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未来の会

経済的負担の軽減、少子化対策として進む教育費改革

経済的負担の軽減、少子化対策として進む教育費改革
医学部無償化は医師不足・医師の偏在の切り札となるか

格差社会が強調される中で教育の機会均等、或いは、教育費の負担が大きな要因として語られる少子化──これらの問題を解決する切り札として注目されているのが教育費の無償化だ。年を追う毎に拡充する方向にあり、現役の子育て世代にとっては経済的な負担が減る為、有り難い制度と歓迎され、少子化や貧困対策といった将来への投資と肯定的な声が多い。一方、厳しい財政下で財源の問題も無視出来ず、親世代のつけを子供世代に払わせるもの、学校格差を助長する、等といった批判的な意見も有る。制度に潜む落とし穴も含め、教育費無償↘化の実態を探ってみよう。

格差社会で均等な教育を行う為の無償化

そもそも教育費無償化とは、どういった背景から言われる様になったのだろうか。子育てにお金が掛かる中でも家計での負担が大きいのが教育費。ひと昔前迄は、経済的な不安が大きい場合、奨学金を活用する等個々に対処するのが一般的だったが、バブル経済崩壊後の失われた30年で家計所得が伸び悩む一方で、授業料は上昇する等、家計への負担が大きくなった。児童がいる世帯の平均年収は、199↘0年当たりから概ね横這いなのに対し89年には33万9600円だった国立大学の年間授業料が現在では53万5800円と物価以上の値上がりとなっている。

更に、収入に格差が広がった事で「親の所得によって子供の教育に掛けられるお金に差が生じてしまう事が、格差の固定化をもたらす」との見方が強くなり、教育費の負担が家庭の経済状況に左右される事なく、全ての子供が教育を受ける機会を均等にする為に無償化の議論が加速したのである。

又、教育費の高騰は格差の問題が絡むのと同時に、少子化の要因として大きい事も無償化の議論を進↖展させた。子育て世代の教育費負担を減らし、経済的な負担を軽減する事は子育てし易い環境を整える一助となる筈。学費の高さがハードルとなって子供を産まない選択をしている家庭を減らせば、少子化対策に繋がるというのだ。

少数与党政権誕生により議論が一気に進む

法制上でも教育費の無償化はさほど新しいものではない。高校授業料無償化・就学支援金支給制度、つまり、公立高校等の授業料を無償化し、私立高校等に通う生徒には就学支援金を支給して授業料を低減する事を目的とした制度は、実は2010年度から実施されている。

政治的な動きから振り返ると、09年の第45回総選挙で、民主党が「高校の無償化」をマニフェストに掲げ、鳩山内閣発足後に10年度から無償化を実施する為の法案提出が表明された。これを受けて、10年から「高等学校等就学支援金制度」が導入され、高校段階での実質的な無償化が進んだ。それ迄の小中学校の学費ゼロに加えて、義務教育ではない高校も費用が掛からなくしたのだ。

その「教育無償化」が、ここに来て再び議論として沸騰し出したのは、24年10月の総選挙で、連立与党が少数与党に転落した事が背景に有る。スムーズな政権運営の為に、与党側は野党である日本維新の会が結党以来の主要政策として訴えてきた教育費無償化を進める事で合意したのである。

自民・公明両党と日本維新の会の合意点は、来年4月から私立高校を対象にした支援金の所得制限の撤廃を実現する事。既に3党の教育政策の実務者は、制度の在り方を含む論点整理を纏める等している。

尤も、昨年秋の総選挙の結果に関係無く、無償化の議論は活発化したかも知れない。24年の総選挙では、自民党は公約の中で、家庭の経済状況に拘らず、大学・高専等への進学を希望する全ての若者が自らの夢を実現出来る社会にする為、高等教育の無償化を大胆に進めると示す一方、野党第1党の立憲民主党も国公立大学の授業料を無償化し、私立大学・専門学校には同額程度の負担軽減を実施するとしていた。

