
少子化が進む日本で、とうとう1年間の出生者数が昨年70万人を切り、68万人となった。予想を超えるスピードで進行する人口減少により、今後は人手不足の深刻化が避けられない。特に医療界では、医師や看護師等の専門職の確保が一層困難になると見込まれている。又、そうした人材を育成する大学等の教育機関も、入学者の減少によって経営の持続性が問われ、存在意義そのものが再定義を迫られている。大学はこれから、どの様に人材養成機関としての責務を果たし、社会の期待に応えていくのか。大学経営の将来像と人材育成のビジョンについて、帝京大学理事長・学長の冲永佳史氏に話を聞いた。
——帝京大学の教育の基本方針についてお聞かせ下さい。
冲永 帝京大学では、「努力をすべての基とし 偏見を排し 幅広い知識を身につけ 国際的視野に立って判断ができ 実学を通して創造力および人間味豊かな 専門性ある人材の養成を目的とする」という建学の精神を掲げています。これは単なる理念に留まらず、教育のあらゆる場面で立ち返るべき基準として明文化したものです。その上で、教育理念に「自分流」、教育指針に「実学」「国際性」「開放性」の三本柱を掲げています。「自分流」とは、自立と自律の精神を持ち、自らの力で考え、行動し、責任を果たせる人間を育成するという意味です。「実学」では、論理的思考力や知識を活用する力を養い、学び続ける姿勢を重視しています。又、「国際性」は不可欠です。他国との関係を築き、世界に開かれた視野を持つ人材が今後ますます求められます。「開放性」は、自らの専門性を深めつつも、多角的な視点から物事を捉える柔軟な思考を指します。複雑な時代だからこそ、知識を構造化し、自分の中で咀嚼しながら他者と交わり、実社会の中で応用していく力が必要です。そうした教育の根幹に、「自分流」という考え方が据えられているのです。
——1年次に「帝京学」という科目が有ると伺いました。
冲永 専門科目を学ぶ前に必要な、多様な知識と素養を身に付ける為に2013年に開講しました。各学部・学科から選ばれた教員が、それぞれの専門分野を通じて、帝京大学で学ぶ事の意義を分かり易く説明するオムニバス形式の授業です。第1回の授業では、私が大学の建学の精神や歴史を話します。そして、「自分流」というのは何かを、大学生活の中で、又は一生掛けて学び、認識していって欲しいと語っています。選択科目ですが、選択していなくても動画で見る事が出来ますし、本学への入学を控えた高校生にも見てもらっています。
——「反転授業」を導入された切っ掛けは。又、学生の「考える力」をどの様に育成されていますか。
冲永 現在、知識は動画やオンライン教材で容易に習得出来る時代です。ですから、授業という場は単なる知識の伝達ではなく、それをどう活かし、どう理解するかという「学びの再構築」の時間にしなければなりません。反転授業は正にその為の手法です。知識は事前に各自が学び、授業ではその内容を自分の頭の中で組み立て直す、或いは他者とのやり取りを通じて自分の考えを深めていく。こうしたプロセスを重ねる事で、初めて「考える力」が養われるのだと思います。勿論、頭の中だけでシナリオを描ける学生もいますが、それだけで完結してしまうのは危うい。実社会や他者との関係の中で検証され、対話を通じて磨かれる経験が必要です。大学とは、本来そうした「ぶつかり合い」を通じて新たな視点や理解を獲得する場です。研究と教育は車の両輪であり、「探究する力」と「実行する力」をバランス良く育てていく事が、大学教育の本質だと考えています。
——近年大学ラグビー部の躍進が注目されていますが、その背景と強化の取り組みをお聞かせ下さい。
冲永 帝京大学ラグビー部は1970年に創部されましたが、大学ラグビー界には伝統と実績を誇る強豪校が数多く存在し、嘗ては全日本選手権で準決勝に進出する事は有っても、その先へは中々届かないというのが現実でした。選手達には十分なポテンシャルが有るのに、歴史有る大学を前にすると気後れしてしまう──そうした課題意識を岩出雅之前監督から受け取り、私自身も共感を覚え、大学として本格的な支援に乗り出しました。特に力を入れたのは、科学的アプローチによるフィジカルの強化です。血液検査で疲労度を常時モニタリングし、栄養管理と組み合わせて段階的に体作りを進める事で、選手が安定したパフォーマンスを発揮出来る体制を整えました。又、単なる勝利至上主義ではなく、選手一人ひとりが自ら考え、行動出来る力を育む事を重視しています。未だ周囲を見る余裕の無い1、2年生に代わって、4年生が雑用を担うのもその一環であり、若い選手達が思考や学業に集中出来る環境を意図的に整えています。こうした積み重ねが、今日の帝京ラグビー部の基盤となっています。
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