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未来の会

第103回「日本の医療」を展望する 世界目線 健康経営とウェルネス概念②

第103回「日本の医療」を展望する 世界目線 健康経営とウェルネス概念②
健康投資の意味を考える

前回は別の話題を挟んだが、連載第101回(2023年1月号)の最後に、健康経営を行うことは会社にもメリットがあると述べた。ただ、その前にもう少し健康そのものについて考えよう。

体がプラスマイナスゼロの良好な状態からマイナスになり、病気になった状態を元に戻していくのが「医療」であるならば、そこからプラスにもっていこうとするのが「健康志向(健康を志向すること)」である。また、これに将来というものを考えて、今後健康がマイナス状態にならないようにあらかじめ手を打っておこうというのが「予防」の考え方だ。

すなわち、同じように健康そうに見える状況であってもレベルはまったく同じではなく、限りなくゼロに近い健康もあれば、レベルが非常に高い健康状態もあると考えることができる。そしてもう1つ大事なことは、健康というものは、知識と同様に蓄積できるということである。

健康を「蓄積する」

これは、「健康ストック」といった考え方になろう。経済学的には、医療という財は「資本財の要素がある」ということになる。資本財とは、将来の利益が期待できる、生産の資本となるような財のことをいう。

これは、日頃の生活が後の病状に大きく影響する疾患によって、明らかになってきている。一番代表的なものは骨粗鬆症である。骨粗鬆症は、カルシウム不足が慢性化して骨がスカスカになる病気だ。閉経を迎えた女性に多発するが、程度の差こそあれ、加齢に伴い誰にでもおこる病気でもある。この病気は、骨の量が最大になると言われる25歳前後の段階で、骨に蓄えられたカルシウムが少ない人ほど早く発症すると言われている。そして、この病気の発症は少しずつ低年齢化してきている。

また、脂質異常症、糖尿病、高血圧といった症状や病気も同様である。その症状1つだけではそこまで重篤な障害までは起こさないが、進行すると、たとえば糖尿病であれば腎不全や失明など、高脂血症であれば心筋梗塞や狭心症、高血圧であれば脳血管障害といった深刻な合併症を起こすことがある。こうした脂質異常症、糖尿病、高血圧といった生活習慣に影響される疾患については、まさに日々健康を意識し蓄積すること、すなわち「健康への投資」が健康維持のために重要になってくる。日本では、そこに開業医を中心とした外来診療が深く関わってくる。そのために生活習慣病関連が占めるの医療費の割合も多い(下図)。

これに対して、新型コロナウイルス感染症をはじめ様々な感染症は、いま盛んに言われる免疫力を高めることによってある程度は対処することができるが、健康な状態をストックしたからといって完璧には守ることはできない。このように「健康」に対する考え方でも、対象を広げてみると、医療分野にはやはり「投資」という考え方が重要であることがはっきりすると思う。

産業医制度の国際比較と日本
図:生活習慣病の医療費に占める割合(2020年厚生労働省国民医療費より)

日本では、日本医師会の認定産業医数が10万人を超えたという。筆者が医師になった30年前は、産業医という存在は知られてはいたが、決して陽のあたる存在ではなかった。

諸外国でも、米国や北欧諸国、イギリスなどにはこの制度はなく、フランスやドイツ、オランダでも、日本のように50人以上で選任を義務付けるといった厳しい規定ではない。オランダでは500人以上、イタリアでは200人以上の雇用者がいる企業に専任の義務を求めるといった感じである。

しかし、働き方改革やコロナ禍によってこの状況は変わってきている。過重労働が厳しくチェックされ、過重労働を行った者には産業医の面談が行われるようになった。また、コロナ禍により浸透したリモートを利用し自宅で長く勤務している者の中には、ちまたで言われるコロナ鬱のようなメンタル不調を起こす者も増えている。そもそも職場にコロナが発生したときにどのように対応するかといった面でもメンタルヘルス的な知見は欠かせない。

一般的に、産業医業務は通常の医療知識に加えて、企業についての知識、メンタルヘルスについての知識や人生経験を含めた幅広い教養がないと企業人の人生に的確に介入できないのであるが、現在では認定資格さえ取れば割合簡単に行うことができるという間違った認識が広がっているのも事実である。

生活習慣病対策の充実と健康経営

日本において、生活習慣病の対策が充実していることは論を待たない。というのは日本では、国民皆保険制度下において、医療や健康面において「自助」という意識が少ないからである。

対極にあるのはアメリカやシンガポールであるが、アメリカにおいては国民皆保険ではなく、保険に入るも入らないも自らの選択であって、強制的に国が行う医療保険に加入させるのは社会主義であるという考え方が根強い。逆に、この考え方のもとでは自らが健康を考え自らに投資するという概念が大きくなり、米国においては例えばフィットネスクラブは日本の数倍も存在しているし、サプリメントを買う人も非常に多い。 

これは自らへの自信ともとれるが、健康に投資していれば疾患なりにくいのだから、保険にお金を払うよりも自らに投資しておいたほうがいいという選択を行っているということになるのである。

シンガポールにおいても20年ほど前までは、生活習慣病が中心となる外来医療については公的な医療貯蓄制度であるCPFから診察することができなかった。

こうした考えの対極にあるのが、日本の社会保険制度である国民皆保険である。これにより、例えば糖尿病の薬であれば、高額なSGLT2阻害薬もDPP-4阻害薬も、全ての患者に行き渡らせることができるのが日本の制度である。かつ開業医数が多いので、処方薬の入手も容易である。全国的にも医療へのアクセスはかなり良い状況になっているので、日本は医療機関における生活習慣病対策が非常に行き届いた国であるといえよう。

菅義偉・前総理が「自助」ということをよく言っていたが、現在の連載テーマの健康経営に関しては総理が「自助」を強調する以前からの日本の取り組みであり、「自助」の文脈というよりはむしろ、健康というものに対して企業も取り組んで欲しい、そしてそれが生産性の向上に繋がるという視点がベースにあるとも考えられる。

人的資本経営

医療者にはあまり馴染みがないが、最近経営学の世界あるいは株式を上場している企業の間では、「人的資本経営」という話題が盛んである。後日この連載でも詳しく述べたいが、これは簡単に言えば人をいかに大事にしているかといったことを投資の指標にしようという考え方である。

このように、利益の追求はもちろん、世の中に貢献するためには人が源であるという当たり前のことが注目されるようになってきており、そのパーツの1つに従業員の健康ということがあるのは言うまでもない。こうした文脈でも健康経営は注目されているのである。

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