新たに様々な格差を生じさせる可能性も

この様に議論が活発化している事から、受益者である子育て世帯は大きな恩恵を受けている訳だが、実際、問題は生じていないのだろうか。

有識者への聴き取り等を行うと、所得制限の撤廃により、高所得世帯でも無償化の恩恵を受ける様になった結果、これ迄学校に支払っていた学費相当額が学習塾の費用に回されるケースが増えているという。その結果、塾に通えない生徒との学力格差が拡大し、結局格差は縮まっていないのではとの指摘が有る。

更に、無償化に伴い、私立高校を志望する生徒が増える可能性が高くなり、「公立高校離れ」が進む事も懸念されている。先行している大阪府を例に取ると、大阪府公立中学校長会が25年1月に実施した調査では、出願割合が私立希望者は25・97%から29・05%へ増加する一方、公立希望者は59・4%から56・6%へ減少。定員割れの高校も目立つ様になっている。となると、公立高校の質の低下や、それによって私立高校との格差が更に拡大する事は想像に難くない。

又、無償化は授業料のみが対象であり、制服代や教材費、部活動費等、昨今の物価高に伴う負担増は制度で賄い切れない。この点も課題になってくるだろう。

そして、東京都や大阪府では、大都市ならではの財政力を活かし、24年度から既に所得制限を撤廃した実質的な無償化や完全無償化が先行して進んでいる。一方、地方では国の制度に依存せざるを得ず、財源の違い等から支援の内容や範囲に大きな差が生じている。その結果、自治体によって支援の有無や金額が異なる等、地域間の教育格差も拡大傾向にあるのが現状である。

高等教育段階への議論の広がりと医学部の無償化

高校段階での教育費無償化が制度的に定着しつつある今、次の焦点は、地域格差の課題も踏まえ、大学を始めとする高等教育への拡充に移りつつある。25年度からは多子世帯を対象に所得制限無しで大学無償化が実施され、医学部も含めた幅広い高等教育機関が支援対象となるのだ。この事は、喫緊の課題である医師不足や医師の偏在に対しても一定の効果が期待される。

これ迄、経済力に余裕の有る家庭でなければ目指す事すら難しいと言われ続けてきた医学部。私立大学は勿論、国公立でも教材費等で多額の学費が必要とされてきた。確かに、6年間の学費は国公立大学で約350万〜400万円、私立大学では1850万円〜4600万円と言われ、一般家庭で捻出するのは至難の業とも言える。そこで、これ迄数多くの志有る若者を支えて来たのが、地域に於ける医師確保を目的とした特別入学枠、所謂「地域枠」だが、こうした教育無償化の流れと地域枠制度との相乗効果による新たな展望も見えてきている。

地域枠制度は卒後一定期間、指定された地域での勤務を条件に学費免除や奨学金を提供し、23年度時点で全国70校以上が導入、定員の約20%を占めている。自治体によっては私立医学部の学費を最大2160万円まで全額負担する例も有り、経済的負担の軽減効果は計り知れない。だが、その一方で、勤務義務違反時のペナルティ(奨学金全額返還)や診療科の制限等、自由度の低さが課題にもなっている。しかし医学部を含む大学無償化の実施により、こうした制限に囚われる事無く医学部を目指す道が拓ける事となった。地域枠を採用していない医学部に対しても経済的なハードルが低くなる為、相対的に志望者が増えるという期待感が有る。

今後の方向性としては、地域枠制度の柔軟化と無償化制度に於ける対象外費用の支援拡充が鍵となるだろう。例として、地域医療従事を条件とした包括的無償化制度の創設等が有効と考えられる。従来の地域枠制度を補完する形で、無償化制度にも地域医療従事条件を組み込み、その代わりに医学部教育に関わる全費用を支援対象とする。これにより、経済的障壁を完全に除去しつつ医師偏在問題の解決にも寄与出来、持続可能な地域医療体制の構築と教育機会の真の平等化が両立出来ると言えるのではないか。

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