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未来の会

広がり見せる「遺伝子検査」の危ない現実

広がり見せる「遺伝子検査」の危ない現実
分析がいい加減で、個人情報流出の懸念も

唾液や毛髪などの検体を送って将来の病気のなりやすさ(疾病リスク)や太りやすさなどの体質、潜在能力などを判定する「遺伝子検査ビジネス」が花盛りだ。元々は米国で流行していたが、内容に疑義が生じて国が関与するようになり、規制されるようになったという。

 ところが、日本では罰則のある法的な規制がないまま、野放図に広がりを見せている。日本人に多い病気や遺伝的特質などが考慮されていない検査も多く、子孫にも影響する重大な個人情報である遺伝情報を調べる検査が、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の占い的に行われている。こうした現状に、厚生労働省研究班は2017年末、会見を開いて規制の必要性を訴えた。

 厚労省の16年度補助金を受けて行われたのは、「遺伝学的検査の市場化に伴う国民の健康・安全確保への課題抽出と法規制へ向けた遺伝医療政策学的研究」。そのタイトル通り、遺伝子検査の現状の問題を洗い出すことと、法規制に向けた研究を行うことが研究班のミッションだ。主任研究者は高田史男・北里大学大学院医療系研究科臨床遺伝医学講座教授で、日本産科婦人科学会(日産婦)前理事長である小西郁生・国立病院機構京都医療センター院長や福嶋義光・信州大学医学部遺伝医学・予防医学講座教授など遺伝に詳しい研究者がメンバーに名を連ねている。

ガイドライン遵守亊業者は6割未満

 科学ジャーナリストによると、遺伝子検査はここ数年で一気に広がりを見せたという。がんの患者が自分のがんに効く薬を探すための検査といったものは医療機関で医療として行われるが、子供の才能を調べる検査や親子鑑定など、IT企業などを中心とする民間事業者が提供し、医療機関が介在しない遺伝子検査が多い。こうした民間事業者による検査は質もバラバラで、検査結果もどこまで科学的か不明なものも多い。

 前出のジャーナリストは「科学的根拠はないのに、輸血など医療現場で使われることから科学的と誤解される血液型診断のようなもの。現状では、遊び感覚で遺伝子検査を受ける人が多い」と語る。

 遊びで終わっていれば良いが、遺伝子検査の問題点は、影響が本人だけでなく家族や親族にも及ぶことだ。遊びのつもりで受けた検査でも、業者が手に入れる個人の遺伝子情報は、極めて高いレベルの個人情報だ。手に入れた遺伝情報がどのように使われるか、廃業した場合にどうなるかなど、取り扱いには不安も大きい。

 研究班は遺伝子検査の現状を調べるため、16年11月〜17年1月にインターネットで遺伝子検査を行っていることを表明していた697社を調査した。「現在サービスを提供している」とした73社を分析したところ、経済産業省の個人遺伝情報保護ガイドライン(指針)を遵守していたのは56%の41社と6割に満たなかった。指針では、事前に説明し同意を得るインフォームド・コンセント(IC)の実施、科学的根拠の明示、遺伝カウンセリングの体制整備などを定めている。

 検体の分析についても、いい加減な手法が目立った。何度調べても正しい結果が得られるよう日本臨床検査標準協議会などが指針を定めているが、3割の事業者は「委託先などがどの指針に従ったか分からない」と回答した。科学的根拠についても「複数の論文誌に発表された日本人の遺伝子解析・解釈結果」としたのは28社にとどまり、質の確保に課題があることが明らかになった。

胎児の親子鑑定で倫理的問題が浮上

 倫理的な課題も浮きぼりになった。妊婦の血液(母体血)から胎児のDNAを調べ、胎児に3種類の染色体異常があるかどうかを調べる「新型出生前診断」と同じ技術を使って、胎児の親子鑑定を行っている業者が少なくとも10社確認されたのである。

 新型出生前診断は日本医学会が認定した施設で、検査の結果がどういう意味を持つかを丁寧に説明する遺伝カウンセリングとともに限られた妊婦を対象に行うよう、日産婦の指針で定められている。しかし、採血はどこの医療機関でもできることから、産婦人科ではない別の医療機関が検査を請け負う事例が後を絶たない。日産婦の会員であれば指針違反を処分出来るが、会員でない医療機関が新型出生前診断を行った場合、日産婦には打つ手がない。

 これと同様の事態が、胎児の親子鑑定でも起きているのだ。母体血は医療機関で採取する必要があるが、産婦人科である必要はなく、業者の中には採血を行う医療機関を紹介してくれるところもある。

 親子鑑定のためには、父親と思われる男性のDNAが必要となり、口の粘膜を綿棒で採取する方法が紹介されているものの、唾液などでも分析は可能らしい。男性に知られずに胎児の親子鑑定を行うことが可能だ。男性のDNAと母体血の中に含まれる胎児のDNAを分析し、かなり高い精度で親子かどうかが分かるというのだ。

 科学ジャーナリストは「手法としては、他の遺伝子検査や新型出生前診断もほぼ同じ、遺伝子を取って次世代シーケンサー(検査機器)にかけるだけです。でも、胎児の父親が希望する男性でなかったら中絶する女性がいるかもしれないという点で、胎児の親子鑑定は倫理的な問題が非常に大きい」と指摘する。検査は迅速に出来るため、中絶可能な妊娠22週以前に結果を返すことが可能だ。研究班も「誰が親であるかによって命の選択がなされることに繋がる」とその危うさについて言及した。

 性暴力などによる望まぬ妊娠であれば、産婦人科で親子鑑定をする方法があるという。だが、母体血からの親子鑑定では産婦人科医が介在しないまま結論が出て、人工中絶まで行えてしまう。鑑定にかかる料金は20万円前後と、払えない額ではない。

 では、こうした遺伝子検査を安心して行える環境にするには、どうすれば良いのだろう。研究班は海外の状況についても調べ、報告している。例えば、米国では遺伝子検査が規制の対象となっていて、食品医薬品局(FDA)が安全性と有効性を評価することになっている。欧州も、規制が必要との結論で一致していて、各国に法規制を求めているという。

 研究班の会見に出席した記者によると、高田教授は研究結果を一つずつ解説し、こう訴えたという。「日本では医療は厳しく規制されているのに、遺伝子検査は民間のビジネスとして規制されていない。そんな国は先進国にない」。

 昔であれば「医療」の領域だった遺伝子検査が民間のビジネスとなった背景には、次世代シーケンサーの登場で解析コストが下がり誰でも参入出来るようになったことがある。高田教授らは医療だビジネスだと区切るのでなく、遺伝学的検査そのものに対する規制を検討すべきだと提言する。これまでも新型出生前診断や受精卵検査など生殖医療の遺伝的検査を巡り、たびたび求められてきた国によるルール作り。遺伝子検査が、未来の命でなく、自分達に直接関わってくる段階になった今、ようやく国も動くのだろうか。

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