
「さんずい」が動いている
「さんずい」とは警視庁の隠語で贈収賄を言う。先月号の未確認情報の欄で書いた内容が事件化した。佐久市立国保浅間総合病院(佐久総合病院グループ)の医師2人が、医療機器メーカー「日本エム・ディ・エム」の社員らから金銭を受け取ったとして、収賄容疑で書類送検された。整形外科手術で使用する同社製品を優先的に採用する見返りに、「ポイント」と称する金銭を付与し、私的な飲食費の領収書と引き換えに現金を渡すという、極めて組織的な手口だったとされる。
この事件が注目される理由は、地方の一病院だけで終わらなかった点に有る。この時に警視庁が行った日本エム・ディ・エム社への「ガサ入れ(家宅捜査)」で押収された資料の中から、驚くべきネタが出てきたのだ。同社は同じ手口で、東京大学医学部附属病院の准教授にも賄賂を渡し、医療機器選定を巡る収賄容疑で逮捕されている。当然ながら、贈賄側である同社の元営業所長も、贈賄容疑で逮捕される事態へと発展した。地方と中央、佐久と東京。一見無関係に見えた2つの事件は、同一企業を軸にして1本の線で結ばれた。警察用語で贈収賄事件は「さんずい」と呼ばれるが、捜査官にとって最も“点数が高い”案件とされる。今回の一連の流れは、正にその「さんずい」の教科書の様な展開だ。業者側は決まって「正規の営業活動の範囲内だ」「違法という認識はなかった」と主張する。だが、接待、謝礼、ポイント制、領収書の付け替え——金の流れは必ず電子データと記録に痕跡を残す。医師が半公務員であるという本質を忘れた瞬間、慣習は一転して“犯罪”となる。
そして今、警視庁の捜査の視線は更に西へ向かっている。九州地区の国立大学病院の大幹部が、別の贈収賄案件で捜査線上に浮上しているとの情報も出始めた。詳細は未確認だが、便宜を図った見返りを受けた、所謂「さんずいが動いている」という声が、水面下で確実に広がっている。白い巨塔の内部で、「誰にも見られていないから大丈夫」という油断が重なった時、その代償は計り知れない大きなものになるだろう。
医療機器“使い回し”の裏側
医療現場で医療機器の〝使い回し〟が問題視されて久しいが、その背景を単なる衛生管理の甘さとして片付けるのは早計だ。寧ろ、医療機関の経営基盤の脆弱さと、供給体制の歪みが生んだ「必然の副産物」と見るべき状況が広がっている。
或る急性期病院の医師は、「実際に壊れてからでないと新しい機器を使えない病院も在る」と語る。高額医療機器や処置具は為替相場の影響で価格が上昇し続ける一方、診療報酬は抑制され、調達コストの増加を医療行為に転嫁する事も出来ない。こうした圧迫の中、ロボット支援手術に用いられる鉗子類の様な高額消耗品は象徴的だ。手術で用いる鉗子は1本10〜15万円、エネルギーデバイスは20〜40万円で、1件の手術で数十万円規模のコストが発生する。価格が更に高騰すれば交換するタイミングを〝延ばしたい〟という現場心理が生まれるのも当然だ。
その結果最も現実的な脅威となるのが、繰り返しの使用に伴う破損リスクだ。器具の微細な劣化は手技の精度に直結し、患者の安全にも影響し得る。或る医師は、「再滅菌した器具の小さな破損に気付かずに使った事が有る。幸い影響は無かったが、冷や汗が出た」と振り返る。再利用を前提とする限り、こうしたヒヤリ・ハットは避け難い。一方で、メーカー側にも葛藤が有る。市場の縮小や原材料費の上昇、薬機法の対応の厳格化により製造コストは膨らむ。医療機関が再利用を前提としている事実を知りつつも、導入の障壁を上げたくない為〝見て見ぬ振り〟をするケースが起こるという指摘も有る。
問題の核心は、〝使い回し〟それ自体ではなく、それを生む制度設計と経営環境の乖離である。器具の安全性を何処まで担保し、誰がそのコストを負担するのか。国・医療機関・メーカーが向き合うべき課題や現状を、〝現場の不祥事〟として矮小化し続ける限り、同じ問題は形を変えて繰り返されるだろう。


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