SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

新型コロナ特効薬、「アビガン」頼りの日本の危うさ

新型コロナ特効薬、「アビガン」頼りの日本の危うさ
突出する「アビガン押し」は安倍政権の焦りの裏返し

そこまでするか? 「アビガン承認 月内にも」。5月5日の日経新聞1面に踊った記事の見出しだ。日本政府は5月中にも富士フイルム富山化学(以下富士フイルムと略称)のインフルエンザ治療薬の新型コロナウイルス治療薬としての承認を目指すというものだ。

 緊急事態宣言1カ月延長を発表した5月4日の会見で、安倍晋三首相はこの考えを表明した。安倍首相の焦りは極限にある。宣言解除基準の提示も遅くなり、トンネルの先がいまだ見えない国民には不満・不安がくすぶり政権への評価は厳しい。

あまりに異例、不純な禁じ手

 そうした中で光明を見せたい、わらをもつかむ思いで政権が思い付いたのが、このアビガンの超迅速承認。新型コロナの「特効薬」だけでなく、政権維持・国民受けの「特効薬」をも狙った不純な手だ。

 薬を人に投与して、その安全性・有効性を確かめる臨床試験(治験)が成功して初めて薬は製造販売を承認される。アビガンは3月末にこの治験の最終段階3相に入ったばかり。

 治験開始時の富士フイルムの考えでは、6月末に治験完了、すぐに承認申請をする事になっていた。

 これでも治験3相入りから申請・承認まで通常年単位の時間がかかるのに比べ異例の速さ。それを飛び越えようとするのだから尋常ではない。

 承認して実際に病院等でこの薬を投与した後で有効性や安全性を調査する(いわゆる条件付き早期承認)制度を使う事を検討していると記事は含みを持たせる。

 5月1日に米国でギリアド・サイエンシズがエボラ出血熱向けに開発した「レムデシビル」に緊急使用許可(EUA)が下りた。日本も政令を急遽変更して、5月7日に特例承認制度を使ってこの薬を承認した。

 これも安倍首相としては「一押し」する和製「特効薬」アビガンを異様な速さで承認させようとする焦りに繋がったのだろうが、実に危うい。

 アビガンは国内治験の最終結果はおろか暫定的データ分析もない段階。

 一方のレムデシビルはギリアド社が2つの試験合計約7600人の患者を目標に治験3相を実施中。これとは別に米国政府機関主導で1000人規模の患者を対象に国際治験(日本の国立国際医療研究センターも参加)も進行中。

 二重盲検プラセボ対照の厳格な試験デザインで信頼性も高い後者の治験では、4月末に良好な予備的試験結果が出た。これが今回のEUA取得となった。それでも、これはあく

まで緊急時の暫定使用を認めるもので、本承認ではないという位置付け。米国食品医薬品局(FDA)は、時間がかかっても治験の最終結果を見て正式承認する姿勢は変えていない。

 そうした中で安倍政権が、治験データもないうちにアビガンの承認を急がせて、5月中にも承認との政府方針を打ち出すのはなんとした事か。

 ギリアドからの日本への供給に限りはあるとしても、承認されたレムデシビルが戦力として加わる。安倍首相も言う通り研究目的とはいえ、臨床現場での新型コロナ患者へのアビガン投与は3000例近くに達する。実際の投与はされているわけだ。

 なぜ人の安全に関わる薬の承認をそこまで急がせるのか。和製特効薬を急ぎ承認したいという、安倍政権の人気取り以外に答えはないはずだ。

 時系列を追えば、もとより安倍政権の異例ともいえる「アビガン一押し」が分かる。

 3月28日の記者会見。安倍首相は、「間もなく治験が開始される」と明かし、実際に富士フイルムは3月末に新型コロナウイルスでの治験を開始した。政府と一私企業の異例のタッグが透けて見える瞬間だった。

 4月7日の会見でも首相は、「アビガンは既に120例を超える投与が行われ、症状改善に効果が出ている」と発言。人類の希望の光とまでいわんばかりの期待感を示した。

 4月に出た緊急経済対策では、国内の治療薬・ワクチンの研究開発支援は合計で300億円。それに対し、アビガンの追加備蓄に139億円、人工呼吸器とアビガンの増産支援に約88億円を出す。

治験規模は小さ過ぎ

 アビガンにそれだけの値打ちがあればいいが、その証拠は今のところ2月、3月に出た、有効だったとする中国での治験報告以外ない。

 そもそもアビガンは催奇形性がある事が確認されている。この薬を使うと、奇形の胎児が生まれる危険性があるという事だ。申請から2014年に国内でインフルエンザ治療薬として承認されるまで3年もかかったのも、妊婦等に不使用の警告が付くのも、「タミフル」等他の薬が効かない新型インフルエンザが発生した非常時の使用に限定した承認なのもこのためだ。

 4月18日の日本感染症学会のシンポジウムでは、アビガン投与で症状改善が見られたと報告された。

 感染した芸能人等がアビガン投与で治ったと伝えるニュースも多いが、新型コロナでは自然に良くなる例も少なくない。症状が良くなったから薬の効果だと即断するのは、科学的には正しくない。投与後の症状改善の報告をした、当の藤田医科大学の土井洋平教授自身が、薬がない場合との比較をする等、厳格な治験での検証の必要性を指摘している。

 他にも疑問はある。途中での見直しの余地も残すデザインではあるが、アビガンの国内治験3相の目標症例数は約100と極めて少ない事だ。

 レムデシビルの治験が複数存在し、投与患者数も多いのは先述した通り。アビガンがインフルエンザ治療薬で承認される際の基になった国内治験3相の対象患者数は2つの試験合計で1262人、参考にした国際治験3相が757人だった。

 これは開発承認を急ぐ余りのせいではないのか、薬の承認に繋がる治験3相の重大さを考慮した十分なデータが得られるのか。この点は、厳格に検証する必要があるだろう。

 欧米、中国では政府機関、製薬大手からベンチャー・大学までそれこそ無数の参加者が時に競い合い、時に提携する形で新型コロナ特効薬の開発を急ぐ。レムデシビルだけでなく、治療薬、ワクチンとも候補薬は多数出ており、開発速度も規模も日本をはるかに上回る。

 一方の日本の治療薬では現時点で、アビガンと中外製薬が創製した関節リウマチ等の治療薬「アクテムラ」が治験入りしただけ。ワクチンでは大阪大学発のバイオ企業アンジェスが開発を急ぐDNAワクチンがわずかに気を吐くのみ。

 民の実力差だけでない。この差の背後には、基礎研究を含めて医薬品の研究開発に対する官の支援の厚さの違いが大きく潜む。緊急経済対策での特効薬の研究開発への政府予算は日本が米国より一桁少ない。

 安倍政権の異常なアビガン頼りは、「アビガンこければ日本こける」に繋がりかねない危うさをはらむ。自民党内医師議員団有志からも危惧の声があるという。

 国の研究開発支援を欧米並みに厚くし、アビガン頼りでない日本の医薬開発体制を拡充する事。急がば回れが、今の日本政府に本当に求められる事だが、どこまで分かっているのやら。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top