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起こるべくして起きた「指針破り」の新型出生前検査 

起こるべくして起きた「指針破り」の新型出生前検査 

クを前「障き合わぬ国も同
 やらないで、と呼び掛けても実効性はゼロ。そんな無意味な指針しかないのだから、早晩こうなることは分かっていたのである。妊婦の血液から胎児の遺伝子異常を調べる「新型出生前検査(NIPT)」について、今年9月、指針を守らずに実施するクリニックが現れた。これを問題視した日本医師会や日本医学会は医学界全体の問題として共同で会見を開いたが、一学会の指針を守るよう呼び掛けるだけのまるで中身のない内容。国内でNIPTが始まって3年近く経つが、優生思想につながる重い決断を迫られるこの検査は野放しのままだ。

 NIPTは2013年4月、大学病院を中心とした国内の複数の医療機関で臨床研究として始まった。妊婦の血液を採取し、血液に含まれる胎児のDNA断片を分析すると、胎児のダウン症(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーの3種類の染色体異常が高い確率で分かる。「高い確率で、というところがポイント。異常がない、つまり陰性と出た場合は99%の確率で3種類の病気ではないが、陽性となった場合も病気がない場合もある。羊水検査を受けて、確定するのです」(医療ジャーナリスト)。

 ただ、この検査は当然、命の選別という重い課題を突き付ける。検査は妊娠10週という初期の段階で受けられるため、結果を聞いて中絶することも可能。つまり、お腹の子供に異常があると知らされた場合、妊婦はその子を産むかどうかの選択を迫られるのだ。

遺伝子を調べるのは海外の検査会社
 そのため、日本産科婦人科学会(日産婦)は数年かけて倫理面も含めた課題を検討し、13年3月に指針を策定。検査の結果を正しく伝え、妊婦の適切な支援ができる遺伝カウンセラーの配備など検査を行う施設に条件を設けた他、検査を受けられる妊婦をダウン症などの子供の出産率が高い高齢(原則として35歳以上)とするなど無制限に広がらないようにした。実施施設は徐々に広がり、今年11月4日時点で日本医学会は76施設を認定している。

 だが、施設や対象を限ったこの臨床研究は当初から、指針破りが出る危険性が指摘されていた。全国紙記者は「NIPTを行う医療機関といっても、遺伝子を調べるのは海外の検査会社。医師は妊婦の採血をするだけなので、産婦人科以外でも可能だ」と指摘する。不妊治療大国である日本には海外の検査会社からの売り込みも激しく、一学会で対応できる話ではない。事実、臨床研究が始まって8カ月後の13年12月、全国紙で臨床研究で約20万円かかる検査を半額の約10万円で請け負う中国の検査会社があるとの記事が出た。これを重く見た日本医学会は緊急の声明を出し、日産婦の指針を守るよう各学会に呼び掛けたほどだ。

 ところが、医学界は呼び掛けを行っただけで実質的な対応は何もせず、国もNIPTについて、学会任せの姿勢を貫いた。その結果、今年9月に明らかになったのが、学会指針を破ってNIPTをあっせんする医療機関の存在だ。医学界の呼び掛けなど全く無意味であることがあらためて明るみに出たのだ。

 日産婦の関係者によると、日本医学会の認定を受けず検査を行ったのは東京都中央区にある「花園先端医学研究所」(以下、研究所)。ホームページによると、代表の楢崎幹雄氏は1974年に大阪医科大を卒業。専門領域は産婦人科、泌尿器科とある。「研究所は検査をあっせんしているだけで、実際に妊婦の採血を行っていたのは、不妊治療で有名な麻布ARTクリニック(東京都港区)や分娩も扱う奥野病院(大阪市阿倍野区)だったようだ」(日産婦幹部)。研究所のホームページによると、10月中旬までに40人以上が検査を受けた。日産婦幹部は「研究所が斡旋するNIPTは英国のジェネシス・ジェネティクス社のもの。国内の医療機関に強力な営業活動をしていることで有名な会社だ」と明かす。

 営業活動に乗っかる医療機関も問題だが、真の問題は別にある。現行のNIPTは3種類の染色体異常しか調べないが、研究所は男女の性別判定やターナー症候群といった染色体異常も判定していたようなのだ。ターナー症候群は染色体の欠損が原因で低身長や卵巣の機能不全などが起きる女性の病気。症状には幅があるが、大きな不調なく暮らしている患者が大半で、これをNIPTで判定する対象とすることには批判も大きい。また、日産婦の指針はNIPTの適応を35歳以上としているが、研究所は年齢制限を設けていない。

 日産婦は、3施設の3人の医師から事情を聴き処分する方針だが、検査を取りやめたとみられる麻布ARTクリニック、奥野病院に対し、花園先端医学研究所は採血に協力する医療機関を変え、今後もあっせんを続ける方針のようだ。新たな協力医療機関は産婦人科でなく、医師も日産婦会員でない。日産婦幹部は「会員なら処分できるが、会員以外は手出しできない」とお手上げだ。検査を行っている検査会社に対しても、普通の経済活動の一環であり、一学会で対処するのは難しい。

 研究所は一連の指摘に対して、ホームページで次のような見解を発表している。「日産婦の指針は、カウンセリング体制も含め大変重要な指針だと理解しております。しかしながら、一方でこの検査を受けたくても受けることができない妊婦様が多く存在する事も大きな問題。違法性がない限り、協力して頂ける医師の皆様と共にこの検査を提供すべきだと考えております」

事実上「中絶のための検査」
 「妊婦のためと言えば聞こえがいいが」と全国紙記者が解説する。「高齢出産が増え、確かにNIPTを希望する妊婦は多い。だが、今年3月までに検査を受けた3万615人のうち、陽性が確定した約9割の394人が中絶している」。つまりNIPTは事実上、「中絶のための検査」となっているのだ。

 どんな子供でも受け入れたいという考えの親はNIPTを受けないことが多い。今夏、不妊治療の末に長男を出産した女性(42歳)は「どんな子供でも、産まれてきてくれたら育てたい」とNIPTを受けなかった。長男はダウン症だったが、「この先のことは分からないし、悩みもたくさん出るだろう。でも、ダウン症だから産まないという選択は私には始めからなかった」と話す。ターナー症候群の娘を持つ50代の母親も言う。「産むかどうかは夫婦の判断だが、病気を正しく理解し、産んであげてほしいというのが本音です」

 こうした判断ができる親は少数なのか。中絶を選んだ親たちの声はほとんど表に出ないため、分からない。しかし、2020年のパラリンピック開催国として、障害のある人も生きやすい社会づくりを目指すのは当然のことだ。おりしも今年は、相模原の障害者施設殺傷事件など、障害とどう向き合うかを問われる事件が起きた。病気や障害を持つ命をどう扱うか。確信犯で指針破りを行った医療機関が問うたのは、国の姿勢だ。ならば国は、そして国民は、今こそこの重い課題に向き合わなければならない。

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