてもない」と言う人もいるだろう。そういう人におすすめの簡単な方法がある。

 それは、「ここまでの私の話、うまく伝わったでしょうか」と少し話しては確認する、という習慣を身につけることだ。場合によっては、「どういうように理解されましたか」と簡単なサマリーを求めてみるのもよいだろう。たとえば、こちらが“余命”の意味で「予後は1年ほどです」と伝えたとしても、患者は「回復するのに1年かかかるということかな」と理解しているかもしれない。理解したことを話してもらう、というひと手間をかければ、そういった悲しい誤解は早めに訂正することができるだろう。

 私自身、高齢の方に印刷された採血データの用紙を渡すときには、問題となる項目には「肝機能の指標」などと大きめに書き加え、数値のところには「〇〇以上が望ましい」「××以下が望ましい」と多い方がよいのか、少ない方がよいのかも明記するようにしている。ただ、もちろんそれだけで誤解を完全に防げるとは考えておらず、折に触れて「ずっと治療や検査を続けてきましたが、ご自身の今の病気の状態はどうだと考えていらっしゃいますか」などと尋ね、理解をすり合わせるよう心がけてもいる。

 「患者とのコミュニケーションは面倒だな」、そう思うだろうか。そこさえお互いの理解がうまく一致すれば、あとの治療はとても円滑に進む。そんなケースも少なくない。日ごろから「わかりやすさ」に気を配っている医師や看護師たちも、この機会に「さらなるわかりやすさ」にぜひチャレンジしてほしいと思う。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top